世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第4話 楽しい獄中生活 ⑥

『あ、イリアさん? えっと、メローナさんは大丈夫そうだったんだけどね……実は、私も牢獄に入ることになっちゃった』


 ……は?


「セレネ様、いったい何をやらかしたんですか? まさか盗み食い?」

「どうせ牢獄に入るならわたしと不純同性交遊した罪で入ってよ」

『なに変なこと言ってるの。メローナさん1人だと心配だから、私も一緒にいようと思って。それでみんなにお願いなんだけど……』


 ちょっと間が空きました。

 セレネ先生は迷うような口調で告げます。


『……私が牢獄にいる間、研究室を爆破した真犯人を見つけてくれないかな? メローナさんの冤罪を晴らすために、力を貸してほしいの』

「そう言われましても」

『じゃあお願いだから! 私、これから刑務作業しなくちゃなの。ばいばい!』


 通話は切れてしまいました。

 私たちは思わず顔を見合わせます。


「……どゆこと?」

「わ、分かりません。メローナさんのために牢獄に入ったってことですか……?」

「セレネ様って情に流されやすいところがありますからねえ」


 ミルテさんは「それよりも」と言葉のトーンを変え、


「もっと重要なのは、研究室を爆破したのがメローナさんじゃなかったってことですよ。おそらく、真犯人を見つけない限りセレネ様もメローナさんも牢獄から出てこられないっていう話じゃないですか?」


 それは一大事でした。魔法の講義が滞るのは避けたいですし、それ以前にメローナさんやセレネ先生のことが心配です。


「どうやって解決するの? この事件」

「ミルテさん、何かそういうのに使える魔法はないんですか?」

「う~ん」


 ミルテさんは渋い顔で考え込み、


「時間系とか精神系の魔法を使えばなんとかなるかもしれませんが、そういうのは専門のマスターに頼まないとですね。あ、ちなみにセレネ様じゃダメですよ? あの人はリア充魔法なんていう独活の大木みたいな魔法にリソースを割いてますから、こういう時は役に立たないんです」

「ちょくちょく先生に辛辣ですよね、ミルテさん……」


 秘書としてどうなんでしょうか。

 その時、足元にごわごわしたものがぶつかってきました。カピバラのパトリシアが私のふくらはぎに頭をこすりつけているのです。


「ど、どうしたんですか? ご飯ならさっきあげましたよね……?」

「セレネ先生がいなくなっちゃったから、不安なのかも」


 プラミさんが優しくパトリシアの背を撫でます。

 ちなみに、パトリシアは幸いにも爆発を免れたのでした。この子には自由気ままに学院を散歩する習性があるらしく、先ほどふらりと研究室に戻ってきたのです。

 パトリシアは何かを訴えかけるように身震いをしています。

 埒が明かないので、【カピバラと話せるようになる魔法】を発動してみましょうか。

 そう思った瞬間、ふと、彼女が何かを咥えていることに気づきます。

 パトリシアは、それをコトリと床に置きました。


「あれ? これって……」


 思わず息を呑んでしまいました。

 それは……嫌というほど目に焼きついている、あの物体なのでした。


          ◇


「なァにやってんだよセレネ先生っ! 自分も一緒に投獄されるなんて……あんたはアホだ! あたしが今まで見てきた人間の中でいちばんの大アホだ!」

「あ、アホかもだけど……。弟子の面倒を見るのはマスターの役目だもん」

「だからって自分を犠牲にするのはおかしいだろ! あたしなんか放っておけばよかったんだよ! あんたも研究とかで忙しいんだろ!?」

「で、でも! メローナさんが心配だったからっ……!」

「うがああああっ」


 メローナさんは頭を抱えて絶叫した。

 ちなみに、ミルテたちには先ほどストーンで事情を説明しておいた。今頃メローナさんのために真犯人を捜してくれているはずだ。どれだけ時間がかかるかは分からないけれど、大船に乗った気持ちでいればいい……はず。


