世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第4話 楽しい獄中生活 ⑧

「はっ。活きがいい小娘だな」


 マンビキーノくんが肩を竦める。


「新米のようだから教えてやろうか。この牢獄では俺が法なんだ。逆らうやつは女子供でも容赦しねえ――セレネとか言ったか? まずは見せしめにテメエを分からせてやろうか」


 なんで私!?


「俺はルゼ先生のように優しくはねえぞ? ここにぶち込まれたやつあ、過酷な刑務作業に頭をやられて1か月もすりゃ廃人になっちまう。だがな、俺は16年間己を保ち続けた札つきのワルだ。手加減してもらえると思ったら大間違い――ボグアッ!?」

「うっせえ!」


 メローナさんの拳が、マンビキーノくんの顔面に突き刺さった。

 回転しながら吹っ飛んでいく巨体。

 不良AとC、そして遠巻きに見守っていた囚人たちが、唖然とした様子で目を見開いているのが分かった。


「な、何やってんのメローナさん!?」


 私は慌てて叫んだ。

 マンビキーノくんが「ゲア」という悲鳴をあげて着地する。メローナさんはそれを怒りのこもった目で見下ろし、


「こいつはセレネ先生をバカにしたんだ。殴られて当然だろ」

「わ、私は気にしてないよっ! 問題行動を起こしたら本当に有罪になっちゃうから――」

「今は誰も見てねーよ。舐められたまま終われるかっての」


 いつの間にか、メローナさんの頭には猫耳が生えていた。

 拳を突き出し、獰猛な笑みさえ浮かべている。

 あ……そういうことか……。

 私は真理に到達してしまった。

 メローナさんは自分のことを不良50パーセントと言っていた。

 つまり、50パーセントは能動的に不良的な行為をしているということだ。

 静かに生きたいとは思いつつ、舐められないためには拳を振るわざるを得ない。

 私のために怒ってくれるのは嬉しいけれど、それはメローナさんをさらなる悪循環に突き落とすだけだ。

 なんとかして止めないと……。


「ふざけやがって! ヌッ殺してやるッ!」

「マンビキーノさんの仇を討つぞ! てめえらかかれぇ!」


 不良Aが襲いかかってきた。不良Cは仲間を呼んだ。不良Dが現れた。不良Eが現れた。不良Fが現れた――そんな感じでわらわらと敵が増え、わけの分からない大混戦が始まってしまった。

 メローナさんは彼らを千切っては投げ、千切っては投げる。

 大量のガブリンが宙を舞い、攻撃の余波で数多の木箱が吹っ飛んでいた。


「ぎゃははは! 俺も混ぜろよブラックドラゴンッ!」

「久方ぶりの祭りだああああっ」


 それ以外の学生たちも何故か大喜びで参戦した。意味が分からない。暴れられればいいという人種なのだろうか。


「ぴやっ」


 近くに人が吹っ飛んできた。私は悲鳴をあげてその場に縮こまる。

 何だこれ……登場人物全員不良じゃん……。

 私みたいなコミュ障魔法使いには手に負えないよ……。


「セレネ先生! 青春契約を履行してやるよ!」


 不良Aの顔面をつかみながら、メローナさんが高らかに言い放った。その表情は、抑えきれないワクワクによってキラキラと輝いている。


「迫りくる何十人もの敵……それらを自分の拳1つで打ち破るんだ! めちゃくちゃ青春っぽいだろう!? ドキドキするだろう!? セレネ先生も一緒に戦おうぜ!」

「そ――」


 私は大きく息を吸い、


「そんな青春いらないったらぁー! メローナさん、大人しくしてよぉーっ!」

「大人しくしてられるかってんだーっ!」


 高笑いをしながら不良たちを薙ぎ払っていくメローナさん。

 一般的に、獣人は血の気が多い種族だと言われている。

 メローナさんもひとたび戦いを始めたら、理性が吹っ飛んでしまうタイプなのかもしれなかった。これもまた不良呼ばわりされる原因な気がする……。

 私は亀のように縮こまって木箱の中に隠れることしかできない。

 すると、ポケットに入れておいたストーンがけたたましい音を発した。

 どうやら研究室から連絡が入ったらしい。

 ボタンを押して応じてみる。


『――セレネ先生! いま大丈夫ですか?』

「イリアさん? うん、大丈夫だけど……」


 本当は大丈夫じゃない。だけど現実逃避したい気分なので気にしない。

 外の世界のケンカが終わるまでしりとりでもしない?

