世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ②
メローナさんとイリアさんに口を塞がれてしまった。そのまま近くにあった倉庫まで連行され、私たちはレンガの陰に隠れて様子をうかがうことになる。
告白の覗き見なんて……。
なんか悪いことをしているような気がするけど……。
でも気になる! 気になってしょうがないっ!
「……ねえイリアさん。プラミさんってモテるの?」
「さあ……? 私も付き合いが浅いので分かりませんが……」
「ありゃどう見てもモテるだろ。入学してから2週間ちょっとだけど、もう8人から告白されたって言ってたぞ」
8人……? 何それ……? 胸がでかいのがいいの……?
軽く絶望していると、桜の木の下で動きがあった。
「プラミさん! 俺、ずっとプラミさんのことを見てたんだ!」
男子はプラミさんにずいずいと迫っていった。メローナさんが「あいつ積極的だな……」と感心する。
「きみはいつも物静かだよね。俺はその優しげな雰囲気に惹かれたんだ。俺はきみとアイネル魔法学院の四季折々を過ごしたい……だから!」
どん!! と、桜の木に手が添えられた。
イリアさんが「ええっ!?」と顔を手で覆った。私も驚きのあまり顔が熱くなっていった。
あれは壁ドンだ……噂に聞く伝説の行為……。正確に言うなら木ドンだけど……。
そうしてその男子は、情熱的すぎるくらいの気迫で言い放った。
「だから、俺とともに歩んでくれ! 頼む、プラミさん!」
………………。
…………。
……それから約10秒、沈黙が舞い降りた。
やがてプラミさんが、こてん、と首を傾げてこう言った。
「……わたしがいつも何を考えてるか、知ってるの?」
「もちろんだ。深淵なる魔法の思索……あるいは、美しい花々のことかな? きみのように可憐な子の考えていることはすぐに分かるさ」
「違うよ。わたしが考えているのはセレネ先生のおっぱいだよ」
……は??????
「お、おっぱ……何だって?」
「わたしはいつもセレネ先生のことを考えているの。先生はわたしの大事な人だから」
「ほ、他に好きな人がいるのか……!? いや待て、俺だって負けてはいないはずだ! プラミさんのことを想う気持ちは誰よりも強い! それを知ったらプラミさんも――」
「だってあなた、魔力が小さいんだもん」
プラミさんが冷酷に言い放った。
まるでバナナの皮を見下ろすかのように無感動な瞳だ……。
「そんな小さいのじゃ満足できないよ。わたしは自分の欲望で人を判断しているの」
「欲望って……」
「それにあなた、わたしのことを知ってから、まだ2週間くらいでしょ? それで好きになっちゃうなんて、軽薄」
その言葉はそっくりそのままプラミさんに返してあげたい。
「だから告白の答えは、ノー。ごめんだけどね。あなたにはもっと素敵な人が見つかると思うよ。だから金輪際、わたしに話しかけないでね――さよなら」
「うああああああああ!!」
男子は絶望のカタストロフィに呑まれて崩れ落ちた。
プラミさんはそれをゴミのように無視し、すたすたと去っていく。
私たちはむしった草を握りしめながら、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「な、なんかスゲーものを見ちまったな……」
「プラミさん、断り方が手慣れてますね……」
さすがは恋愛強者といったところだろうか。
私なんかじゃ太刀打ちできない領域のハイスペックリア充だ。
◇
イリアさんとメローナさんが協力してくれたおかげで、日が暮れる頃にはなんとか草むしりを終わらせることができた。
「それでは先生、また明日!」
「じゃあな~。風邪ひくなよ~」
「うん! 今日はありがとー!」
2人は手を振りながら校門を出て行った。今日はもう講義もないので帰宅するのだ。ちなみに、学生は必ず入寮する決まりなので、全員すぐそこの学生寮に戻ることになる。
私は2人の姿が見えなくなるまで手を振ってから、研究室に向かって歩き出した。
ミルテも勝手に帰ってるだろうし、リア充魔法の研究でもしようかな。
……と思っていたのだけれど、私の思考はどうしても昼間の事件にさかのぼってしまう。
「プラミさん、本当にモテるんだ……」
なんだか羨ましい気がする。
言うまでもないことだけれど、私はこれまで誰かに告白されたこともないし、したこともない(プラミさんにしょっちゅう告白されてるアレはノーカンである)。
まあようするに、私は恋愛という概念とは対極の位置に立っているのだ。
やっぱり、リア充になるためにはモテることが重要だと思うんだよね。
でも、どうやったら上手くいくんだろう……?
たまに恋愛小説を読んで勉強しているけれど、現実に応用することはできていない。
恋愛方面に関しては、リア充魔法の中でも未開拓の分野だし……。
「ん?」
ふと、研究棟の前に置かれているベンチに目が行った。
プラミさんが、ぼんやりと空を見上げながら座っているのだ。
私はちょっと心配になって声をかける。
「プラミさん、どうしたの?」
「あっ……セレネ先生」
プラミさんは現実に引き戻されたような感じで私を見上げた。
やっぱり様子が変だ。いつもより変態成分が3割減になってる気がする。
「……なんでもないよ。ちょっと休憩してただけ」
「そうなんだ」
「というわけでセレネ先生、痴漢していい?」
「ダメ!」
やっぱり変態だった。こういう明け透けな態度がモテる秘訣なんだろうか? もしそうなら私には一生無理な気がする……。
1メートルほど後退して警戒していると、プラミさんは急に真面目な表情になって、
「……ねえ先生。お昼のこと、見てたでしょ?」
「え……?」
「わたしが男子に告白されてるところ。隠れてたけど、気配で分かっちゃったから」
私は叱られる学生のような気分になった。
「ご、ごめん! 覗き見するつもりはなかったんだけど……」
「いいの。いつものことだからね」
「そ、そうなんだ……いつも告白されてるんだ……」
「わたしがモテる理由、わかる?」
プラミさんはゆっくりと立ち上がって問いを投げかけた。私はヤマカンで答える。
「お洒落だから……?」
「ううん。ハーフサキュバスだから」
「関係あるの?」
「サキュバスは問答無用で異性を惹きつけるフェロモンみたいな魔力を放っている。わたしはハーフだからマシなほうだけど、意志の弱い男子を引き寄せちゃうの。さっきの人だって、本当にわたしが好きなわけじゃない。ハーフサキュバスの特性でそうなっちゃっただけ……」
プラミさんの言葉には、分銅のようにずっしりとした重みがあった。
たぶん、その特性のおかげでたくさん苦労してきたのだろう。
そういえば、プラミさんは魔力を抑えるための技術を学びたいって言ってたっけ。
だけど、これまで私がしてきた講義といえば、基礎魔法に関することばかり。
これはもちろん、イリアさんやメローナさんのためのものだ。
そろそろプラミさんの問題にも目を向けなくちゃ、可哀想だった。
「先生。わたし、このままだと大変なことになっちゃうの……」
「そうだね……」
「男子たちに追い回されて、エロエロな感じで●されちゃうの……」
「そうなったら困るね!?」
本当に困る。私の物語は全年齢対象であるべきなのだから。
「分かったよ! 明日から魔力を制御するための講義をしよっか」
「セレネ先生……!」
プラミさんが親鳥を見つめる雛のような目をした。
私はちょっと照れてしまう。
「そ、そんな尊敬の眼差しを向けられても困るって。マスターとして当然のことだし……」
「ううん、尊敬もそうだけどむらむらしてきたの……」
「我慢してっ!」
よく見れば、瞳にハートマークが浮かんでいた。油断も隙もあったものじゃない。はやくなんとかしないと私の身が危ないぞ……。



