世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第3話 デート大作戦 ④

「不良だから遅刻して当然って言いてーのか」

「そんなことは思っていませんが……」

「早起きなんだよ。昔から朝は得意なんだ」


 不良にも色々な種類があるのですね。勉強になりました。

 その時、研究室の扉がガチャリと開かれます。


「……おや? どうしたんですか、2人して」


 姿を現したのは、セレネ先生の秘書であるミルテさんでした。今日もスーツ姿が決まっていて恰好いいです。


「それがよー。セレネ先生が今日も自習にしやがったんだ。プールで無理させすぎたから、メンタルやられちゃったのかな……」

「いえ、セレネ様は大喜びでしたよ~? ペナルティでやらされた草むしりも、青春っぽくて楽しかったと仰っていました」

「あの人、マゾなのか……?」

「マゾの中のマゾです。たくさんイジめてあげてくださいね♪」


 ミルテさんは悪魔のようにウインクをしました。この人はセレネ先生をからかって面白がっている節があるため、話半分に聞いておいたほうがいいですね。


「では、セレネ先生はどこで何をしていらっしゃるのですか?」

「プラミさんとデートだそうですよ」

「「は??」」

「なんでもプラミさんの魔力を制御するための野外実習をやるそうで。デートをするのが訓練にちょうどいいとか何とか。青春契約の対価としての側面もあるようですが……」


 言われてみれば、これまでの講義では初級の基礎魔法ばかりを教えていただきました。

 すでにブロンズランクに達しているプラミさんには、退屈な時間だったことでしょう。

 でも……。


「デートはまずくないですか……?」

「ですねえ。セレネ様のことですから、プラミさんに押し切られて成人向けな感じになってしまうかも……」

「やっぱりまずいじゃねーか!」


 メローナさんが単位を落とした学生のような悲鳴をあげました。

 学生とふしだらな関係になったことが明るみに出れば、セレネ先生はたぶんクビ。

 私たちに魔法を教えてくれる方がいなくなってしまいます。


「メローナさん、行きましょう! 2人のデートを監視するんです!」

「そ、そうだな……! プラミが暴走したら面倒なことになる!」


 私は荷物をまとめて振り返り、


「ミルテさん、私たちが尾行することは内緒にしておいてくださいね? 通信魔法とか使っちゃダメですよ!」

「もちろんです! そんな楽しそうなことをセレネ様に教えるはずがありません! どうぞ行ってらっしゃいませ~」


 ひらひらと手を振るミルテさんに見送られ、私たちは急いで研究室を出発するのでした。


          ◇


 いまさら説明することでもない気がするけれど、アイネル魔法学院が屹立しているのは、ナッペン共和国の首都、アイネルという街だ。

 首都というだけあって、ちょっと外に出れば、眩暈がするほどの人いきれに出迎えられる。

 私とプラミさんの2人は、そんな喧騒の中を並んで歩いていた。


「じゃあセレネ先生。今日の目的を確認するね」

「う、うん……」

「セレネ先生はわたしをきゅんきゅんさせること。以上」

「きゅんきゅんって何……!?」


 突然放たれた爆弾発言に、私の困惑は頂点に達した。

 プラミさんは「当然だよ」と言わんばかりに笑みを深め、


「わたしは自分の衝動を我慢する訓練をしなくちゃなんだよね? だからセレネ先生は、わたしがいまにも襲いかかりたくなるように誘惑するのがよろしいかと」

「理屈の上ではそうだけどっ」

「ちゃんとエスコートしてね。わたしを本当の恋人だと思って」


 それは私にとってウペペ山よりも高いハードルだ……(注・ウペペ山とはナッペン共和国でいちばんでかい山のことである)。

 今回のミッションをまとめると、以下のようになる。

 1、私はプラミさんを誘惑すること。

 2、プラミさんはその誘惑をすべて耐え忍ぶこと。

 また、この訓練自体が青春契約の一環となっているのだ。私はお出かけを通じて、デートの何たるかを学ぶことができる。この経験は、後ほど恋愛方面のリア充魔法を開拓していくうえで大きな資産となるだろう。