 ところが、続くイリアさんの言葉で一気に現実に引き戻されることになってしまった。


『真犯人、分かっちゃったかもしれません』


 思わず瞬きをしてしまった。

 ……え? もう?


          ◇


「思うにメローナさんは、研究室で真犯人と鉢合わせたんじゃないでしょうか? そのせいで疑われてしまったんです」

『あ、それは今から伝えようと思ってたの。今朝、私の研究室にフードで顔を隠した泥棒が入り込んでたんだって。メローナさんはそれを止めようとしたんだけど、相手が爆発魔法を使って逃げちゃったらしいよ』

「なるほど。では単刀直入に申し上げますが、おそらく真犯人はフレデリカ・ドミンゴス先生の弟子ですよ」

『フレデリカ先生の? なんで?』

「研究室にドミンゴスゼミの学生であることを示すバッジが落ちていました。パトリシアが見つけてくれたんです」


 部屋の隅っこには、セレネ先生が飼育しているカピバラ――パトリシアがちょこんと座っていました。

 彼女が持っていたのは、かつてカミラが見せてくれた、フレデリカ・ドミンゴス先生の弟子であることを示すバッジ。

 現在、そのバッジはテーブルの上でキラリと輝きを放っていました。


『……私の研究室にあったの?』

「はい。この部屋では【リビルド】が行われたため、1月1日時点の研究室に戻っています。でも、復元ポイントに含まれていないものは【リビルド】の効果が及びませんよね? 確認ですが、ドミンゴスゼミのバッジは1月1日時点で研究室にありましたか?」

『ううん、ないと思うけど』

「ですよね。そもそもこのバッジには、今年度に作られたことを示す475の数字が刻まれています。今年の初めの時点では存在しようがないのです」


 ストーンの向こうで息を呑む気配がしました。


『……で、でもさ、それってパトリシアが別の場所から持ってきただけじゃない? ほら、よく色々なところを散歩してるから……』

「いいえ。バッジには煤がついていますし、端のほうがちょっと欠けていました。これはバッジが爆発にさらされたことを示しています」

『えーっと、つまり……?』

「つまり! このバッジは真犯人が落としていったもので間違いありません! ここから導き出される解答は単純……真犯人はドミンゴスゼミの学生、しかも今年の4月に弟子入りした1年生だということですっ!」

「リアちゃんすごーい。名探偵みたーい」


 プラミさんがパチパチと拍手をしてくれました。

 我ながら冴えた推理……いえ、自己陶酔している場合ではありませんね。

 私の中に芽生えたのは、途方もなく嫌な予感でした。ドミンゴスゼミの1年生でセレネゼミに執着している人なんて、1人しか心当たりがないのです。


          ◇


「うん、うん……分かった。……じゃあ、また後でね。ばいばい」


 ブツリと通話を切る。

 我知らず、盛大な溜息が漏れてしまった。

 イリアさんの報告は、私の脳みそをマグニチュード100万くらいで揺らした。

 まさか、ドミンゴスゼミの学生が犯人だったなんて……。


「後でフレデリカ先生に確認してみようかな…………ん?」


 そこでふと、木箱の外が静かになっていることに気がついた。通話をしている間はドンパチやってる爆音が木霊していたはずなのに、物音1つしなくなっている。

 不思議に思って外を覗いてみる。


「……へ?」

「あ、セレネ先生。もう出てきても大丈夫だぞ」


 部屋の中央でメローナさんが仁王立ちしている。

 彼女の目の前には、ボロボロになった囚人たち(100人くらい)が土下座の体勢で整列していた。まるで神を崇める信者たちのような光景だけど……何があってそうなったの?