世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第4話 楽しい獄中生活 ⑩
「はあ……? あたしやセレネ先生をこんな目に遭わせておいて……厳重注意……? はは、ふざけてやがるなあ。上級国民の特権ってわけか……ハハッ、ハハッ、ハハハハッ……」
「落ち着いてメローナさんっ! 猫耳出ちゃってるよっ!」
「カミラ……カミラ……カミラあああっ」
「だから暴力はダメだって――」
「カミラあああああああああああああああああああああああ!!」
どぴゅおんっ!!
牢獄に衝撃がとどろいた。メローナさんが鉄格子を破壊し、風とともに去ったのだ。獣人の力を十二分に発揮しているため、すでにその姿は廊下のかなたへと消えてしまっている。
ルゼ先生がちらりと私を見た。
「これではまた牢獄に戻ってしまうかもな。私としては大歓迎だよ」
「…………」
と、止めなくちゃ……。
メローナさんが犯人になっちゃう前にっ……!
◇
セレネ・リアージュの研究室に忍び込み、あらゆるモノを盗んでしまうこと。
それが私にできる唯一の解決法だった。
べつに、永遠に借りパクしようってわけじゃない。私とイリアがアイネル魔法学院を卒業するまでの間、金庫か何かに隠しておくだけだ。そうすれば、セレネ・リアージュは弟子の教育どころじゃなくなるだろうから。
でも……。
「し、失敗したわ……ドミンゴス先生にも怒られちゃったし……」
バッジを落としたのは一生の不覚だった。
イリアたちがそれを見つけ、先生に報告されてしまったのだ。おかげで私は2日間の謹慎を言いつけられてしまった。ドミンゴス先生、セレネ・リアージュを敵視しているから大目に見てくれるかと思ったのに。
「全部、メローナ・フォルテのせいよ。思い出すだけでも腹が立つわ……!」
女子寮への帰路をたどりながら、私は強く拳を握った。
私は2日前の朝、私服に着替えて正体を隠し、セレネ・リアージュの研究室に侵入した。メイプルスター賞授賞式のおかげでマスターや学生はほとんど学院にいないため、絶好のチャンスだと思ったのだ。
実際、途中までは上手くいっていた。
重要そうな論文や、講義で使われるであろう資料、その他の備品類。思いつく限りのものを外の荷車に運び出していった。
ところが、セレネ・リアージュの弟子の1人、メローナ・フォルテと鉢合わせてしまったのだ。
私が弁解をする前に、やつは殴りかかってきた。
仕方がないので応戦したところ、研究室は大爆発してしまった。
ドミンゴス先生から「まだ制御できないので使わないように」と釘を刺されていた中級の基礎魔法、【マドエクス】を発動したからだ。
「次は……次こそは……必ずぎゃふんと言わせてやるっ」
復讐の炎をメラメラ燃やしながら歩く。
早々に次の作戦を考えなくちゃ。
魔法を使いこなすイリアなんて、イリアじゃないんだから……!
「ん?」
校門のところに、ゆらりと誰かが立っているのを見つけた。しましまの囚人服に身を包んでいる女子学生だ。
「やっと見つけた……お前がカミラ・ムーンライズだな?」
「げっ」
気づいてしまった。
あいつはメローナ・フォルテだ。私の計画をぐちゃぐちゃにした張本人。
そういえば、メローナ・フォルテは私のかわりに投獄されていたんだっけ。真犯人(私)が見つかったので釈放されたのだろう。
あの不良が何を考えているのか、考えなくてもすぐに分かった。
復讐だ。復讐に決まっている。
メローナ・フォルテの身体から、質量すら感じる怒気があふれているのだ。
私は半歩下がって叫んだ。
「ま、待ちなさいよ! 私とあんたは初対面のはずよ? 言っておくけど私はカミラ・ムーンライズじゃないわ。そんな高貴そうな名前の人とはまったく関係ないの!」
「顔が分からなかったから、図書館で『公式王族㊙写真集』を見たんだよ。お前が両手でピースサインをしている写真が載っていたぞ」
「なんつーもん出版してんのようちの王国は!?」
「やっぱりお前がカミラなんだな」
「あっ……」
最悪だ。これで誤魔化すことはできなくなってしまった。
もう開き直るしかない。
「そ、そうよ!? 私は王族のカミラよ!? イリアを押しのけて次期国王になる予定のカミラ・ムーンライズよ!? 手を出したらどうなるか分かってるんでしょうね!?」
「ぶっ殺すッ!」
「行動速すぎないっ!?」
メローナ・フォルテが襲いかかってきた!