 なんという一石二鳥。これ以上の作戦はない。

 けど……なんというか、その……。


「……誘惑ってどうすればいいの? エスコートの仕方もよく分からないし……」

「この場で服を脱いでいただけるとわたしは興奮します」

「脱がないし興奮しちゃダメでしょ……?」

「そ、そうだった……」


 プラミさんはちょっと俯いて「えっち禁止えっち禁止」とつぶやき始めた。

 そういえば、誘惑に耐え忍ぶといっても具体的に何をするか決めていなかったっけ。


「プラミさん、今日は私に触っちゃダメってことで」

「え……!?」

「もちろん卑猥なことを考えるのはダメなんだけど、それだと判定のしようがないからね」

「手もつないじゃダメってこと? デートなのに?」

「うん。これは絶対のルール。破ったら罰ゲームだよ」

「えっちな罰ゲーム?」

「清楚な罰ゲームっ! 数学の宿題をたくさん出すからねっ!」

「普通に嫌なやつだ……」


 魔法陣を構築する際に数式を利用することがあるため、アイネル魔法学院では数学などの科目も教えているのだ。プラミさんはそのへんがちょっと苦手だからね。いい機会だ。

 プラミさんはギュッと拳を握り、


「……セレネ先生。わたし、本気で魔力が制御できるようになりたい」

「うん」

「だから……今日は絶対にえっちなことはしないっ! セレネ先生、容赦なくわたしを誘惑してくれていいよ」


 プラミさんは気合十分のようだ。これなら痴漢やセクハラに及ぶ可能性も低い。

 だけど、私には1つだけ問題点があった。


「……さっきの質問なんだけど、エスコートってどうやればいいの?」

「一般的なデートの感じでお願いします」

「経験がないから分からないの」

「経験はなくても妄想はしてるでしょ?」

「そりゃあ、してるけど……いやしてないっ! 何言わせるのっ」


 私は慌てて否定した。本当にしてないから。私が寝る前によく妄想しているのは、エスコートする側じゃなくてされる側だから。

 まあ、小説とかでよく描かれている王道なデートプランにしてみようか。

 リア充じゃない私にできるのは、フィクションからの知見を頼りにすることだけなのだ。

 私は勇気で羞恥心を覆い隠しながら、


「じゃ、じゃあ行こう! 私、行ってみたいところがあるんだ」

「どこ? 水族館?」

「それもいいけど、あそこ」


 私が指差したのは、遠くにそびえている、城みたいに巨大な建物だ。

 最近アイネルにオープンした複合商業施設、アイネルデパートである。老若男女に大人気のお店らしいけれど、私はまだ行ったことがない。1人で入るのが恥ずかしかったから……。


「いいかな……?」

「よいアイデア。わたしも行きたい」


 プラミさんが微笑みを浮かべる。

 だけど、すぐに不安そうに目を伏せてしまった。


「わたしの忍耐力が勝つか、セレネ先生の貞操が奪われるか……地獄の戦いが開幕だね」

「………」


 やっぱりこのデート作戦、やめたほうがいいんじゃない……?


          ◇


 最初に私たちが訪れたのは、アイネルデパートの1階に入っている洋服店だ。

 熟考を重ねた結果、ショッピングが最善だと判断したのである。小説のデートシーンとかでも定番だし、大きく外してはいないだろう。

 だけど……店に入った瞬間、はやくも後悔することになってしまった。

 客層があまりにもリア充なのだ。

 カップルが雲霞のごとくひしめいている。

 売っている服もなんだかキラキラしてる気がするし……。

 だ、だけど! ここで怯んじゃいけない! 私にはプラミさんをときめかせるという使命があるんだ! あと将来のリア充として、この空気に慣れておかなければ……!


「セレネ先生、ここで何をすればいいの?」

「う~ん。じゃあ、お互いの服を選んでみるとか……?」