世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ⑤
苦し紛れの提案だった。こういう場所でどんな行動をとるべきなのか全然分からないのだ。見当違いなことを言ったんじゃないかと不安になっていると、プラミさんは女神のように破顔して、
「では、わたしにぴったりなのをお願いします」
「う、うん」
「わたしもセレネ先生に相応しい衣服を選びたいと思います」
「ヘンなの選ばないでね……!?」
そうしてあっという間に30分が経ってしまった。
衣装選びは困難を極めた。だって初めての経験なんだもん。これで「お前のセンス終わってね?」なんて言われた日には、絶叫して帰宅ルートを爆走しちゃう自信がある。
悩みに悩んだ挙句、私はこれがいいと思うものを1着選んでプラミさんに手渡した。
いま、プラミさんは試着室にこもってその服に着替えてくれている。
だ、ダメだ……緊張してきた……。
はたしてプラミさんは気に入ってくれるだろうか……。
「先生」
声がかかった。カーテンの隙間からプラミさんがのぞいている。
「あ、着替え終わった?」
「いちおう。でも……ヘンじゃないかな? ちょっと不安なの……」
「大丈夫だよっ。プラミさんなら何を着ても似合うと思うから!」
「そ、そうかなあ……」
プラミさんは訝りながらも試着室のカーテンを開いていった。
まずい。何をどうしたら正解なのだろう。
デート作戦を成功させるには、私がプラミさんをときめかせる必要があるのだ。
ようするに、適切な言葉を用いて衣装を褒めなければならなかった。
友達ゼロの私には、箸でつるつるの豆をつまむより難しい……。
「え」
だけどプラミさんの姿を見た瞬間、不安は吹っ飛んでしまった。
彼女がまとっているのは、春らしい桜色のカーディガンとロングスカートだ。頭にはワンポイントとしてベレー帽を載せている。普段は学生服しか見ていないため、プラミさんのこういう姿は新鮮だった。ガーリーというより大人っぽい雰囲気でまとまっているのもいい。
これはあれだ。なんといいますか。
端的に言って――
「すっごく可愛いよっ」
私はプラミさんに1歩近づいて、
「似合ってる! やっぱり私の目に間違いはなかったみたい」
「え? ええ……?」
「まるでアイドルのオフって感じだね。私なんかが選んで大丈夫なのかなって不安だったけれど、プラミさん、元々すごく可愛いから心配いらなかったよ」
なんだかテンションが上がってくる。ファッションのことはあまり詳しくないけれど、プラミさんには色々なものを着せてあげたいよね。何でもモデルみたいに着こなしちゃいそうだから。
ふと、プラミさんがカチコチに固まっていることに気づいた。
「こ、こういうの。わたし、普段着ないから緊張するんだけど……」
「じゃあ、私が新しい扉を開いちゃったんだね」
ぼふん!
