世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第4話 楽しい獄中生活 ⑦

 無理もないよね……泥棒を捕まえようとしてくれたのに、濡れ衣を着せられてしまったんだから。

 だけど私は、心が晴れやかになっていくのを感じた。

 やっぱりメローナさんは、悪い人じゃなかったんだ。


「話してくれてありがとね。後でゼミのみんなにも情報共有しておくよ」

「あいつらに真犯人が見つけられるとは思えねーけどな……」

「あと、研究室を守ろうとしてくれてありがとう」


 メローナさんは虚を衝かれたように振り返る。今度こそ顔が真っ赤になってしまっていた。まるでさくらんぼみたいだ。


「か、感謝される筋合いはない! 結局守れてないし、だって……」

「その気持ちが嬉しいの。メローナさん、本当にありがとね」

「…………」


 宇宙人と初めて遭遇した人類のような表情である。

 そんな反応されても困るんだけど。


「あ、そうだ。もう1つ質問していいかな……?」

「何だよ」

「どうしてメローナさん、猫耳なの?」


 ものすごい勢いで睨まれた。私はベルトコンベアにダイブしそうになった。しかしメローナさんは諦めたように溜息を吐き、


「……親父がウェアキャットなんだ。つまり、あたしの4分の1は獣人。普段は気合で猫耳を隠してるけど、感情が昂ると勝手に生えてくるんだよ」

「へ、へえ……」


 そういえば、デパートで襲い掛かってきたメローナさんの頭にも猫耳が生えていたような気がする。あの時は色々ヤバすぎたので気にしてる余裕はなかったけど。


「獣人ってのは差別されやすい生き物だから、あたしは昔っからのけ者にされてきた。挙句の果てには不良呼ばわりさ」

「え、メローナさんって不良じゃなかったの?」


 メローナさんはツノを握ったままちょっと悩み、


「……不良50パーセントってところだな。自分で言うのもなんだが、他のやつらが思ってるほどワルじゃねー。風評被害ってやつだよ」

「た、確かに。メローナさんって講義に遅刻したりしないもんね」

「だろ」

「実際に根性焼きされたこともないし……」

「タバコなんて吸わねーよ。あたしは未成年だぞ」


 至極真っ当なことを言われてしまった。


「お腹のタトゥーは?」

「これはタトゥーじゃない。毎朝ペイントしてるんだ」


 それ自分で描いてたの……!?

 んでお風呂に入る時とかに消してたの……!?


「……とにかく、そうやって色々なものが積み重なった結果、近寄りがたい不良ってことになっちまったんだ。あたしは静かに過ごしたいだけなのに、周りのやつらが放っておかねーんだよ」


 メローナさんは私の顔を見つめ、


「セレネ先生。あたしが魔法を習おうとした動機を覚えているか?」

「え? あ、警察とケンカするためだっけ……?」

「それは半分ウソだな。あたしは誰にも舐められないくらい強くなりたい。そうすれば、あたしに因縁をつけてくるやつもいなくなる。アリはゾウに挑もうとは思わねーだろ?」


 むむむ……。

 発想がなかなかにヤンキーだ……。


「えっと……まあ、だいたいの事情は分かったよ。メローナさんも苦労してきたんだね」

「別に苦労はしてねーけどな」

「あ、でも牢獄の中では大人しくしてなくちゃダメだよ? ミルテたちが真犯人を見つける前に問題を起こしちゃったら、本当に罪人になっちゃうもん」

「分かってるさ。これ以上、セレネ先生に迷惑はかけねーよ」


 やっぱりメローナさんはいい人だ。

 暴力的なところを改善してくれたら友達になれそうなんだけどなあ……。

 その時、カンカンと鐘を打ち鳴らす音が響きわたった。


「休憩だ! これより20分は自由時間とするッ!」


 看守の人が大声で告げた瞬間、ベルトコンベアがゆっくりと停止していった。あちこちから学生たちの溜息が漏れる。そういえば、刑務作業を始めてから3時間くらい経っているっけ。そろそろ休憩しないと身が持たないよね。


