世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ③
「とりあえず! 今日のところはばいばいだよ。気をつけて帰ってね」
「ねえねえセレネ先生。魔力制御って、どうやったらできるの?」
慌てて別れようとしたのに、プラミさんが食い下がってきた。
学生からの質問に答えないわけにはいかないので、私はちょっと考えてから口を開く。
「うーん……。精神力を強くすることが重要かな」
「精神力?」
「魔力は心で操るものだからね。強い精神を持っていれば、魔力を制御しやすくなるの。プラミさんが必要としているのは、魔力制御の中でも〝抑制〟の技術だね。普通の人間はこれが生まれつきできる人が多いから、あんまり問題にならないんだけど……」
「具体的にはどうすればいい?」
「我慢をすることかな?」
「何を?」
私はちょっと視線を逸らす。
「えっと……その、え、えっちなこと。プラミさんは、なんといいますか……ちょっと奔放なところがあるというか……だから……」
「そっか……性欲まみれの阿婆擦れって言いたいんだね……」
「そこまで言ってないよっ……!?」
言葉のチョイスが強すぎてびっくりしちゃった。
いずれにせよ、プラミさんが魔力を上手く操れない原因は、自分の欲望を常に解放しているからだ。もう少し心を落ち着ければ、プラミさんを取り巻く問題はすべて解決すると思う。
プラミさんには卑猥な言動を慎んでもらうしかない。
「と、とにかく! 魔力を抑制するためには、プラミさん自身が忍耐力を持つことが重要なのっ。そのために必要なのは、清楚で大人しい子になれるように心掛けること」
「わたしは十分清楚だと思いますけど」
この子と私では見えている世界が違うのかな?
「まだ清楚レベルが足りないのっ」
「ええー……。そんなこと言われても」
「いーい? プラミさんは、今日からえっちなこと禁止!」
どんがらがっしゃーん!!
雷が落ちたような感じでプラミさんは目を見開いた。
「そんな殺生な……! わたし、死んじゃうかもしれないよ……!」
「いや死なないでしょ」
「セレネ先生のおっぱい揉むのもダメってこと……?」
「ダメ!」
「これを持ち歩くのもダメ?」
プラミさんはごそごそとカバンを漁った。
出てきたのは、何やらどぎつい配色の本だった。
「エロ本」
「ダメ!!」
私は急いでその本を奪って背後に放り投げた。何でそんなもんを学院に持ち込んでるの? 持ち物検査が怖くないの? 公序良俗とか考えないタイプなの?
「にゅう……」
プラミさんは風船が萎むように意気消沈してしまった。
大好きなものを禁止されるのはつらいだろうし、その気持ちはよく分かるけど……ううん、やっぱりよく分からないかも……。
しかし、プラミさんは徐々に現実を受け入れ始めたようだ。
「……分かった。清楚な子になれるようにがんばる」
「うん。今日からスタートってことでいい?」
「明日から本気出します」
やらない人のセリフじゃん。いや、やるんだろうけどさ……。
「じゃあ、明日チェック表を渡すね。1日ちゃんと我慢できたらシールを貼っていくの。それで1週間くらい経ったらまた教えて。上手くいってるか確認するから」
目標を設定してクリアしていくのって楽しいよね。
ちなみに、プラミさんには可愛いネコのシールをあげるつもりだ。
ネコたちがチェック表に増えていくのを見ているだけでもワクワクするだろう。
ところが、プラミさんは頬を膨らませて私を見つめる。
「……セレネ先生。わたしを1人で禁欲の砂漠に放り出すつもりなの?」
「何言ってんの?」
「『孤独に禁欲してください』ってひどくない? わたし1人だと1人で始めちゃうかもしれないんだよ?」
「何を……?」
プラミさんは何も答えてくれなかった。
とはいえ、この子の言い分にも一理ある。私はプラミさんを指導するマスターの立場だ。無責任に「これやっといて」じゃあ、恰好がつかないよね。
「分かったよ、協力するよ。……でもどうすればいいかな? 私がずっと監視してるわけにもいかないし」
「じゃあ先生、わたしとデートしてみるっていうのはどう?」
「でーと?」
自分の目が点になったのを自覚した。
「魔力を抑えるためには忍耐力が必要なんでしょ? 目の前に誘惑があったほうが、我慢する訓練が捗ると思うの」
「意味分かんないよ……!? プラミさんが私にセクハラしたいだけじゃない……!?」
「いえいえ。これは検討に検討を重ねたうえで導き出された最善策です」
嘘くさい。
「わたしとセレネ先生がデートする。その最中、わたしはセレネ先生をいじくり回したい気持ちを必死で抑える。こうすれば、1人で我慢しているより効果的だと思わない?」
青天の霹靂だった。
た、確かに……目の前の誘惑を拒否するという訓練は重要かもしれない。私が提案しチェック表形式よりも効果が期待できるだろう。
いやでも……デートってそんな!
