世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第3話 デート大作戦 ⑧
「あの人にどうにかできるとは思えねーけど……ん?」
そこでメローナさんが何かに気づいたように視線を上げ、
「……おい、なんか空間がどんどんピンク色になっていってないか?」
彼女の言う通り、視界がぼんやりとした薄桃色に染まっていくのです。まるで天からゆっくりとヴェールが下りてくるような……。
「うっ……」
謎の動悸を覚えました。
頭の中でプラミさんの姿が万華鏡のように浮かんでは消えます。
笑っているプラミさん、頬を膨らませたプラミさん、しゅるしゅると衣服を脱いでいくプラミさん……な、何なのですかこれは!?
「やばい……これ、たぶんサキュバスの魔力だろ……」
隣のメローナさんが、ぐったりした様子でつぶやきました。
「と、ということは……私たちもゾンビになろうとしてる……!?」
「その可能性が高い。……なんかさ、さっきからプラミのことを考えると身体が熱くなってくるんだ……」
「しっかりしてくださいっ! それは幻覚ですよ!」
「幻覚じゃない気がしてきた。そうだ……あたしはプラミのことが好きだったんだ……そうに決まってる……」
メローナさんは周りのゾンビたちと同じように、ハイライトの消えた目でつぶやき始めました。私も人のことは言えませんが、明らかに様子がおかしいです。
「こうしちゃいられねー……プラミ……プラミ……」
「だ、ダメですメローナさん! ここで流されたら前科が1つプラスされちゃいますよ!」
「プラミいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「きゃあ!?」
メローナさんは私の忠告も聞かず、風のように走り去っていきました。
前方のゾンビを薙ぎ払いながら、一直線でプラミさんのもとへ向かいます。
大変なことになりました。このままでは、倫理とか道徳とかがぐちゃぐちゃになってしまいます……。
◇
「待ってくれ愛しい人よおおおおおおお!」
「俺の彼女になってくれえええええええ!」
「ひいいいっ」
私はプラミさんの手を引きながら、迫りくるナンパゾンビたちを回避しまくっていた。
プラミさんから漏れ出る魔力はとどまるところを知らず、すれ違う人を例外なく飢えたケダモノへと変身させていく。
「セレネ先生! 前っ」
「わあっ」
ナンパゾンビが丸太を振り回して襲い掛かってきた!
辛うじて身を屈めた瞬間、ぶおん、と重たい物体が頭上を通り過ぎていく気配がした。
何これ……完全に殺す気じゃん……ていうか、何で一般人が丸太を振り回せるの……。
「彼女になれええええええ!」
「ひいいいいっ」
今度はゾンビたちが四方八方から猿のように飛び掛かってくる。
彼らに老若男女の区別はなかった。
デパートにいたすべての人間がプラミさんの虜になっているのだ。
騒ぎのおかげで多少正気に戻ったのか、プラミさんが申し訳なさそうにつぶやく。
「ごめんねセレネ先生。わたしのせいで……」
「プラミさんのせいじゃないよっ! とにかく逃げなくちゃ……」
廊下はすでにゾンビの海と化していたため、階段を爆速で駆け上がっていく。
その時、バコンバコンと音を立てながら壁が抉れていった。
誰かが魔法を放ったのだ。シンプルな【バレット】の魔法だけれど、当たればそれなりに痛い。
「何でこんなことになっちゃったんだろう……? 今までは、さすがにゾンビになる人はいなかったのに……」
「原因の分析は後だよっ……! はやく安全なところに行こう!」
「う、うん」
ばごぉんっ!
