世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第4話 楽しい獄中生活 ⑨
「大丈夫じゃなくない……? ケンカはどうしたの……?」
「終わったよ。あたしがこいつらを全員ノしてやったんだ――なあ、マンビキ野郎」
「はい。わたくしどもは今後メローナ様に忠誠を誓います」
マンビキーノくんは床に頬を擦りつけたまま恭しく言った。何この人。誰かと人格が入れ替わっちゃったのかな。
「そ、それでいいの? ブラックドラゴンのボスだったのに……」
マンビキーノくんが顔を上げた。
そこには清々しいまでの笑みが浮かんでいる。
「メローナさんの拳によって目が覚めました。今まで私は自分がもっとも強くて逞しい人間だと信じていましたが、それはとんでもなく愚かな考えだったのです。井蛙の見と申しますように、私は牢獄の中で猿山のボスを気取っていただけなのでした。これからはより強くて逞しい不良であるメローナの姉貴のもとでご指導ご鞭撻をたまわる所存でございます。――それで構いませんね? 牢獄の皆さん」
「「「もちろんでございます! すべては姉貴のために!」」」
学生たちが声を揃えて叫んだ。
ええ……。
ルゼ先生の洗脳も効かない人たちだったのに……。
「どうだ、セレネ先生」
メローナさんは何故か得意げな笑みを浮かべる。
「拳で分からせれば舐めてくるやつはいなくなる。あたしはこうして友達を作ってきたんだ」
「これ友達じゃなくない!? 舎弟というか子分というか……」
「そうとも言うな」
メローナさんはからからと笑っていた。
しかし、私はそこはかとない不安を覚えてしまった。
マンビキーノくんたちは〝暴〟の世界で生きているから理解してくれたけれど、それ以外の大多数はメローナさんのやり方に反感を覚えるんじゃないだろうか。
だとしたら……。
「ん? 貴様ら、何をたむろしているんだ?」
看守の人が戻ってきた。学生たちは取り繕うように叫ぶ。
「「「何でもございません!」」」
「休憩は終わりだ。作業を再開しろ」
「「「はい!」」」
何事もなかったかのように刑務作業が再開された。囚人たちは生まれ変わったようにキビキビとガブリンを組み立てていく。
「あたしらもやるか」
「う、うん」
私とメローナさんもそれに倣い、ひとまず刑務作業に没頭するのだった。
◇
それから2日が経過した。
牢獄での暮らしは過酷を極めた。まず朝4時に起床して(この時点で超つらい)アイネル魔法学院の校是を大声で三唱する。その後は牢獄全体の掃除に駆り出され、隅から隅までピカピカにしなければならない。そして5時間くらいの刑務作業。ひたすらガブリンを作り続ける。それ以外は基本的に独房での待機を命じられ、勤行にいそしむことになるのだ。
ちなみに、私たちに与えられた勤行は、〝紙に自分の名前を書きまくること〟。
ルゼ先生によれば、割と温情のあるタイプの内容らしい。
でも……やっているうちにゲシュタルト崩壊が生じてきた。
セレネ・リアージュ。セレネ・リアージュ。セレネ・リアージュ。セレネ・リアージュ。セレネ・リアージュ……あれ? セレネ・リアージュって誰だっけ? なんだかすっごくリア充っぽい名前の人だね。あははは。
「ああああああああああああああああああ!!」
私が叫んだんじゃない。反対側の独房にいるメローナさんが絶叫していた。
紙をぐしゃぐしゃに丸め、それを壁に向かって叩きつける。
「頭おかしくなるだろこれ! 意味あんのか! いやない!」
「しょうがないよメローナさん、これが私たちの勤行なんだから。……ところで、聞きたいことがあるんだけど」
「何だよ」
「セレネ・リアージュって誰だっけ? 大事なことのような気がするのに、どうしても思い出せないんだ……」
「おかしくなってやがる! セレネ・リアージュはあんたのことだろ、しっかりしてくれ!」
