世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ⑦
「えっと……」
その時、不意に私たちのもとに人影が落ちた。
「ねえ、きみ可愛いね?」
「俺たちこれから外で遊ぶんだけど、一緒にどう?」
「うわ、マジ可愛いじゃん! どこかのアイドル?」
そこに立っていたのは、6人組の男の人たちだった。
みんなリア充っぽいチャラチャラな雰囲気をただよわせている。こんな感じで話しかけられたのは初めてだったため、私はすっかりうろたえてしまった。
「先生、いこ」
「え……?」
プラミさんが立ち上がって歩き出そうとする。ところが、男の人が彼女の腕をぎゅっとつかんで止めた。
「まあまあ、そう邪険にするなって」
「俺たちと来れば絶対楽しいからさあ」
プラミさんはあっという間に囲まれ、逃げ道をふさがれてしまった。
私は夢でも見ているような気分でその光景を眺めていた。
突然現れた男の人たち、そして美少女すぎるプラミさん。
もしかしてこれって――ナンパってやつ!? 小説とかでよくある、あれ!?
「……はなして。わたしは先生とデートしてるの」
「関係ねえって! おら、さっさと来いよ!」
「いやっ……」
たぶん、プラミさんは小さい頃からこういうトラブルに巻き込まれてきたに違いない。さっきのプラミさんの、物憂げな表情がフラッシュバックした。
――わたしの問題に真正面から向き合ってくれたのは、セレネ先生が初めてだから。
きっとプラミさんは、こういう問題に直面するたびに嫌な思いをしてきた。自分のせいじゃないのに、心をすり減らし続けてきたのだ。
そういうのは……ちょっと可哀想だ。
だから、マスターである私が身体を張らなければならない。
相手は男の人が6人。ナンパってこんな大人数でやるもんだっけ? 6人の仲良しグループなの? 羨ましい……いやそうじゃない。ちょっと怖いけれど、ここは勇気を振り絞るタイミングだ。
「や、やめてよ」
私はプラミさんの前に飛び出した。
ナンパの人たちが、「あ?」と怖い顔で私を見下ろす。
「なんだお前、どこの小娘だ」
「わ、わた、私は、この子の……先生だから……」
「ああ? 声が小さくて聞こえねーぞ」
「だ、だから! あなたたちと遊んでる暇はないのっ! 行こ、プラミさんっ……!」
「あ……」
私はプラミさんの腕をつかむと、全力ダッシュでその場を離脱した。
取り残されたナンパの人たちは、ぽかんとした様子で追いかけてくる気配がない。
だけど私は、ライオンに追い立てられる旅人のような気分で走り続けた。
「はあ、はあ……こ、ここまでくれば大丈夫だと思う……」
デパートの端っこ、お手洗いの近くまで逃げてきた私は、ぜえぜえ言いながら呼吸を整えていた。冷静に考えてみれば、魔法を使って逃げればよかったのかもしれない。だけどあの時は必死すぎて魔力を練る余裕もなかったんだ……。
「セレネ先生。手……」
「え? あっ」
私は慌ててプラミさんの手を離した。ずっと握りっぱなしだったようだ。
「ごめん! これはその、デートのペナルティとは関係ないからっ……! 私のほうから握っただけだし……」
プラミさんは、何故かぼーっと私の顔を見つめていた。
ど、どうしたの? 急に走って疲れちゃったのかな……?
「……先生。私を助けてくれたの?」
「え? あ、まあ、もうちょっとスマートにできればよかったけど」
「セレネ先生も怖かったのに……? 助けてくれたの……?」
「当たり前だよっ……。だってプラミさんは私の弟子だもん」
やっぱり、プラミさんは気苦労が絶えない毎日を送っているみたい。
ナンパにはこっそり憧れている部分もあったけれど(リア充の極致みたいな体験だし)、さっきみたいなのは私だって勘弁だ。
これからはプラミさんが平和に暮らせるように、マスターとしてしっかり指導しなくちゃいけない。
私はなるべく安心させるような微笑みを浮かべ、
「心配しなくていいよ、プラミさん。もうあんなことは起こらないようにするから」
「えっ……」
「プラミさんには、誰も触らせない」
その瞬間。
ぼふんっ!
