世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第4話 楽しい獄中生活 ①
『それでは皆様、聖暦475年度のメイプルスター賞受賞者を発表いたします。厳正なる審査の結果、もっとも優秀と認められたのは――』
パーティー会場の前方では、司会の人が仰々しい雰囲気でしゃべっている。
一方、椅子に座らせられた魔法使いたちは、固唾を呑んで結果発表を見守っていた。
メイプルスター賞の授賞式。
もちろん、私はこういう豪華で厳粛な空間が苦手なタイプだ。
できることなら部屋に引きこもっていたかったんだけど……「前年の受賞者であるため」という理由で強制的に出席させられてしまった。
おかげで慣れないドレスに身を包み、借りてきた猫のように縮こまることしかできない。
ああ、帰りたい……。
帰ってリア充魔法の研究に没頭したい……。
「あ」
ふと、斜め前のほうに座っているフレデリカ先生と目が合った。
アイネル魔法学院のマスターはだいたい参加しているため、フレデリカ先生が会場にいるのは何らおかしなことじゃない。
……フレデリカ先生の隣がよかったな。
だって私の両脇に陣取ってるの、全然知らないおじさんだし。
その時、フレデリカ先生がにこりと優しい微笑みを向けてくれた。私を元気づけてくれたのである。嬉しさのあまり手を振って応えたけれど、何故かフレデリカ先生はすぐに前を向いてしまった。何だろう、照れちゃったのかな?
まあ、今は授賞式に集中しようか。
私の見立てでは、今年の最有力候補はフレデリカ先生だ。
フレデリカ先生の研究は、大きく分けて2つある。
1つは星に関する系統魔法。引力とか斥力とかを操ることを目的としている。
そしてもう1つは、外道魔法と呼ばれる系統魔法だ。簡単に説明するならば、これは他者に呪いをかける魔法である。それだけ聞くと怖い感じがするけれど、フレデリカ先生自身が呪いを振りまくわけじゃない。呪いを使ってくる悪い人に対抗するために研究しているのだ。そういう意味において、外道魔法の探求は、今の魔法界においても非常に有意義な業績なのだった。
前に読ませてもらった論文も面白かったし、今年のメイプルスター賞はフレデリカ先生で決まりかもね。
そうだ、授賞式が終わったらお祝いパーティーを開こうかな?
フレデリカ先生と仲良くなれる絶好のチャンスだから。
そう思っていたのだけれど――
『受賞者はセレネ・リアージュさん! 2年連続の栄誉となりました!』
司会の人が、大声でそんなことをのたまっていた。
「……は?」
おかしいな? 私の名前が聞こえたんだけど?
現実が受け入れられずにフリーズしていると、魔法使いの方々から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
ちょっと待って。何で私が受賞してるの。
『さあリアージュさん、どうぞ壇上へお越しください!』
「な、ななな、な、何で? 何でですかっ……?」
わけが分からず震えているうちに、スーツを身にまとった係員の人が「こちらへどうぞ」と起立を促してきた。
私の身体は自動的にそれに従い、あれよあれよという間に壇上へ立たされてしまう。
鳴りやまぬ拍手、そして賞賛の声。
こ、こんなはずじゃ……。
『リアージュさんはご存知の通り、リア充魔法という系統魔法を研究していらっしゃいます。受賞の決め手は何だったのでしょうか? 魔法協会理事長のライデル・オールダイヤさん、お願いします』
司会の人が、傍らの椅子に座っていたお爺さんにマイクを渡した。
魔法協会の理事長ってことは、めちゃくちゃ偉い人じゃん。
『……ごほん。審査委員長を務めさせていただきました、ライデル・オールダイヤです。セレネ・リアージュさん、このたびは受賞おめでとうございます』
「あ、はい」
理事長にお祝いされ、私は曖昧な会釈しかできない。
『さて……リアージュさんが提唱しているリア充魔法ですが、名称はさておき、その魔法回路は非常に優れています。その中でも【カピバラと話せるようになる魔法】は特に素晴らしいと思いました』
それなの!? よりにもよって!?
