世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第2話 青春を教えてあげます ⑦
見れば、プラミさんとイリアさんはすでに脇目も振らずに逃げ出していた。
「セレネ先生、はやく来いって! いつまで愚図愚図してるんだ!」
「今日はとても楽しかったです! ありがとうございました!」
「先生、達者でね。ばいば~い」
弟子たちはすでに窓を乗り越え、プールの外へと脱出していく。
背後からは警備員さんが「待て犯罪者ども!」と叫びながら近づいてくる。
私は泣き叫びながら陸へと上がり、窓に向かって猛ダッシュした(プールサイドを走っちゃいけないなんて常識は完全に忘れている。ごめん)。
「待ってよみんな! 私もそっちに行きたいっ……!」
「逃げるなこらぁ! 貴様、どこのゼミの学生だぁっ!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
学生じゃなくてマスターだなんて、口が裂けても言えなかった。
窓のところで最後まで待っていてくれたのは、意外なことにメローナさんだった。イリアさんとプラミさんはすでに宵闇のかなたへ消えたらしい。薄情すぎる。
「ほら、手を貸せ!」
「うんっ」
私はメローナさんの手を握り、窓枠に足をかけた。
ところが――
「あ、あれっ? 動けないっ……」
水着のフリルが窓の端っこに引っかかっていた。
そうこうしているうちに、警備員さんが鬼の形相で走り寄ってくる。
「何やってんだバカ! 力ずくで破ればいいだろーが!」
「だ、だってみんなと一緒に買ったんだもん! そんなことできないよ……」
「あんた、どんだけいい子なんだよっ! もっと不良になりやがれ!」
「無理~っ!」
「だったら魔法を使えばいいだろーが!」
「あ」
思いついた瞬間のことだった。
背後にゆらりと誰かが立つ気配がした。
ギギギ……と、錆びついた機械のようなキレの悪さで振り返る。
そこにいたのは、まさに地獄からのお迎えといった感じの警備員さん。
ちなみに、その時点でメローナさんは私を見捨てて逃げていた。
目から涙があふれるのを自覚しながら、警備員さんを見上げて言った。
「あ、あの。見逃して……くれませんか……?」
「ダメに決まっているだろうが。名前と学年と学籍番号を言え」
終わった。
◇
アイネル魔法学院新聞 4月19日
セレネ・リアージュ先生 夜のプールで大騒ぎ!?
驚くべき事件が発覚した。18日の夜、我が校が誇るマスターの1人、セレネ・リアージュ先生が夜のプールに不法侵入を果たしたのだ。無人なのをいいことに、弟子たちと大はしゃぎをしていたご様子である。マスターとして後進を導く立場でありながら、かくのごとく学院の風紀を乱すのはいかがなものであろうか。そもそも水着のチョイス自体も風紀を乱しているとしか思えない。有識者曰く「マスターとしての威厳が微塵も感じられないほど可愛らしい」のである(写真1:フリフリの水着で窓を乗り越えようとするリアージュ先生)。後日、事態を重く見たアンナ・マドゥーゼル学院長によりお叱りの言葉が授けられる予定とのことだ。リアージュ先生には是非とも猛省してほしいものである。…………
◇
「セレネ・リアージュの考えていることは分かりませんわねえ……」
プールサイドに設置した椅子に座りながら、私は学生が発行している新聞に目を通していました。
そこに書かれていたのは、目を疑ってしまうようなスキャンダル。前々からおかしな人間だとは思っていましたが、ここまでの奇行に出るとは予想だにしませんでした。
隣に立っていたカミラさんが、手柄をあげた兵士のように満足気な表情を浮かべます。
「どうですか? それに載ってる写真、私が新聞部に提供したんですよ」
「よく撮れましたわね。あなた、スパイとか斥候の才能があるんじゃなくって?」
「えへへ、お褒めに与りまして光栄ですっ」
カミラさんが照れたように笑います。
彼女はいま、新調したスクール水着に身を包んでいました。
その周りでは、水着姿の弟子たちが行き交っています。これからプールを用いて水魔法の講義をするため、器具などの準備をさせているのです。
「それにしても、このプールでセレネ・リアージュがどんちゃん騒ぎをしていたなんて……不気味にもほどがありますわ」
「大丈夫ですよ! 何かする前に私が追い払っておきましたので!」
