世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第3話 デート大作戦 ⑨

「だからって……でも、だって」

「大人しくしてて」


 吸収系の魔法、【ドレイン】を開始する。

 プラミさんの中に溜まっていた魔力が、ものすごい勢いで私の中に入り込んできた。それをすぐさま体内で押し潰して処理していく。ピンク色の魔力が霧散していった。これでゾンビたちも我に返るだろう……。


「ふああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 プラミさんの叫び声がデパートの屋上に響いた。

 その直後、ぶち破られた扉がバウンドしながら背後に吹っ飛んでいった。


          ◇


「ご、ごめんなさい……」


 いつもの研究室である。プラミさんは、この世の終わりのように項垂れていた。

 この場にいるのは、私とプラミさん、それとロッカーのところで帰り支度をしているミルテだけだった。

 あの後、プラミさんの魔力が消えたことでゾンビたちは正気に戻った。デパートが破壊された件については、こっそり修復魔法をかけておいたので大丈夫だと思いたい。

 ちなみにメローナさんは扉を破った瞬間、気絶してしまった。

 その後、何故か一緒にいたイリアさんによって回収されていったけど……大丈夫かな? あっちも後で色々確認しておく必要があるよね。

 私は「ううん」と首を振り、


「私のほうこそごめんね。ちょっと指導方法がズレてたみたい」


 ぺこりと頭を下げた瞬間、プラミさんが慌てたように立ち上がった。


「違うよ。デートを提案したのは、そもそもわたし。セレネ先生の誘惑に耐えられなかったのもわたし……」

「それこそ違うよ! もっとプラミさんに合った方法を考えればよかったんだ」

「違う違う。わたしが悪いの……」

「いやいや、私こそ……」

「いやいやいや……」

「譲り合ってどうするんですか。面倒くさいですねえ」


 急にミルテが割って入ってきた。すでに着替え終わったようで、白いブラウスと紺色のプリーツスカートを身にまとっている。


「失敗は成功のもとですよ。また別の方法を試せばOKです」

「それはそうなんだけど……」


 私はプラミさんに嫌な思いをさせてしまったことを反省しているのだ。こんなことでは、指導者として上手くやっていけない。それに最悪の場合、プラミさんがゼミを出て行ってしまう可能性もあった。出て行かれたら「弟子3人集めなければクビ」のルールが適用され、私は無職になってしまう……無職はいやだ……。


「プラミさんっ!」


 私は慌ててプラミさんの手を握りしめ、


「これからもプラミさんが魔力制御をできるよう、しっかりサポートするから! だからプラミさん、一緒に頑張らせて……!」

「っ……」


 全力でお願いをした。そうするしかないのだ。

 不甲斐ないマスターだけれど、しっかり頑張るので許してほしい。

 プラミさんはしばらく沈黙を貫いていた。ゴーン、ゴーンと鐘が鳴り、すべての講義が終わる時間となった。ミルテが「じゃ、お疲れ様です~!」と言って退室した。おい。


「……セレネ先生は、優しいね」


 プラミさんが笑みを浮かべる。


「優しいかな? 頼りないだけだと思うんだけど……」

「ううん。そんなことない。わたしのことをこんなにたくさん考えてくれた人は、今まで1人もいなかった」


 さわさわと風が吹く。西日に照らされたプラミさんのはにかみは、一瞬どきりとするくらいの美少女っぷりだった。


「こんな性格だから、周りの人たちに嫌われることが多くって。ハーフサキュバスっていう種族も災いしてたみたい。汚いもの、関わっちゃいけないもの扱いで、遠ざけられてきたの。そういう時は、ひとりで屋上とかに行って黄昏てた」


 そういえば、プラミさんは「高いところが好き」って言ってたっけ。

 そんな悲しい事情があったなんて……。


「恋愛はたくさんしてきたけれど……それが上手くいったことは、結局1度もなかった。だってみんな、わたしの魔力に惹かれただけなんだもん」

「そっか……」

「だからね、先生。わたしのことを等身大に見てくれる先生のことが、わたしはすきだよ」

「え」

「最初は一目惚れだったけれど。……今はセレネ先生の優しさが、とっても温かいなって思ったの」

「か、買い被りすぎだよ……」

「わたしの魔力を受けて、唯一ゾンビにならなかったのは、セレネ先生。……それに、先生は身を挺してわたしのことを守ってくれたから」


 妙にむずがゆくなってしまった。弟子に慕われるというのも……なんというか、悪くないかもしれないね。うん。

 これからもマスターとしてプラミさんの助けになれるよう、頑張らなくちゃ。


「ありがとうね、プラミさん。私もプラミさんのために頑張るよ」

「そ……それは、告白に対するOKということでよろしいでしょうか……?」

「違うったら! 勘違いしないでよねっ」

「やっぱりツンデレ……」


 変な属性を付与するのはやめてほしい。

 そこでプラミさんは思い出したように、


「……そういえば、これから魔力制御の訓練はどうやればいいの?」

「あー」


 私はちょっと考えてから言った。


「我慢のしすぎはよくないからね。ほどほどに我慢するのがいいと思うよ」

「でもそれだと、抑えきれない部分もあるかと思いますが……」

「まあ、定期的な発散は必要だね……。処理しきれない魔力は、自分で何とかできるまで私が何とかするしかないと思っているんだけど……」


 言葉の意味を理解したのか、プラミさんの目がきらきらと輝き始めた。だから言いたくなかったんだ……。


「じゃあ、またぎゅーってしてくれるの?」

「必要な時だけだよ? だいたい1か月に1回くらいかな」

「それじゃ全然足りない。ぎゅーっ♡」

「今は必要ないでしょっ」


 私は迫りくるプラミさんから必死で逃げた。

 とりあえず、プラミさんの魔力制御を完璧にするのは喫緊の課題だ……。


          ◇


 ちなみに、イリアさんとメローナさんはしばらくプラミさんの悪夢を見るようになったらしい。プラミさんがえっちな恰好をして迫ってくるというのだ。サキュバスの魔力の後遺症らしいけれど、ご愁傷様としか言いようがない。