「最悪だ……こんなやつ、初めて見た……」

「ど、どうしたの……?」

「セレネ先生の純粋さに絶望してるんだよ。これであたしが本当に犯人だったらどうするんだ? あんた、とんでもなく損してることになるんだぞ」

「大丈夫だよ。メローナさんのこと信じてるから……」

「うがああああっ」


 再びメローナさんが咆哮とともにうずくまった。

 その時、遠くから雷のような怒声が飛んでくる。


「おいそこ! 私語を慎め! 手を休めるんじゃあないッ!」

「は、はい! 頑張りますっ……!」


 私は慌てて持ち場に戻って作業を再開した。

 現在、囚人たちは牢獄の大部屋に集められて刑務作業に従事させられていた。

 目の前には巨大なベルトコンベアが設置され、上流から可愛らしい恐竜のフィギュアが大量に流れてくる。

 私とメローナさんの仕事は、木箱からツノを取り出して彼らに取りつけていくことだった。


「何だこの作業……ふざけてんのか……」

「あ、メローナさん知らないの? この子たちはガブリンっていうんだよ」

「ガブリン?」

「アイネル魔法学院のマスコットキャラクターだよ。これは購買で売ってるやつだね。牢獄の学生たちが作ってたなんて知らなかったけど」


 ちなみに私も自分の研究室にいくつか置いてある。

 ぼんやりとした顔つきに反して凶悪なツノを持っているのが特徴で、一部の学生たちから絶大な人気を誇っているのだ。

 私は完成した1体のガブリンをメローナさんの鼻先まで持っていった。


「ほら見て、可愛いでしょ? がぶがぶ~」

「ああ可愛いな……ブチ殺してやりたいくらいだぜ……」

「ひいいっ。ごめんなさい、冗談ですっ……」


 陰キャが調子に乗ることの愚かさを改めて実感した。大量のガブリンを目撃してテンションが上がっちゃっただけです。許してください。

 それから私たちは黙々と作業をこなした。

 ガブリンを30体くらい作ったところで、メローナさんはばつが悪そうにつぶやく。


「……悪かったな。迷惑かけて」

「え?」

「セレネ先生が投獄されることになったのも、結局あたしのせいだ。あたしが疑われやすいタイプだからこんなことに……」


 私はちらりとメローナさんを見上げた。

 その瞳からは、やるせなさの詰まった複雑な感情が見て取れる。

 私は意を決して聞いてみた。


「ねえメローナさん。研究室で何があったのか教えてくれない? あと猫耳のことも」

「猫耳はどうでもいいだろ」

「よくないよ。指導方針を考えるうえで必要になってくるからね」


 メローナさんは「ちっ」と舌打ちをした。怖い。


「じゃあまず今朝のことを話してやるよ。信じるかどうかはあんた次第だけどな」

「もちろん信じるよっ」

「……あっそ」


 視線を逸らし、ガブリンを組み立てながら、


「あたしは今日、講義がないことを忘れてたんだよ。だからいつも通り、朝9時に研究室に顔を出した。そしたら中に不審者がいるのを見つけたのさ」

「それ、誰だったの?」

「分からねー。フードで顔を隠してたからな」

「そっか……心当たりが全然ないね……」

「そいつは部屋を荒らしまくってた。ひどい有様だったな。机は引っ繰り返ってたし、紙はバラバラに飛び散ってたし……泥棒だと思ったあたしは、そいつに殴りかかったんだ。やつも抵抗してきて、最終的にあんな有様になっちまった。ちなみに爆発魔法を放ったのは、あたしじゃなくて不審者のほうな」

「だ、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」


 メローナさんは何故か少し頬を染めた。


「……大丈夫に決まってるだろ。そんなヤワな鍛え方はしてない」

「よ、よかったあ」

「……ともあれ。何とか捕まえようとしたんだが、ギリギリのところで逃げられちまった。追いかけようとしたら、騒ぎを聞きつけた警備員が飛んできて、泥棒じゃなくてあたしのほうを縛りやがったのさ。状況証拠と見た目で判断したんだろうな」


 心底悔しそうな表情だった。