世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ⑥
「大丈夫。メンタルを病んだことはないから。……甘いものは好きだけど、こればっかりはどうしようもないよ」
なんだかプラミさんが可哀想になってしまった。食べたいものを食べられない生活なんて、私だったら絶対に耐えられない。何とかしてあげなくちゃ。
私はスプーンを握りしめ、イチゴとバニラアイスをすくい、
「じゃあ、今日は特別な日にしよっか」
「え?」
「1口くらいなら大丈夫。チートデイってやつだよ」
「そう言われても……」
「はい、あーん」
どんがらがっしゃーん!!
スプーンを差し出した瞬間、プラミさんは再び雷が落ちたように目を見開いた。
ついでに、お店の前の観葉植物も「ガサッ」と動く。いやこれは気のせいだろうけれど。
「どうしたの? あ、もしかしてパフェは好きじゃなかった……?」
「好きじゃなくないこともありませんけれども」
「どっち?」
「どっちか分かりません」
何なの……?
困惑していると、プラミさんは震える手でスプーンを指差して言った。
「もしかして……あの、噂に聞きし『あーん』……?」
「へ? そうだけど……」
「でもこれ、間接……」
「かんせつ? よく分からないけど、はい、あーん」
「!?!?!?」
プラミさんは何故かのけぞって目を「><」←こんな感じにしていた。おかしいな、私も小さい頃にお母さんから食べさせてもらったことがあるんだけど……。
あ、子供扱いされているみたいで嫌だったかな?
懸念は的中したようで、プラミさんの顔がみるみる赤らんでいった。私の顔とスプーンの間で視線を行ったり来たりさせている。
「ごめんプラミさん! 嫌だったよね、ほら、スプーンを渡すから――」
「ううん。食べますっ」
ぱくりっ。
プラミさんは勢いよくスプーンに食らいついた。もぐもぐとパフェを咀嚼する。しばらく反応らしい反応がなかったので、私はおずおずと聞いてみた。
「どう……? おいしい?」
「セレネ先生、容赦ないね……わたし、嬉しいよ……」
「何の話?」
「間接キス……間接キス……うぐああああああっ」
「プラミさん!? いきなり頭を抱えてどうしたの……!? ほ、ほら落ち着いて! 魔力があふれないように力を込めて!」
「ああああああっ」
周囲の注目を集めながら、プラミさんはしばらく悶えていた。
今日のプラミさん、様子がおかしくない……?
◇
「プラミのやつ、光で浄化されるゾンビのように苦しんでるぞ」
「でもセレネ先生に手出しする様子はありませんね。……さっき言ってた我慢というのは、セレネ先生の誘惑を我慢するという意味なんじゃないでしょうか?」
「なるほどなー……」
私とメローナさんは依然、観葉植物の裏で監視を続けていました。
プラミさんは何度も「あ~ん」を強要され、テーブルにガンガン頭を打ちつけています。セレネ先生、あれも自覚なしでやってるんですね……恐ろしいほどの天然です。
「お、出てきた」
軽食をすませた2人は、並んで店を出てきました。
プラミさんの足取りはふらふらで、風が吹けば倒れてしまいそうです。しかもその顔は真っ赤っか。これ以上のプレッシャーを与えれば、欲望が解放されてR指定なシーンが繰り広げられてしまうでしょう。
「セレネ先生、自分が置かれた状況に気づいてないのでしょうか……?」
「あの人、鈍いところあるだろ? こないだ、コップに消しゴムのカスが入ってるのに気づかないで普通に飲んでたしな」
「そういえば、夕方まで寝癖がついてることもありますね」
「口元にチョコレートつけたまま講義してることもよくあるぞ。あたしがそれを指摘したら、『新しい黒子ができたのっ』とか言い訳をしやがった」
「あれはひどかったですね……。ああそうそう、ミルテさんによれば、未だにサンタクロースの存在を信じているらしいですよ」
「マジかよ。昨日なんかさあ――ってそんなポンコツエピソードはどーでもいい! とにかく監視は続行だ、追いかけるぞ」
「は、はいっ」
私とメローナさんは、急いで先生たちの後を追いました。
そこでふと、奇妙な気配を感じます。
デパートの人々が、何故かプラミさんに視線を集中させているのです。
すれ違う人はもちろん、吹き抜けになった上階から見下ろすお客さん、さらには店舗の従業員らしき人たちまで……プラミさんが美少女だからで片付けられる問題ではないような気がします。
しかし、今は尾行を第1に考えるべきでした。
何かあれば、セレネ先生はクビ。そしてマスターを失った弟子たちも、退学になってしまうのですから。
◇
それから2人で色々なコーナーを見て回った。
書店、占い屋さん、ペットショップ、コスメショップ――このデパートだけで1日が終わってしまう勢いである。
プラミさんは、このデートを通してよく我慢していた。
何をかといえば、もちろん卑猥な行動・発言だ。顔を真っ赤にして悶えることは何度もあったけれど、1度も私に触れようとはしなかった。
偉いぞプラミさん、きみなら清楚な子になれる……!