「私はプラミさんと付き合ってるわけじゃないんだけど……?」
「先生、わたしに協力してくれるって言った」
「う……」
「あの言葉は嘘だったの? ひどい……傷ついちゃうな……」
「うああ! ご、ごめん! 嘘じゃないよ! 嘘じゃないんだけど……」
協力すると言ってしまった手前、非常に断りづらかった。デート以外に何か上手い方法はないのだろうか。ダメだ、頭がのぼせてしまって何も考えられない。
「先生、デートしたことない?」
「…………」
もちろんない。デートなんて青春の煮凝りみたいな概念じゃん。リア充の卵である私には縁がない。
「じゃあ、青春契約の対価にしよっか」
プラミさんはまっすぐ私を見つめて言った。
「わたしはデートを通して魔力制御の訓練をしてもらう。かわりにわたしは、デートの極意を教えてあげる」
「そんなこと言われても……! 弟子とデートなんて倫理的におかしいよ」
「セレネ先生のリア充にかける思いはその程度だったの?」
「え……?」
「リア充はデートもなんなくこなすものだよ。来たるべき時のために、わたしと練習して経験を積んでおくのは重要かと」
「そ、そ、それは……」
考えれば考えるほど正論な気がしてきた。
私はいずれリア充になる予定だけど、なってからじゃ遅いことだってあるはずだった。ここでデートのノウハウを学んでおかなければ、後々恥をかいてしまうかもしれない。これ以上黒歴史を増やしたくはない。
ちょうどモテるための作戦を考えていた私にとっては、渡りに船な提案……。
だけど本当にいいのだろうか……。
「大丈夫。弟子とデートしても逮捕はされないから」
「いや逮捕とかそういう問題じゃなくてね……」
「わたしのためだと思って。どうぞ前向きな検討をお願いいたします」
プラミさんはぺこりと頭を下げた。
弟子のためか……そう言われると断るわけにはいかないよね……。
私は結局、プラミさんの熱量に圧され、苦渋の決断を下すことになるのだった。
◇
今日も自習でお願いします ごめんね! セレネより
「……草むしりは終わったはずでは?」
黒板に残された丸っこい筆跡のメッセージを見つめ、私は思わず唸ってしまいました。
プールに不法侵入した罰は、昨日、3人で力を合わせてやり遂げたはずなのです。
それなのに何故、セレネ先生は研究室にいらっしゃらないのでしょうか?
遅れを取り戻すためにも講義をしていただかなければ困るのに……。
「そういや、プラミもいねーな」
メローナさんがペンをくるくる回しながら言いました。
「そうですね。2人揃って不在となると胸騒ぎがします」
「プラミに関しては遅刻じゃねーか? あいつ、ボケっとしてるところあるしな」
「それもありそうですね……。……ふと気づいたのですが、メローナさんは今まで1度も遅刻したことがありませんよね? ちょっと意外です」