プラミさんの頭が爆発する幻想を見た気がした。
顔がりんごのように赤くなり、その場にへろへろとへたり込む。
「だ、大丈夫……!? どこか具合でも悪いの……!?」
「セレネ先生……それわざと言ってるのでありますか……」
「思ったことを言っただけだけど」
「無自覚……ふへへ……やってくれますねえ……襲ってもいいですか?」
「へえ!? ダメだよ、そういうのは禁止だって!」
「そうだった……うぎぎぎぎぎぎ…………」
プラミさんは生きるか死ぬかの瀬戸際にいるギャンブラーのように苦しんでいた。
さっきの私の言葉が誘惑になっちゃったのかな? 何か変なこと言ったっけ? ダメだ、プラミさんの心情が全然分からない……。
私は密かに【スキャン】の魔法を発動してみる。
魔力の放出は確認できない。頑張って我慢しているようだ。
「ふう……耐えがたきを耐えた……」
「偉いよプラミさん。その調子で頑張ろうねっ」
「うむ。では次の店に行きましょか……」
「テンションおかしくない……?」
「そりゃおかしくもなる。誘惑してくださいと安易にお願いしたわたしが愚かだったのかもしれない……破壊力がすごい……」
プラミさんはげっそりした様子で試着室を出た。そこで私はふと気づき、
「その服はどうするの?」
「買う」
即断即決だった。プラミさんは、恥ずかしそうに視線を下に向けて言う。
「セレネ先生が可愛いって言ってくれたから。……これは、買いたいの」
「そ、そう……」
喜んでくれたようで何よりだ。
◇
「何だあれ。プラミにエサを与えてるようなもんだろ……!」
「セレネ先生は無自覚ですよ。単に服が似合っていたから褒めただけでしょう」
「そうかもしれないけどさ。あれでプラミが暴走したらどうするんだ」
私とメローナさんは、デパートの柱の陰に隠れてターゲットの様子をうかがっていました。
そうして目撃したのは、洋服店でいちゃいちゃするセレネ先生とプラミさんの姿。見ているだけで謎のモヤモヤが募りますが……あれも講義の一環なのでしょうか?
すると、2人が洋服店から出てきました。
プラミさんの手には紙袋が握られています。服を購入したのでしょう。
私たちは気配を殺して2人の追跡を続けます。
「魔力制御の講義って、何をしてるんだ?」
「さあ? でも会話から察するに、我慢がキーワードなんじゃないでしょうか?」
「わけが分からねえ……。とにかく追うぞ」
「はい」
何かあったらすぐ介入できるよう準備しておかないとです。
そこでふと、すれ違う周囲のお客さん――特に男性の方々が、プラミさんにちらちらと視線を送っていることに気がつきました。まあ、プラミさんはとんでもなくモテますからね。注目を集めてしまうのも無理はありません。
「次はお茶でもするのか」
見れば、2人はデパート内のカフェに入っていくところでした。
「……プラミさんなら食事に薬を盛ってもおかしくありませんね」
「さすがに毒は入れねーだろ」
「普通の毒じゃありません。……なんといいますか、つまり、飲むといやらしい気分になってしまうお薬のことです」
メローナさんが一気に赤面しました。
「そんなのが存在してたまるか……!」
「世界は広いですからね。何があるか分かりませんよ」
私たちは店の前の観葉植物に身を隠し、ターゲットの動向をじーっと観察します。
◇
「すごい……こんなに大きいの、初めて見た……!」
私の目の前に鎮座しているのは、フルーツを惜しみなく突き刺した特大パフェだった。
こういうの、1度でいいから食べてみたかったんだよね。けっこういい値段はしたけれど、リア充に進化するための経験値としては必要だと思うんだ。
私はスプーンでクリームをすくい、メロンと一緒に口に含んでみた。
甘くておいしい。脳みそがとろけるような気分だ……。
「……プラミさんは飲み物だけでよかったの?」
「うん。ダイエットしてるからね」
プラミさんはそう言ってティーカップを口につけた。
彼女が注文したのは、メニュー表におすすめと書いてあったハーブティー(ローズヒップ)だ。
「ダイエットなんてする必要あるかな? プラミさん、スタイルいいと思うんだけど……」
「ううん。食べ過ぎると魔力に変換されちゃうの」
「ああ、そういうことね」
ランクの高い魔法使いには大食漢が多い。魔力を生み出す方法は多岐に亘るけれど、その中の1つに〝たくさん食べること〟があるからだ。私も研究している時なんか、よくお菓子をつまんだりしている。
でもプラミさんの場合、それがデメリットになってしまうのだ。不要な魔力を貯め込めば、制御ができずに暴走しちゃうかもしれないし。
「いつも食事制限してるの。朝ごはんも食べない」
「でも、食べないと大きくなれないよ?」
言ってから私はプラミさんの胸部を見た。ただちに発言を修正した。
「でも、食べないと元気が出ないよ?」



