世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第4話 楽しい獄中生活 ⑤
「メローナさん、やってないんでしょ?」
「そりゃそうだけど」
じゃらりん。
【鉄鎖の円環】が溶けるように消えていった。自由を取り戻したメローナさんは、へなへなとその場に座り込んでしまう。
「リアージュ先生。言っておくがね、こいつは確実にやっているよ」
私はちょっとムッとしてしまった。
「何で言い切れるんですか」
「立ち居振る舞いの問題さ」
ルゼ先生は断言する。
「品行方正な者は制服を改造しない。お腹にタトゥーなんか入れない。荒っぽい言葉遣いもしない。ましてや目上の私に歯向かおうともしないだろう」
「そ、それは証拠にはならないと思いますっ! 疑わしきは罰せずって言いますし、もっと調査を徹底して――」
「いいよセレネ先生」
メローナさんがどこか投げやりな口調で言った。牢獄の壁に背を預け、諦念のにじんだ溜息を吐く。
「誰だってあたしを疑うのは当然なんだよ。不良ってのはそういうもんだ。慣れっこだから気すんな」
「何でそんなこと言うの……」
あんまりな言い草に、私はぽかんと口を開けてしまった。
メローナさんの言葉には重みがあった。
たぶん、この子は昔から似たような理由で濡れ衣を着せられてきたのだ。
理不尽だ。放っておいていいはずがない。
「……私はメローナさんを信じてる」
「え?」
「メローナさんは理由もなく悪いことをしない。だからメローナさんは何もやってない。別の犯人がいるはずだよ」
メローナさんは呆気に取られて目を丸くしていた。私の言葉が頭に浸透したのか、急に慌てて言葉を紡ぐ。
「ば、馬鹿か! 何でそんな簡単に信用できるんだよ! あたしは小さい頃から地元で恐れられてきた不良なんだぞ!?」
「でも! 悪いことされた覚えはないし! だからメローナさんはいい子なのっ!」
「いや、先生を脅迫したことあるんだが」
「そういえばそうだった……」
3秒沈黙。
今の会話をなかったことにしてルゼ先生を振り返った。
「ルゼ先生、メローナさんを出してもいいですよね……?」
「ダメだ」
鋭い眼光。怖くて死にそうになった。
でも私は勇気を振り絞る。
「だ、出してくださいっ! これじゃあメローナさんが可哀想ですっ」
「ダメだって言ってるだろ。まあ真犯人が見つかれば話は別だが」
「じゃあ見つけてきますっ」
「そうかい。そんなことをしているうちにメローナ・フォルテは清廉潔白な真人間になってしまうだろうけどね」
ぞっとしてしまった。
戻ってきた時にメローナさんが坊主になっていたら絶叫してしまうだろう……。
ふと、メローナさんが不安そうな目で私を見つめてきた。
こうなったら残された道は1つだ。
「……わ、私はここから動きません」
「どういう意味だ?」
「真犯人の捜索は別の人に任せます。その間、私はメローナさんを励ますんです。変な修行でおかしくなっちゃわないように……」
「おい! どういう理屈でそーなるんだ!」
メローナさんの訴えは無視しておいた。
孤独に作業をしていたらすぐにカツアーゲンくんみたいになっちゃうだろう。だから、私がすぐそばで「負けちゃダメだ!」とエールを送り続けるのだ。そうすれば、メローナさんが洗脳されるまでの時間を稼ぐことができる。
ルゼ先生はニヤリと笑った。
「ほお。昨今とんと見ない熱血教師だね。そういうのは嫌いじゃない」
「こ、これがメローナさんのためだから……」
「よろしい。じゃ、囚人服に着替えようか」
「は?」
耳を疑ってしまった。この人は何を言っているのだろうか。
「当然だろう? 監獄で寝泊まりしていいのは、警備課の教員か囚人だけと決まっている。キミは警備課ではないから、囚人と同じように投獄されなければならないのだ」
「何でそうなるの……!?」
