世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第4話 楽しい獄中生活 ④

「ああ……! ようやくわたくしの命を天下万民に捧げる時が来たのですね……! ありがたや、ありがたや……」


 それ以降、カツアーゲンくんは両手をこすり合わせて神に祈り始めた。

 私はおそるおそるルゼ先生を見つめ、


「彼には何を……?」

「壁に向かってカツアゲをするんだ。返事があるまでね」


 拷問?


「もともとは不良の権化みたいな男だったんだが、おかげで品行方正な優等生になってしまったよ。暴力や不法行為をしようとすると、ゲロ吐いて倒れちゃうんだ。ニワトリみたいだったモヒカンは全部剃っちゃったし、好きな音楽もデスメタルから讃美歌に変わったね。ここに入った学生は、みんなそうやって成長して出所していくのさ」


 それ成長なの? 別人になってない?


「じゃ、女子の区画に行こうか。キミの弟子も私が改心させてあげるよ」

「…………」


 どうしよう。メローナさんが聖人になっちゃう……。


          ◇


 アイネル魔法学院懲罰房。俗称、〝牢獄〟。

 あたしが放り込まれたのは、鉄格子で囲まれた湿っぽい空間だ。あるのは簡素なベッドと個室トイレ。端っこに備え付けられた木製テーブルには、ご丁寧にも基礎魔法の参考書が準備されている。


「はあああ……」


 そんな辛気くさい独房のど真ん中で、あたしは頭を抱えて絶望していた。

 いつものことだ。

 夜になると、昼に起きた出来事を反芻して死にたくなってくる。いわゆる脳内反省会だ。まだ夜じゃないけど。


「最悪だ。どいつもこいつもあたしを犯人扱いしやがって……」


 だが、自分にも落ち度はある。

 もうちょっとやりようはあったはずなのだ。

 思い返せば、あたしは昔から自分の意に沿わないことばかりをしてきた。好戦的な獣人の血を引いているためか、ちょっと舐められたらすぐに手が出てしまうのだ。

 最初の事件は、親父をバカにしてきた同級生をぶん殴った時だろう。

 あたしの親父はウェアキャットという種族で、まあ、簡単に言えば猫耳が生えたおっさんだった。

 お前の父ちゃん、きもーい!