「はっ」
そうだった。ルゼ先生に洗脳されかけてた……。
私はかぶりを振って正気を取り戻した。
「ま、まずいよね。こんなこと続けてたら、頭がどうにかなっちゃう」
「看守どもを1人残らずぶん殴ってやりたい気分だ」
「それはダメだからっ……!」
メローナさんは舌打ちをしてふんぞり返った。
「……別にいいじゃねーか。むりやり脱獄するのも乙なもんだ」
「だからダメだよ。メローナさんはどうして暴力に頼っちゃうの? なんていうか、その、たぶんそれが不良扱いされる大きな要因なんじゃないかと思うんだけど……」
「だって……」
口をとがらせてそっぽを向く。
「そうしなきゃ、守りたいものを守れねーんだ。『こいつは抵抗してくるな』って思わせておかないと、イジめられる側から抜け出すことはできない」
「…………」
メローナさんの思考は、途轍もない人間不信に端を発している気がした。
誰も信じてくれないから殴って分からせる――やっぱりいびつだ。
私みたいな陰キャには、暴れたところで敵を増やすようにしか思えない。だけどメローナさんにとっては、それが自らの存在をアピールするための唯一の手段となってしまっている。
どうにかしてこの子の問題を解決してあげたい……。
「なあセレネ先生。真犯人、見つかったのかな?」
「それは……まだだと思う」
「もし見つかったら容赦はしねえ。2度と表に出られねーようにとっちめてやる。あの野郎、舐めた真似しやがって……」
「禁止っ! 暴力禁止っ」
メローナさんには情報を渡さないほうがいいかもしれない。
ちなみに現在、イリアさんたちが真犯人を解明するために手を回してくれているはずだ。そろそろ連絡があってもおかしくない頃だと思うんだけど――
「真犯人は見つかったよ」
「え……?」
いつの間にか、牢獄の外にルゼ先生が立っていた。
相変わらず鎖をじゃらじゃらさせた変なファッションだ。
でも今日のルゼ先生は、何故か不満そうに眉をひそめている。
「見つかった? どういうことだよっ」
メローナさんが鉄格子にかじりついた。
ルゼ先生は肩を竦める。
「実はセレネゼミの学生さんから連絡があってね、新たな証拠品を提供してくれたのだよ。警備課で再調査を進めたところ、キミではない別の人物が浮上してしまったのさ」
「誰だそいつは!?」
「フレデリカ・ドミンゴスの弟子、カミラ・ムーンライズという人物だ。先ほどドミンゴス先生から正式に謝罪があったよ」
え……? カミラさんが犯人だったの……?
困惑する私をよそに、ルゼ先生は淡々と言葉を続けた。
「というわけでキミたちは釈放だ。この2日間、無実の罪で幽閉してしまったことを心からお詫びしよう。あとで私の研究室に来たまえ、お金でも食べ物でも好きなものをくれてやるさ」
ガチャリと独房の扉が開いていった。
周囲の牢獄から「よかったですね姉貴!」「さっすが姉貴ですわ!」「私たちもすぐ後を追いますね!」という祝福の声が響いてくる。
しかしメローナさんは、何故かぷるぷると震えて立ち尽くしていた。
「……おい。そのカミラってやつは今どうしてるんだ」
「さてね。しかしまあ、何らかの罰は下るはずだよ」
「ふん。あたしと入れ替わりでこの牢獄に入るってわけか」
「それはない」
ルゼ先生は肩を竦め、
「カミラ・ムーンライズはルナディア王国のお姫様だ。キミも知っているかもしれないが、セレネゼミのイリア・ムーンライズさんの従姉だよ。さすがに手荒な真似をするわけにはいかないし、おそらく厳重注意程度で済まされるんじゃないだろうかね」
ブチッ。
あ……まずい。メローナさんがキレてる……。
「おい……それは……さすがにないんじゃねーか……?」
「うーむ。私としては王族だろうが神様だろうが、悪さをした学生には勤行をさせたいところなんだがねえ。こればかりは仕方ないよ。去りたまえ」