「セレネ先生、トイレ行くか?」

「あ、うん。行く行くー」 

 私はメローナさんと一緒に大広間の端っこにあるお手洗いへ向かった。

 ふと看守の人に視線を向ける。別室で休憩するのか、のそのそと扉の向こうへ消えていくのが見えた。絶好のチャンスだ。ストーンでミルテたちに真犯人の情報を共有しよう。

 ところが――


「あっ」


 足元をよく見ていなかったため、床に置かれた木箱を蹴ってしまった。倒れた木箱からドバドバとあふれてきたのは……ガブリンのツノ×300本くらい。


「わあっ。ご、ごめんなさい」

「何やってんだよまったくもー。ほら、手伝ってやるから」

「ありがと、メローナさん……」


 散らばったツノをメローナさんと一緒に拾っていく。なんというか、情けなくなるくらいにドジだ……。私はもっとスタイリッシュなリア充になりたいのに。

 その時である。


「――テメエ、それ俺らのツノだよな? 何してくれてんだ?」

「え?」


 不意に声をかけられ、私は何気なく視線を上に向けた。

 そこには3人組の不良が立っていた(右からA、B、Cと定義しよう)。

 顔がめちゃくちゃ怖いし、全員身長が私の2倍くらいある。

 しかも彼らは、ぎょろぎょろと私を品定めするように睨みつけていた。

 あ、これ人生終わったやつかも。

 かっこいい辞世の句を考えないと。


「何とか言えやオラア!」


 不良Aの一喝! 私はそれだけでノックアウトされてしまった。


「ご、ごごごご、ごめんなさいっ! 悪気はなくてですね、あの、そのっ……か、片付けますからっ」

「あーあー。折れてるやつもあらあ。この落とし前はどうつけてくれるんだ? せっかく俺たちが高品質のガブリンを作ってやろうと意気込んでたのによお」

「テメエ、見ねー顔だな? 新入りか? にしちゃあ、俺たちにまだ挨拶がねーようだが?」

「こんにちは!」

「そうじゃねえよボケが!」

「ぴやっ!?」


 不良Cがツノを踏みつけ、バキバキと嫌な音が鳴った。

 も、もったいない……! いや、そんなことを考えている場合じゃないっ!


「俺たちはなあ、この牢獄でバン張ってる〝ブラックドラゴン〟っつーグループなんだよ。ここで呼吸をしたきゃ、まず俺たちに話をつけるのが筋ってもんだろうが! 舐めた態度とってるとヌッ殺すぞ小娘!」

「きゃっ」


 急に突き飛ばされ、その場に尻餅をついてしまった。ダメだ。怖い。脚が震えて動けない。この人たちにはルゼ先生の洗脳が効いてないんだ……!


「おい。それくらいにしておけ」


 その時、いっそう低い声が私の鼓膜を震わせた。

 不良AとCを押しのけて前に出たのは、不良Bだった。

 心なしか他の2人よりも貫禄がある気がする……っていうかこの人、学生じゃないよね? めちゃくちゃヒゲ生えてるし……明らかに30代とかだよね?


「え、えっと、あなたは……?」

「知らねぇのか!? このお方はな、俺たちブラックドラゴンを束ねる圧倒的カシラ! ダニエル・マンビキーノさんだ!」

「いや知らない……」

「舐めてんじゃねえぞオラ! 言っておくけどな、マンビキーノさんはここにいる誰よりも年上なんだぞ!? 留年に留年を重ねること16年……今年で32歳になる1年生なんだよ! 敬いやがれコラア!」


 16留……? しかも1年生……? 何でそんなのがいるの……?

 と、とにかくここは穏便に済まさなくちゃ。

 もとはといえば、私が木箱をひっくり返しちゃったのが悪いんだし……。


「ご、ごめんなさ――」

「謝る必要はねーよ、セレネ先生」


 メローナさんが私を庇うようにして立ちはだかった。その瞳は、迫りくる不良A~Cに向けられている。

 マンビキーノくんがギロリとメローナさんを睨んだ。


「……お前は何だ? ブラックドラゴンに歯向かう気じゃないだろうな」

「ケンカ売ってきたのはそっちだろ? 見ろよ、セレネ先生がぶっ飛ばされて大怪我しちまったじゃねーか」


 いや怪我してないから。ピンピンしてるから。ここは抑えてメローナさん……!