『異種族とのコミュニケーションは、我々魔法使いが進出できていなかった分野です。今回はカピバラが対象となっていますが、応用すればあらゆる生物、さらには人智を超越した神々や精霊との交信も可能となります。リアージュさんはその足がかりを作ったのです』
何言ってるの、このお爺さん。
『後世、歴史家はこう語るでしょう――あの時、カピバラによって世界が変わったと。リアージュさんの研究には、それだけの価値があるのです』
いや本当に何言ってるの……。
その後も理事長さんは、いかに【カピバラと話せるようになる魔法】がすごいかを熱弁してくれた。ありがた迷惑というか何というか。だってそれ、友達を作るための魔法だし。それ以上の意味なんてないし……。
結局、私はしばらく看板のように立ち尽くすことしかできなかった。
◇
噛み噛みの受賞挨拶をこなした後(めちゃ恥ずかしかった)、立食パーティーに移行した。
もう帰ろうかと思っていたのに、色々な人がたくさん話しかけてきたせいで、否応なしにパーティーの中心に据えられてしまう。
そういえば、去年もこんな感じだったよね。
最初は「大勢の人に囲まれてリア充みたい!」と喜んでいたけれど、だんだんグロッキーな気分になったものだ。
だって、知らない人ばっかりなんだもん。社交性ゼロの私にはナイトメアモードの試練だ。セレブのイリアさんだったら、こんな状況でも余裕で切り抜けられるんだろうけれど……。
「リアージュ先生、このたびは受賞おめでとうございます」
「あ……!」
おじさんに囲まれて困惑していた時、蜘蛛の糸のような感じでフレデリカ先生が現れた。漆黒のドレスと優雅な微笑み。衣装に着られている私とは大違いの立ち居振る舞いだ。私は慌てて彼女に近づいていく。
「フレデリカ先生……! やっと知ってる人に会えた~!」
「大人気ですわねえ。そろそろお疲れなんじゃあなくって?」
「うん。まさか受賞しちゃうなんて夢にも思わなかったよ……」
フレデリカ先生の眉がぴくりと動いた。
「ええ、ええ、本当に青天の霹靂ですわ。2年連続でメイプルスター賞を受賞するなんて、誰に予想できましょうか」
「フレデリカ先生もすごいよ! だって今年も2位だったんでしょ?」
ん? なんかフレデリカ先生の笑顔が引き攣ったような気が……気のせいかな?
「……そうですわねえ。2位でしたわねえ。2年連続の2位でしたわねえ」
ぷるぷると震えながら笑うフレデリカ先生。2年連続で2位をとれた魔法使いは、歴史上1人もいないらしい。
嬉しくてしょうがないんだろうな……よし、ここは〝攻め〟のターンだ!
「そうだ。フレデリカ先生のお祝いパーティーをしてもいいかな……?」
「は??」
「2位って、すっごくすごいことなんだよ? フレデリカ先生の外道魔法、私も尊敬しているの。だから……どうかな? 一緒にケーキを食べたり、歌を歌ったりして遊ばない……?」
「マジで何なんだこいつ……」
「え? な、何かな?」
フレデリカ先生は「すーはーすーはー」と深呼吸をした。それで落ち着いた(?)のか、にこりとフレンドリーな微笑みを浮かべ、
「いえ、何でもありませんわ。それを言うなら、リアージュ先生のお祝いをするべきじゃなくって?」
「私はいま盛大にお祝いしてもらっちゃってるからね。フレデリカ先生のためのパーティーがないのは可哀想だと思ったの。……よかったら、あとで私の研究室に来てくれない? ほら、こないだお茶会に招待してくれたお礼もあるし」
ぐっ。
何故かフレデリカ先生は拳を握る。
「ほ~……研究室ですかそうですか。2位の私には今日のような豪勢な祝宴ではなく、ホームパーティーがお似合いということですか……」



