世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ①
プールでの騒動の翌朝のことである。
秘書のミルテが嬉しそうに届けてくれたのは、「学院長から呼び出しですよ!」という聞きたくもないお報せだった。
びくびくしながら学院長室に足を運んだ私を待っていたのは――
「……リアージュ先生、これはどういうことかしら?」
明らかにお叱りの雰囲気だった。
アイネル魔法学院をすべる偉大な学院長、アンナ・マドゥーゼル先生が、テーブルの上に置かれた新聞をコツコツと指で叩く。
そこに掲載されているのは、水着姿の私が窓を乗り越えようとしている時の写真だ。
いったい誰があんなモノを撮ったんだろうか……?
末代までの恥どころじゃないんだけど……?
「プールの水が全部ローションに変わっていたそうよ。あなた、何をしたの?」
「水って放っておいたら勝手にローションになるんじゃないでしょうか……?」
「なるわけないでしょう」
マドゥーゼル先生は「はあ」と溜息を吐き、
「生活態度は真面目だと思っていたんですけどねえ。まさかプールに不法侵入して遊び惚けるだなんて、びっくりだわ」
私は頭を必死に回転させて言い訳を考える。
「あれは、その、弟子たちに水魔法を教えてあげようと思って……」
「じゃあ何故、ちゃんとした許可をとらなかったのですか?」
正論パンチでノックアウトされそうになった。
「それは……許可のとり方が分からなくてですねっ」
「マスターのあなたなら知っているはずでしょ? 忘れたとしても誰かに確認すればよかったんじゃあなくて?」
あ、ダメだ。マドゥーゼル先生の表情がどんどん凍りついていく。
私は光の速度で土下座の体勢に移行した。
「――ごめんなさいっ! どうしてもプールで遊びたかったんですっ! 弟子たちも一緒にいましたけど、私が無理に誘ったので! あの子たちに罪はないので……だから……!」
「あら、素直に認めるのね。その点は素敵だと思うわ」
「は、はい……! 私、素直ですっ」
希望の気配がした。私は神から許しを得た罪人のような気分で顔を上げて――
そこにあったのは、マドゥーゼル先生の冷たい笑顔(目が笑っていない)だった。
一気に奈落に突き落とされた。
「だからって許されるわけじゃないわ。リアージュ先生、あなた、選びなさい」
「何を……?」
「今すぐ解雇されるか、反省して裏庭の草むしりをするか。……後者の場合、もちろん魔法は使っちゃダメよ? これは罰なのですからね」
「…………」
まあ、それくらいは当然だよね。校則破ってフィーバーしてたんだもんね……。
私は覚悟を決めると、深々と頭を下げるのだった。
「草むしりでお願いします」
◇
研究室の黒板に「今日は自習」と書いた後、私は指定された裏庭へと向かった。
体育館の裏手にあたる広大無辺なスペースで、普段人が全然訪れないためか、草がぼーぼーに生い茂っていた。見るだに絶望的な景色である。
これ本当に1人でやるの?
日が暮れるどころか、春を通り過ぎて夏になっちゃわない?
まあ、やるしかないんだけど……。
「セレネ先生! こんなところで何をやってるんですか?」
「え……?」
私はびっくりして振り返った。
校舎の陰から現れたのは、イリアさんとメローナさんの2人組だ。私は軍手と袋を携えたまま、慌てて彼女たちのほうに近づいていった。
「そ、そっちこそどうしたの……? 自習って書いておいたはずだけど……」
「だから捜してたんだよ。まーた先生が講義サボったんじゃないかと思ってな」
「でも、その様子だと別の作業があるようですね。まるで草むしりでもするかのような感じですが……植物を利用した魔法の研究とか?」
「あー……」
私はちょっと迷ってから、
「……昨日のプールの件で叱られちゃったの。クビになるか草むしりをするか、どっちか選びなさいって」
「なるほど。そりゃあ草確定だわな」
「草しかありませんね」
「草だよね……」
私に残された道は、マドゥーゼル先生の言いつけに従うことだけだ。
弟子たちには申し訳ないけれど、今日のところは草むしりに従事させてもらうとしよう。
ところが、イリアさんが意外なことを言い出した。
「私たちも手伝いますよ」
「え。本当?」
「プールに誘ったのは私たちですから。先生だけが罰を受けるのは理不尽です」
「イリアの言う通りだな。あたしたちにも責任はあるんだし、終わるまで付き合うよ」
「ふ、2人とも……!」
ぽろりと涙が出てきてしまった。
イリアさんとメローナさん、なんていい子なの……!?
