世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第4話 楽しい獄中生活 ③
何故かイリアさんが挙手した。何事かと思って目を向ければ、紅色の瞳をキラキラと輝かせて興奮しているご様子。
「これ、私が片付けてもいいでしょうか……!?」
「イリアさんが? でもイリアさんは修復魔法使えないし……」
「教えていただければ頑張ります! この事件で何も役に立てないのは歯痒いですし、修復魔法にはたいへん興味がありますから……!」
ああ、そういうことね……。
イリアさん、隙あらば魔法を習得しようとする魔法オタクだったんだ。
「じゃあ、お願いしようかな? といっても今日は講義が休みの日だし、無理にとは言わないけど……」
「いいえ! ぜひぜひ! お願いしますっ」
ぶんぶんと左右に揺れる尻尾が見えるほどの食いつきようだった。ふとプラミさんに目を向ければ、彼女は右手で「OK」のマークを作った。プラミさんもそれでいいってことね。
「じゃあ、とりあえず基礎だけ教えるね――」
そうして手短な講義が始まった。
魔法陣の構造や発動などのコツを教えてから、私は急いで研究室を出発するのだった。あとのことはみんなに任せよう。ミルテもいるし、大丈夫のはずだ。
◇
アイネル魔法学院における牢獄とは、おいたをした学生を一時的に閉じ込め、反省をうながすための施設だ。
罪状の重さによって刑期が定められ、刑務作業という名の労働に従事することになる。
詳しくは知らないけれど、牢獄の中はとんでもなく劣悪な環境らしい。
一刻も早く真相を解明してメローナさんを出してあげないと。
「……セレネ・リアージュ先生? ああ、さっき収監された学生のマスターか」
「は、はいっ。できれば面会させてほしいのですがっ……」
「構わないよ。案内してやるさ」
受付のところに座っていた女の子が、大儀そうに立ち上がってそう言った。
彼女の名前はルゼ・プリズンガード。
警備課の課長で、学院に数多いる警備員さんたちのボスだ。
マスターランクの魔法使いだけれど、弟子は1人もとっていない。クビにならない理由は、かわりに牢獄の学生たちの面倒を見ているからだった。
「しかし、リアージュ先生も大変だねえ。初めての弟子に研究室を爆破されるなんてさあ」
ルゼ先生は気怠そうに言った。
漆黒の洋服に、じゃらじゃらと鎖がくっついている。背丈は私と同じくらいだけれど、なんというか……強者の覇気みたいなのがすごい。日頃から修羅場にいる者の目だ……。
「……た、たぶん、何かの間違いだと思うんです。メローナさんは見た目こそ不良ですけど、そんなに悪い子じゃないから」
「おやおや、随分と信頼しているじゃあないか。まだ出会って日も浅いんだろう?」
「そうですけど……」
ルゼ先生はちらりと私を振り返る。
「……ふ~ん。まあ、どっちでもいいね。たとえ冤罪だったとしても、刑期を終えて牢獄を出る頃には品行方正の化身みたいな子になっているだろう」
「この牢獄って、具体的にどんな場所なんですか……?」
「見れば分かるさ」
しばらく歩くと、目の前に巨大な扉が現れた。高さは私を縦に3人並べても届かないくらいで、障壁魔法か何かでコーディングされているらしい。
「開けゴマ」
ルゼ先生が唱えると、扉が軋むような音を立てて開いていく。
内部からどんよりとした空気があふれてきた。
そうして私の目の前に広がったのは、あまりにもオーソドックスな牢獄の光景だ。
「ここから先は非魔法領域だよ」
「え、魔法が使えないってことですか……?」
「ああ。魔力をジャミングする魔法をかけているのさ。ゴールドランク以上の魔法使いなら解析して破壊することも可能だろうが、学生にはまず無理だね」
魔法が使えちゃったら脱獄できちゃうもんね。納得の措置だ。
私は首をのばして牢獄の様子を確認してみた。
一直線に伸びる廊下の両脇に、鉄格子によって封印された小部屋がいくつも並んでいる。その小部屋の中には、捕まった学生たちが1人ずつ収容されていた。
いや……本当に学生、なんだろうか?