「ええ、よくやってくださいましたわ。これでセレネ・リアージュは学院長から大目玉を食らうことでしょう」
「てことはクビですか!?」
「クビまではいかないでしょうねえ。しかし何かのペナルティが課されることは確実……セレネ・リアージュの評価は大いに下がりますわ」
「っしゃあ!」
セレネ・リアージュは私にとって不愉快極まりない存在。
この調子で失点を重ね、学院から消えてくれれば御の字なのでした。
マスターは技術と人格を兼ね備えていなければなりません。
ああいうふざけたマスターが在籍しているだけで、アイネル魔法学院の品位が貶められてしまうのですから。
「ふふふ……セレネ・リアージュが終わる日も近いですわね。やつがいなくなれば、学院最高峰のマスターは私に決定したも同然です」
「あの……、セレネ・リアージュって、そんなにすごいんですか?」
「すごくありませんわ。内面が終わってますもの」
「それって内面以外はすごいってことじゃ……」
「とにかく! カミラさん、これからもセレネゼミのことは監視してくださいまし!」
「りょ、了解です! お任せくださいっ」
カミラさんは従順に敬礼をしました。
この子には今後も働いてもらいませんとね。
その時、別の弟子たちが反対側のプールサイドで手を振るのが見えました。
「ドミンゴス先生! 準備ができましたー!」
「ありがとうございます。それでは講義を始めましょうか」
向こう側のプールサイドに並べられたのは、アーチェリーなどで使用する的のようなもの。今日は水魔法であれを打ち抜く方法を教えて差し上げる予定でした。
私はゴムで髪を後ろにまとめ、しゅるしゅるとラッシュガードを脱いでいきます。
まずは私がお手本を見せてあげませんとね。
「今日の講義は初級の水魔法ですわ。プールに入った後、皆さんにはあの的を狙っていただきます」
「「「はい! ドミンゴス先生!」」」
「とはいえ、1年生も多いので勝手が分からないことでしょう。まずは私がどうやるのか実演させていただきますわ」
弟子たちの期待と尊敬の眼差しを受けながら、ゆっくりとプールに足を踏み入れます。
……? 水の感触がおかしいような……。
まあ、気のせいでしょう。
新1年生には、まだ私の実力をそれほどお見せしていないのです。
私の魔法のキレを目の当たりにしたら、口をあんぐり開けて驚くでしょうね。
毎年毎年、この瞬間はたまらなく気持ちがいいものです。
「さあ、とくとご覧ください! これがマスターの手による基礎魔法ですわ!」
私は手をかざし、魔力を練りました。
頭の中に魔法陣を思い浮かべ、プールの水をてのひらに集中させていき――
カチッ。
何かが作動する気配。
「え?」
私は不審に思って足元に視線を向けました。
何故かそこには魔法陣が刻まれていました。私の魔法ではありません。元からプールの底に仕掛けられていたものでしょうか。
「あっ……それ、セレネ・リアージュたちが設置したトラップですっ!」
カミラさんが叫んだ直後、
――ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!!!
耳をつんざくような音とともに爆発が発生。
「ひゃあああ!?」
咄嗟に防御を試みましたが、体勢を崩してプールの中で転倒してしまいます。
プールサイドの弟子たちも悲鳴をあげて逃げ惑っていました。
次いで、篠突く雨のように降りそそぐ水。
私はそれを浴びながら、呆然と天井を仰ぎました。
何が起きたのかはすぐに分かります。
あの憎たらしいセレネ・リアージュが、私に恥をかかせるために罠を準備していたのでしょう。つまり……連中が昨晩プールに忍び込んだ理由は、そういうことだったのです。
「ふ、ふふふ……やってくれましたわね……あの小娘……」
私はぷるぷると震えることしかできません。
セレネ・リアージュは喧嘩を売ってきているようなのです。
「この借りは必ず返して差し上げますわっ……! 覚えていなさい、セレネ・リアージュ~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「うわあ! ドミンゴス先生、上の水着がとれちゃってますって!」
「そんなキメキメのビキニなんか着てるから……!」
「男子もいるので隠してくださいっ!!」
「っていうか、何このぬるぬる!? 気持ち悪いんだけど!?」
弟子たち(女子)に囲まれながら、私はしばらく怒りの炎で燃え上がるのでした。