 そんな暴言を受けたら、黙っていられるはずがない。

 結局、その同級生は病院送りに。何度も何度も「謝れ」と迫ったが、謝罪の言葉のかわりに向けられたのは、あたしを畏怖するような視線だった。

 それ以降、あたしは「不良」のレッテルを張られ、あることないこと囁かれるようになってしまった。

 陰口なんて日常茶飯事で、紙屑を投げられたり、机に落書きをされたりした。そのたびにあたしはキレまくり、やらなきゃいいと分かっているのに徹底的な復讐をしてしまう。

 意地悪をされる→〆る→意地悪をされる→〆る。

 負の連鎖は無限に続き、いつしかあたしは「凶暴な猫」「やべーやつ」「関わっちゃいけない人」みたいな扱いになっていく。

 その結果が、今のメローナ・フォルテという人物像だ。


「……どうしたもんか」


 本当は真面目に……静かに生きたいのに、周りがそれを許してくれない。

 アイネル魔法学院に入学しても、その評価は変わらなかった。

 発言とか見た目だけで不良扱いしているのだろう。

 今回だって、警備員のやつらは大して取り調べもせずにあたしを犯人と決めつけ、問答無用で牢獄にぶち込んでしまった。


「うぐ……涙が……」


 いつの間にか、目から雫があふれてきた。

 自己嫌悪もそうだが、必要以上に迫害されてきた日々が反芻され、感情が抑えきれなくなってしまう。

 さすがに牢獄に放り込まれれば、あたしだって堪えるのだ。

 というか、あたしはそんなに打たれ強くない。必死で強く見せようとしているだけだ。そうしないと他のやつから舐められ、イジメられるから。


「あ……」


 ぴょこり。

 気合で押さえつけていた猫耳が飛び出してしまった。

 獣人は差別される存在であるため、隠しておいたほうが何かと無難なのだ。でも、感情が昂った時はこうして生えてきてしまう。

 まあいっか。どうせ誰も見ていないし。

 ところが――


「メローナさん、だよね……?」

「え?」


 起き上がって振り返る。

 鉄格子の向こうに、いつの間にかセレネ先生が立っていた。驚愕に染まった表情。

 どうしてこの人がここに……? ああそっか、弟子が捕まったらマスターに連絡いくよな。じゃあしょうがないか。いやしょうがなくねえ。

 状況を理解した瞬間、全身が蒸発してしまうくらい熱くなっていった。

 そうだ。今のあたしは普通のあたしじゃない。

 見られた……。

 猫耳生やして泣いているところを見られた……!


          ◇


 ルゼ先生に連れられ、女子が収監されている区画へとやってきた。

 だけど……そこにいたのは、メローナさんであってメローナさんではなかった。

 女の子座りで床に崩れ落ち、悲しそうに涙をこぼしている。そして特筆すべきなのは、彼女の頭に猫耳が生えている点だった。

 か、可愛い……。

 本当にメローナさんだよね? 双子の妹さんとかじゃないよね?


「話そうと思って来たんだけど……お取込み中かな?」

「わ……」

「ん?」

「忘れろおおおおおおおお!!」


 突然、メローナさんが鉄格子に向かって闘牛のような突進をかました。


「ぴやっ!?」


 私はその気迫にやられ、反対側の壁まで猛スピードで退避する。ぐわんぐわんと揺れる鉄格子。老朽化が進んでいるため、今にも折れてしまいそうだった。


「な、何なの……!? メローナさん、もうおかしくなっちゃったの……!?」

「あたしはおかしくなってねえ! おかしいのはこの世界だ!」

「やばめの犯罪者みたいなこと言ってる……」

「リアージュ先生。事実、彼女は犯罪者さ」

「だから犯罪者じゃないって言ってるだろーが! とにかく、あんたがさっき見たのは夢だ! 幻覚だ! あたしは泣いてなんかないっ」

「その猫耳は何なの?」


 メローナさんの顔が、イチゴのように赤くなった。


「記憶を消してやる! 脳細胞を1つ残らず消してやる!」

「ひいいいっ」


 私は壁にめり込みそうなくらい後退した。

 何故かメローナさんは激怒の境地に達しているらしい。根性焼きどころの騒ぎじゃない。これ以上話しかけたら顔面をひっかかれそうだった。

 だけど、見てないフリをして帰るわけにはいかなかった。

 彼女の目元には、涙を流した痕跡が確かにあるのだ。


「メローナさん、どうしたの? 何かつらいことでもあった……?」

「何もない。さっさと失せろ」


 言葉遣いが辛辣! でもめげちゃダメだ!


「目が腫れてない?」

「警備員に目潰しされたんだ」

「警備員さんはそんなことしないよっ」


 ロゼ先生が「まったくだ」と溜息を吐き、


「困るねえ、メローナ・フォルテ。少しは反省の色を見せたらどうなんだい? キミは罪を犯して牢獄にぶち込まれたんだよ?」

「はあ? あたしは無実だっての」

「それはないね。キミが研究室を爆破したことは明らかだ」

「このクソ看守――」

「【鉄鎖の円環(サークリットメイデン)】」


 いきり立つメローナさんの身体に、無数の鎖が巻きついていった。

 雁字搦めにされ、悔しそうに歯軋りをすることしかできないメローナさん。

 それにしても【鉄鎖の円環】て……魔法の名前がカッコよすぎない……? 私のリア充魔法もお洒落な感じにすればかったかな。

 いやそんなことよりも!


「ルゼ先生、やめてくださいっ! メローナさんが苦しそうですっ!」

「おやおや、リアージュ先生は甘いね。いま、こいつは私に歯向かおうとしたんだよ? 牢獄を与っているマスターとして看過できないね」

「そもそもメローナさんは無罪ですっ」


 ルゼ先生の眉がぴくりと動いた。


「……本気で言っているのか?」

「だ、だってメローナさんがそう言ってるんだもん……」


 今度はメローナさんが狼狽の声をあげた。


「セレネ先生! あんた何言ってるんだよ……」