みんな歴戦の殺人犯のような風格をただよわせてない……?
「この子たち、何したんですか……?」
「おたくの弟子と似たようなもんだね。遅刻、サボり、カンニング……」
「な、なるほど」
「窃盗、暴行、放火、テロ未遂……」
「それはもう警察に引き渡したほうがいいんじゃないですか……?」
怖すぎる。アイネル魔法学院にこんな闇が広がっていたなんて。
その時だった。
「ルゼ先生ええええええ!」
「ぴやっ」
どん、と鉄格子に何かが叩きつけられるような音がした。
びっくりして振り返る。すぐ近くの牢獄にいた学生が、必死の形相を浮かべて格子の隙間から腕を伸ばしていた。
「もう嫌だああああ! 俺をここから出してくれええええ!」
ルゼ先生は「おやおや」と肩を竦め、
「キミは確か、4年生のマイケル・ヤニカッスルくんだったな? 喫煙に対する懲罰で、3日前に放り込まれたばかりじゃないか」
「もう十分だろう!? 毎日毎日、紙巻タバコで城を作っては壊し、作っては壊す……こんなことを続けていたら、頭がおかしくなっちまわあ!」
見れば、ヤニカッスルくんの部屋の床には、タバコを組み上げて作った城が鎮座していた。手先が器用なのか、見事な出来栄えである。しかしルゼ先生は冷たい目で一瞥し、
「おかしくなってしまえ。それがキミの贖罪だよ」
「ふざけんな! だいたい俺、留年してっから20歳なんだよ! タバコ吸って何が悪いっつうんだ!」
「喫煙所以外で吸っただろう? 校則違反だ」
「それにしたって厳しすぎるだろっ! 俺はいつまでこんな無意味なことを続けなくちゃいけないんだよ……!?」
「ノルマなどないよ。刑期も学生には教えないルールになっているのだ。キミはただ、このジメジメとした薄暗い牢獄の中で城を作り続けるのさ。私が『いい』と言うまでね」
「ぱあああああああああ!!」
ヤニカッスルくんはついにおかしくなったのか、涙を流してガンガンと壁に頭を打ちつけ始めた。すると、周囲の牢獄にいる学生たちから非難の嵐が巻き起こる。
「おいうるせえぞ静かにしろ!」
「てめえのせいで俺も集中できねーんだよクソ野郎が!」
「大宇宙の神秘エネルギーが逃げちまうだろうが!」
見れば、他の学生たちもそれぞれ謎の作業に精を出しているようだ。
1人2役の将棋を永遠に指し続ける者。ルービックキューブを高速で回転させる者。両手を合わせてひたすら念仏を唱える者。ぐるぐると走り回ってアヒルのように「グワッグワッ」と叫ぶ者……。
「あれらは何ですか?」
「勤行さ」
ルゼ先生はさらりと言った。
「通常の刑務作業が行われている時以外は、私が指定した罰に取り組んでもらうことになっている。種類は多岐に亘るが、いずれも脳が壊れるレベルの無意味な苦行だね」
「何でそんなことするの?」
「更生させるためだ。……見たまえ、やつはすでに1か月ここにいる」
ルゼ先生が顎で示した独房には、坊主頭の学生が正座をしていた。こちらの存在に気がつくと、彼は涙を流して頭を垂れる。
「ルゼ先生、こんにちは」
「調子はどうだい、ロベルト・カツアーゲンくん」
「清々しい気分です。わたくしの心を覆っていたどす黒い霧は、この1か月で嘘のように晴れてしまいました」
カツアーゲンくんが顔を上げた。まるで憑き物が落ちたかのように平和的な表情だ。いや、前の顔がどんな感じなのか知らないけど……。
「この牢獄で過ごした日々は生涯忘れないでしょう。ルゼ先生のおかげで、わたくしはどうしようもない産業廃棄物から更生することができました。これからは世のため人のため、自分の身を犠牲にして社会貢献を行ってまいります」
「それはけっこうだね。キミはあと3日で出所としようか」
「よろしいのですか……?」
「もちろん。更生プログラムは完了だ」