私は咄嗟に【バレット】の魔法を放つ。もはや四の五の言っていられる状況じゃない。あれは殺人鬼の目だ。殺らなきゃ殺られる。
「邪魔だっ!」
「嘘!?」
ばちんっ!
メローナ・フォルテが拳を振るった瞬間、私の【バレット】はあらぬ方向へと弾かれてしまった。生身で魔法を吹っ飛ばすなんて聞いたことがない。
慌てて【バレット】を連発するが、全部やつの拳で砕かれてしまった。
やばいやばいやばいやばい。
これじゃあ国王になる前に死んじゃう!
「よくもやってくれたなあ! カミラ・ムーンライズ!」
「ひいいいっ! こっち来ないでよ! ケダモノ!」
「歯を食いしばれぇっ!」
メローナ・フォルテが飛翔した。まるで流れ星のように拳が迫ってくる。
死を覚悟して呆然と立ち尽くしていた時――
「【どこにでもパーティールームを作る魔法】っ!」
ずしいんっ。
大地が揺れたかと思ったら、突如として壁がせり上がってきた。それは魔法で作られた土壁だった。私とメローナ・フォルテの間に、行く手を阻むがごとく出現したのである。
何これ……?
あいつがやったの……?
「はあ!? 何がどうなってるんだよっ」
向こう側のメローナ・フォルテも動揺しているらしかった。ますますわけが分からない。
だが、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「お、覚えていなさいっ……!」
私は捨て台詞を残すと、這うようにしてその場を後にする。
◇
周囲の人間は、あたしのことを最初っから不良扱いしている。
だからその期待に応えてやろうと思った。
誰も信じてくれないならば、力で分からせてやるしかない――カミラ・ムーンライズに対してもそうするつもりだったのだ。
だが、やつの顔面をぶん殴る直前、あたしの周囲を取り囲むようにして土壁が生えてきた。困惑しているうちに、土壁どもは部屋らしきものを形成し始める。
家具や調度品までぐにゃぐにゃと形作られていった。
テーブル、椅子、クラッカーやタンバリン、バルーンなどのパーティーグッズ。
意味不明だが、こんなことをするのは1人しかいない。
「セレネ先生だろ! 何してくれてんだ!」
「あ、メローナさん。間に合ってよかった……」
ガチャリと扉が開かれた(扉あったのかよ)。
見れば、セレネ先生が肩で息をしながら立っていた。牢獄から大急ぎで追いかけてきたのだろう。
「おいセレネ先生! 何なんだよこの部屋は……」
「これは【どこにでもパーティールームを作る魔法】っていうリア充魔法だよ。ほら、お出かけ中とかに突然パーティールームが必要になったら困るでしょ?」
いつそんなシチュエーションあるんだよ。
まあそれはどうでもいい。
「あたしをここから出してくれ。真犯人が逃げちまう」
「ダメ。だってメローナさん、カミラさんのこと殴ろうとするでしょ?」
「当たり前だろ! あいつはあたしに濡れ衣を着せたんだぞ!」
まさか許せとでも言うのだろうか。だとしたらとんでもない甘ちゃんだ。
セレネ先生はゆっくりと首を横に振った。
「争いは何も生まない。憎しみの連鎖を加速させるだけだよ」
イラッときた。
「ぶっ飛ばされてーのか?」
「ひいっ」
あ、ちょっと言い方がきつかったかな……。
しかし、今日のセレネ先生はどこまでも頑なだった。あたしに脅されてビビっているはずなのに、ぶるぶる震えながら蚊の鳴くような声で訴える。