「はあ、はあ……セレネ先生、やってくれますわね……」
「だ、大丈夫……?」
デパートの休憩コーナー(ベンチが並べてある)に居座り、私たちは一休みをしていた。プラミさんは何故か息も絶え絶えだ。顔を真っ赤にして肩を上下に揺らしている。
具合が悪いのではなく、魔力の解放を我慢しているのが原因だろう。
「セレネ先生、天然ジゴロの才能がすごいよ。おかげでわたしの脳みそはピンク一色」
「ええ……? 私、そんな変なこと言ったかな……?」
むしろ、誘惑らしい誘惑なんて全然できてない気がするんだけど……。
「でも、おかげで成果を実感してる。魔力制御のコツが分かってきた気がするよ。ありがとうね、セレネ先生」
「そ、そっか! それはよかった」
プラミさんはさっき買ったミネラルウォーターをごくごくと飲んだ。
その様子を見つめながら、私は誇らしい気持ちになってくる。
弟子が喜んでくれると嬉しいよね。
最初はどうなることかと思ったけれど、マスターとしてちゃんと役目を果たせているようで安心したよ。
「……わたし、この体質のせいであんまり友達ができなかったの」
不意に、プラミさんがつぶやいた。
「恋愛強者って言われているけれど、具体的に言うとサークルクラッシャーみたいなものだった……」
「そうなの……?」
「うん。わたしが今まで所属してきた部活とかサークルとかは、ぜ~んぶ血で血を 洗うような末路をたどってきた。そこに例外はない」
怖すぎる。うちのゼミがそんなことにならないようにしないと……。
プラミさんは花が咲いたような微笑みを浮かべ、
「だからセレネ先生には感謝してるの。わたしの問題に真正面から向き合ってくれたのは、セレネ先生が初めてだから。……これからも何卒よろしくお願いします、先生」
「プラミさん……」
リア充にもリア充なりの悩みがあるらしい。
その悩みを真っ向から受け止め、少しでも不安が和らぐように努力するのがマスターとしての責務……なんだと思う。
「……大丈夫だよ。私と一緒にいれば、もうそんなことにはならないから」
「ふふ。セレネ先生、最初はわたしたちのこと、追い出そうとしてたよね?」
「し、仕方ないでしょ。みんな怖かったんだもん」
あれからしばらく経ったいま、見方は少し変わってきた。
弟子たち1人1人に、魔法に対する熱意があるのだ。
いや、メローナさんはまだよく分からないけど……とにかく、青春契約を抜きにしても、弟子たちを今から見捨てることはたぶん、できないと思う。私はちょっと照れくさくなってしまい、急いで自分のミネラルウォーターを飲み干した。
「……この調子で頑張ろうね」
「うん、がんばる」
「次はどこ行く? プラミさんの行きたいところでいいよ」