4階に到達した瞬間、突然床がぶっ壊れた。私たちは「きゃあ」と悲鳴をあげながら尻餅をついてしまう。不思議に思って視線を走らせた瞬間、目を疑ってしまった。
床を突き破って出現したのは、見覚えありまくりの人物だったから。
「め、メロちゃん……!?」
「何でメローナさんがここに……!? 自習はどうしたの……!?」
声をかけても反応がなかった。
幽霊のように揺れるメローナさん。
やがてその口元から、ギギギ……と歯軋りのような音が漏れ始める。
「ぷ、ぷら、ぷら……」
「何? てんぷら?」
「プラミいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ひゃあああああああ!?」
メローナさんは弾丸のような速度で襲い掛かってきた。どうやらこの子もナンパゾンビと化していたらしい。いや、もはやナンパなんていう次元をとっくに超えている。ここにいるゾンビたちは、プラミさんをめちゃくちゃにするために集まった、理性なき犯罪集団……!
「プラミいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「不良怖いいいいいいいいいいいいいいい!!」
メローナさんは力任せに拳を振るい、デパートのあらゆるものを破壊していった。
まずい、損害賠償がとんでもないことになりそうだ……。
私は必死の思いで階段を駆け上がり、ついに屋上への入り口に到達した。屋上といっても普段は解放されていない、非常用のスペースといったところだろう。
【アンロック】の魔法で鍵を解除し、ゾンビたちが到着する前に外に出る。
バタンと扉を閉めた瞬間、打楽器のようにドコドコと連打する音が響いてきた。
メローナさんたちが激しくぶっ叩いているのだ。
「先生っ! これじゃあ破られるのは時間の問題……!」
「分かってるっ! いま扉を硬化させてるんだけど……!」
しかし、鉄製の扉はこちら側にべこべこと凹んでいく。
さらには向こう側から、「プラミイイイイ!!」というメローナさんの叫びが聞こえる。
あの人何なの? バーサーカーの末裔か何かなの……?
「セレネ先生……」
その時、プラミさんがしゅんとした様子で私に向き直った。
その瞳には、深い悲しみの色が見え隠れしている。
「こんなことになっちゃったのは、わたしが未熟者だから。たぶん、わたしは永遠に魔力制御なんてできないんだと思う。セレネ先生にこれ以上迷惑をかけないためにも、わたしは……」
「違う!」
私は慌ててプラミさんを振り返った。
【スキャン】をしてみれば分かる。プラミさんからは、ダムの放水のごとく大量の魔力があふれていた。
「……違うよ。プラミさんがこうなっちゃったのは私のせいなんだ」
「どういうこと……?」
「魔力制御の訓練としてデートするのは間違ってなかったんだけど、おそらく、その……プラミさんの私に対する思いが予想以上に強くて」
何故か顔が赤くなってきた。プラミさんがまっすぐ私を見つめてくるせいだ。
「無理に抑えつけようとしたから、逆に爆発しちゃったんだ。プラミさんってさ、普段からそれなりに魔力を抑制してるんだと思う。だけど今回は、私が変に誘惑しちゃって……それでたがが外れちゃったの」
「つまり……?」
「刺激が強すぎたの。魔力制御の訓練は、もうちょっと段階を踏む必要があったみたい。ごめんね、私がもうちょっとしっかりしていれば……」
「ううん」
しかしプラミさんは、首を横に振って笑った。
「セレネ先生は、わたしのことを考えてくれた。それだけで嬉しい」
呆気に取られていた時、背後の扉が嫌な音を立て始めた。どうやらタイムリミットは近いらしい。
プラミさんは、私に期待を寄せてくれていた。マスターたるもの、弟子の期待には応えなければならない。いや他のマスターがどうかは知らないけれど、少なくとも私は、誠実に接してくれる人には誠実に対応するべきだと思っているのだ。
だから私は――1歩、プラミさんに近づいた。
「大丈夫。私が全部解決する」
「えっ……? あっ」
そうしてそのまま、プラミさんの身体をぎゅっと抱きしめた。
柔らかな温もりが伝わってくる。プラミさんは驚いて身じろぎをした。
「せ、セレネ先生っ!? ふわああっ……」
「こうやって触れ合うことで、プラミさんの魔力を私が引き受けることができるの。……は、恥ずかしいから最終手段なんだけど……」