昨日私を見捨てて逃げたことがどうでもよくなるくらいの感動だ……!
しかも、私はとある事実に気づいてしまった。
なんだかこれって……冷静に考えてみれば、すっごくリア充っぽい展開じゃない?
校則を破って無茶なことをやった結果、罰として一緒に草むしりを命じられるなんて……いかにも友情が芽生えそうな展開だよね? いや、この2人は理想の友達じゃないんだけどさ。
そう思うと俄然やる気が出てきた。
今日は裏庭の草たちを刈りつくす勢いで頑張ろう!
◇
「なんか、長閑すぎて拍子抜けだな」
メローナさんが草をむしりながら言った。
「魔法学院なんていうから、もっと殺伐とした場所かと思ってたのに……。バカやらかした罰が草むしりなんて、ぬるすぎないか?」
「そうかな……? すごくきついと思うけど……」
「ぬるぬるだろ。まあ、この程度の罰で音を上げちまうお利口さんしかいねーんだろうな。だって今まで1回も魔法使い同士のドンパチを見てねーんだぞ? 地元の初等学校とは比べ物にならねーほど平和だよ」
「あはは……暴力はダメって校則に書いてあるからね。たまにケンカしちゃう子もいるけど、そういうのは滅多にないよ。アイネルの学生は、みんな真面目なの」
「ふーん……」
メローナさんは表情を無にして俯いてしまった。
やっぱり血の気が多い雰囲気のほうが好きなのかな……?
バールのようなものを振り回してそうなイメージあるし……。
「先生、こちらはだいたい終わりました!」
「お~! ありがとう、イリアさん!」
イリアさんが担当していたエリアは、すっかり地面の茶色が見えるようになっていた。
私なんかよりも、はるかに要領がいい。
「でもこれじゃあ、全然終わりませんね。人手を増やしたほうがいいんじゃないですか?」
「そうだよね……ミルテを呼ぼうかな? 資料の整理を頼んでるところなんだけど」
「プラミのやつを呼べばいいだろ。あいつならどうせ暇だろうし」
言われて気がついた。
「そういえば、プラミさんはどこにいるの?」
「さあ……朝から見かけていませんね。寝坊でしょうか」
「不良だなー」
「プラミさんもあなただけには言われたくないと思いますが……」
そこでイリアさんが不自然に言葉を止めた。
不思議に思って見上げると、何故か驚愕の表情を浮かべて遠くを見つめている。
何だろう? 珍しい花でも見つけたのかな?
呑気に考えながら、何気ない気持ちでイリアさんの視線の先を確かめると――
「あれ? プラミさん……?」
すっかり花弁が落ちて緑色になってしまった桜の下。
ゆるふわヘアーの少女が、淑やかな雰囲気でたたずんでいた。
その対面に立っているのは、緊張した面持ちの男子学生である。
彼は2、3回深呼吸をしてから、学院中にとどろくような大声をぶちかました。
「プラミ・レイハートさん! ずっと前から好きでした! 俺と付き合ってくださいっ!」
……え?
まさかの愛の告白……!?
「す、すごいよ2人とも! あんなの初めて見たよ――むぐっ」
「静かにしてろ! バレたらどーすんだ!」
「そうですよ先生、人の恋路を邪魔したら馬に蹴られて死にますよ!」
「むー! むー!」