「嫌なら帰って構わないが? まあ、キミにとっても出来の悪い弟子には更生してくれたほうが得だろう」
「そ、そんなことは……」
「先ほど勤行によって苦しんでいる学生たちを目の当たりにしたはずだ。キミは彼らと同じ境遇に陥る覚悟ができているのかね?」
「…………」
メローナさんは「やめろ」「帰れ」「あたしは大丈夫だから」と必死で叫んでいる。
ひょっとしたら、私も聖人に……いや廃人になっちゃうかもしれない。
だけど、だからこそメローナさんを1人にするわけにはいかなかった。
「や、やるよ。怖いけど……頑張りますっ」
「おいセレネ先生! あんた死にてーのか!?」
「見上げた度胸だ。ではこれを着たまえ」
ルゼ先生がパチンと指を鳴らした。
私の頭上から降ってきたのは、しましまの囚人服だった。
◇
「やっと終わりました……!」
額の汗を拭いながら、すっかり綺麗になってしまった研究室を見渡しました。
一部の書類や研究データは復元できませんでしたが、椅子やテーブル、ベッドなどの家具は元通り。壁や天井についた焦げも漂白されています。
セレネ先生が教えてくださった【リビルド】のおかげでした。
【リビルド】はあらかじめ設定した〝復元ポイント〟に回帰させることができる魔法です。アイネル魔法学院の各施設は年始に復元ポイントを更新するため、いま私が立っているこの部屋は、だいたい3か月前――1月1日付近の研究室ということになります。
「お疲れ様です、イリアさん!」
秘書のミルテさんがお茶の入ったコップを持ってきてくれました。紅茶のいい香りがただよってきます。
「いやあ、2人が頑張ってくれたおかげで楽をできましたよ。やっぱり持つべきものは弟子ですねえ。私の弟子じゃありませんけど」
「いえいえ……! ミルテさんのサポートがあってこそですよ! きれいに修復できてよかったです……。あ、でも、復元ポイントが1月1日ってことは、それ以降の研究データは元に戻らないってことですよね?」
「それは仕方ないので諦めましょう。どうせロクな研究じゃないんですから、部屋が(ほぼ)元通りになっただけでも御の字ですよ。セレネ様も泣いて喜ぶでしょうね」
ミルテさんは冷凍庫からジェラートを取り出して食べ始めました。
そこでプラミさんが「そういえば」と首を傾げ、
「セレネ先生、メロちゃんに会えたかな? そろそろ1時間くらい経つけど」
「確かに心配ですね……」
そもそもこの事件、本当にメローナさんが暴れただけとは思えません。何か裏があるような気がしてなりませんが、セレネ先生はどう考えているのでしょうか。
「様子を見に行きますか?」
「でもセレネ先生、学生は来ちゃダメって言ってたよ」
「王族の権力を使えば何とかなるかもしれません」
「そういうのはダメだよリアちゃん。行くなら正攻法で攻めるべき」
「正攻法?」
「ライン越えのセクハラをして自らお縄にかかるの」
「そんな邪悪な正攻法はNGですっ! やはりここは金か権力で――」
不意にベルの音が鳴りました。
発生源はセレネ先生の机の上。
三角錐の置物から音が聞こえています。
「……ミルテさん、あれは何ですか?」
「ああ、通信用の魔道具で、〝ストーン〟って呼ばれてるものですね。アイネルのマスターには固定用のものと携帯用のものが支給されてるんですよ。――はい、もしもし」
ミルテさんがストーンに触れ、魔力をつなぎました。
すると、聞き覚えのある声があふれてきます。
『も、もしもし……ミルテ? セレネだけど……』
「あらセレネ様、どうしたんですか? 迷子にでもなっちゃった?」
「なってないよっ。ミルテに……ううん、セレネゼミのみんなにお願いがあって連絡したの』
セレネ先生の声色には切迫したものがありました。
気になったので口を挟みます。
「今どこにいらっしゃるんですか? メローナさんはどうでした?」