と、再びプラミさんの頭が爆発したような幻覚に囚われた。
だけど今回はカフェの時の比ではない。顔面は達磨のように赤く染まり、ぷすぷすとショートしたように湯気まで飛び出す有様だった。
「ど、どうしたの……!?」
「せんせい、すき……♡」
「へ?」
「すきすきすきすき♡」
「わあっ」
プラミさんがイノシシのような勢いで突撃してきた。私はあっという間に押し倒されてしまう。目の前にあるプラミさんの顔は、お酒で酔っ払ったように真っ赤。そして全身から「♡」があふれまくっている。
「ちょっと待って! これじゃあルール違反だよっ……!」
「でも我慢できないの♡ セレネ先生すき♡」
ついに堤防が決壊してしまったらしい。
ま、まずい! このままだと本当にまずいことになる……!
その瞬間、私たちのもとにぬらりと人影が落ちた。……え、また?
「ねえ、きみ可愛いね?」
「俺たちこれから外で遊ぶんだけど、一緒にどう?」
「うわ、マジ可愛いじゃん! どこかのアイドル?」
「………………」
そこに立っていたのは、6人組の男の人たちだった。さっきとは服装が違う。顔も違う。つまり全然別のグループである。別のグループなのに声をかけてきたのである。
思わず絶叫した。
「ナンパの第2波!? そんなことある!?」
「すきすきすきすきすきすき♡」
「きゃああああ!」
私はプラミさんに頬ずりされながら、絶望の淵に立たされてしまった。
やめてプラミさん! そんなことしてる場合じゃないよ! ナンパの人たちが迫ってるんだから! はやく逃げなくちゃ……。
「……ん?」
そこで私は奇妙なものを目撃してしまった。
何故か、6人のナンパの向こうにも大勢の人々が控えているのだ。
彼らはプラミさんに猛獣のような瞳を向け、欲望丸出しで歩み寄ってくる。
まさにゾンビみたいな姿だった。
「なんて可愛いんだ……俺と遊んでくれ……」
「ああっ……ああっ……苦しい、可愛すぎて苦しい……」
「美少女ぉおおおお! 美少女ぉおおおお!」
………………。
…………。
……何これ? ホラー?
「ぷ、プラミさん! 逃げようっ! なんかこのデパート、ヘンになっちゃった!」
「このままセレネ先生と法悦のコスモにたどりつきたい……」
「何言ってるの!?」
そこで私はハッと気づいた。慌てて【スキャン】の魔法を発動してみる。
普通の人間は自分以外の魔力の動きを感知することができないため、知りたい場合はこうやって探知系の魔法を使うしかないのだけれど……。
そこで私は恐るべき事実に直面させられた。
めっちゃ漏れてるじゃん……。
プラミさんから、サキュバスのフェロモン的な魔力が……。
6人のナンパも、その向こうで壁を作っているナンパゾンビたちも、プラミさんの魔力に頭をやられてしまったのだ。そしてプラミさん自身も我慢の限界を迎えてしまったに違いない。
と、とりあえず……。
「逃げるよプラミさん! ここにいたら本当に見せられない感じになっちゃう……!」
私は身体強化の魔法を発動すると、プラミさんの手を引いて走り出すのだった。
どうしてこうなっちゃったの……!?
◇
「なんかヤバイことになってるぞ……!?」
「プラミさんの魔力が暴走したんです! あたり一面、ゾンビだらけ……!」
私はデパートの通路を走りながら叫びました。
数多のお客さんによって人の流れができています。全員、プラミさんたちがいる方向に向かっているのでしょう。その目はうつろで、1週間何も食べていない遭難者のような感じです。
「どうするんだよこれ。営業妨害どころじゃねーぞ」
「さあ。セレネ先生に任せるしか……」



