世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第4話 楽しい獄中生活 ⑪

「も、もし、言うこと聞かないならっ。こっちにも考えがあるんだからねっ」

「は? 何だよ考えって」

「写真、撮ったから……これ、みんなにバラしちゃうよ」


 セレネ先生はポケットからカメラを取り出した。その画面に映し出されているのは――あたしが猫耳を生やして走っている姿……?


「い……いつの間に撮りやがった!?」

「さっき」

「消せ! いや消す!」

「だ、ダメ! 絶対に渡さないからっ」


 あたしは力尽くでカメラを奪おうとした。しかし、セレネ先生は予想以上の身体能力を発揮してぴょんぴょんと逃げ回る。たぶん魔法で脚力を強化しているんだ。


「逃げるな! カメラを寄越せっ」

「め、メローナさんは、いい子になるのっ! 暴力なんてダメなのっ」

「暴力の何がいけないんだよ! あたしは昔からこうやって生きてきたんだ! あたしのことを目の敵にする連中は、例外なく病院送りにしてきた! だから――」

「これからは! 私がいるよっ!」

「え? あ――」


 いつの間にか背後をとられ、抱き着かれてしまった。背中にセレネ先生の温もりが伝わってくる。あたしは毒気を抜かれ、しばし動きを止めてしまった。

 私がいる? 先生は何を言ってるんだ……?


「わ、私がいるよ。メローナさんは、誰からも信用されないから力に頼るしかなかったんでしょ? そしてその状況を悲しく思っている……」

「べつにそんなことはねーよ……」

「嘘。だって泣いてたでしょ」

「…………」


 顔に熱が昇ってくるのが分かった。

 どうでもいいことばっかり覚えてやがる……。


「……忘れろって言っただろ」

「忘れられないよ。弟子が悲しい思いをしているのに、放っておけないもん」

「セレネ先生、あんた……」


 本当にいい先生なんだな。

 そう言いそうになって口を噤む。


「ああいうことにならないためには、静かにするのが1番だよ。メローナさんだって平穏な青春ライフを過ごしたいんでしょ?」

「それはそうだが……言っても分からない馬鹿はたくさんいるんだ。力で分からせてやらなくちゃ……」

「そういう人に分かってもらう必要はない。私がいるんだから」

「え……」


 ちらりと背後を見やる。セレネ先生の優しい笑顔がそこにあった。


「私がメローナさんを信頼する。私もメローナさんに信頼してもらえるように頑張る」

「は、はあ?」

「全員に分かってもらう必要なんてないと思うの。私だってそうだもん。友達はたくさん欲しいけれど、イジワルしてくる人たちと仲良くなりたいとは思わないし」

「じゃあ、カミラみたいなやつはどうするんだよ……」

「言葉で何とかするよ。それでもダメなら……えっと、その、一緒に頑張っていこう! 私はメローナさんの味方だから!」

「…………」


 鼓動が無闇に高鳴るのを感じた。

 これほど真摯に接してくれた人がいただろうか?

 物心がついた頃から不良扱いされ、誰からも避けられてきた。

 クラスの備品がなくなったのはメローナのせい。誰々くんの財布が盗まれたのはメローナのせい。遠足が雨で台無しになったのはメローナのせい。――そういう声を潰すために、あたしはひらすら拳を振るってきた。

 だけど。

 セレネ先生は、あたしの無実を信じて一緒に牢獄に入ってくれた。

 そうやって信じてくれる人がいるなら、無理をする必要はないんじゃないだろうか。

 あたしが欲しかったのは、あたしのことを分かってくれる人だったのだから。

 依然、背中からは心地よい温もりが伝わってくる。

 セレネ先生ならば。あるいは――


「大丈夫。メローナさんを傷つける人は私が許さない」

「ああ……」


 がくりとその場に膝をつく。

 知らないうちに眠気が押し寄せてきた。あくびを止めようと思っても止められない。何だこれ……全身がぽかぽかしてきた……。


「セレネ先生。何をしたんだ……」

「今は頭を冷やしたほうがいいよ。カミラさんのことは何とかしておくから」

「でも……」

「【遠足の前日に快眠できる魔法】。……おやすみ」


 やっぱり変な魔法を発動してやがった。

 でも不思議と悪い感じはしない。

 セレネ先生に身体を支えられたまま、あたしはその場で意識を手放した。


          ◇


 翌朝、私はうんうん唸って講義の準備をしていた。

 もちろん、メローナさんの件で悩んでいるのだ。

 真犯人はカミラさんということで確定した。彼女はフレデリカ先生の命令で2日間の自宅謹慎になったらしい。イリアさんは「罰が軽すぎますっ」と怒っていたけれど、カミラさんが反省してくれるならそれでいいと思っている。

 問題は、カミラさんが犯行に及んだ動機だ。

 友達を作りたいからリア充魔法を盗みにきた、というわけではないだろう。だってカミラさんは王族だ。すでにリア充の頂点に立つアルティメットリア充なのである。

 となると、王位継承問題に関する面倒くさい事情がありそうだった。

 か、関わりたくない……。

 絶対面倒くさいことになるだろうし……。

 それともあれかな? こないだ私にタイツを破られたことがまだ許せなくて、復讐をしに来たとか? もしそうだったら、全部私の責任だ……ごめんなさい……。

 よし。こういう時は現実逃避をするに限る。

 とりあえず、すべてを忘れて楽しいことだけを考えよう。今日のお昼ご飯は食堂のデラックス定食を食べちゃおうかな。


「お。セレネ先生」


 不意にメローナさんが現れた。時刻は8時30分、講義が始まる30分前だ。不良とは思えない勤勉さである。


「おはようメローナさん。早いね」

「早起きは得意なんだ」

「猫だから?」


 無言で睨まれた。怖いので何も見なかったことにした。

 メローナさんはテーブルに荷物を放り投げ、自分の席にどっかりと腰かけた。

 それ以降、しばらく沈黙が続く。

 ……なんだか妙に気まずい雰囲気だ。メローナさん、怒ってないかな? 昨日は強制的に眠らせちゃったし……。


「えっと……」

「セレネ先生。ありがとな」


 何か言わなければと口を開きかけた瞬間、メローナさんは少し恥ずかしそうに目を逸らして言った。


「おかげで頭が冷えた。カミラを殴ったって自分の首を絞めるだけだ……あたしも頭では分かってたんだけどな。これからはなるべく穏便に解決できるようにするよ」

「そ、そっか。それはよかった……」

「でもカミラのやつは許したわけじゃねーぞ。あいつはセレネ先生にも舐めたことをしやがったんだ。あとで合法的に叩き潰してやる」

「お手柔らかにね……」


 本当に穏便に済ませてくれるのか疑問だ。まあ、メローナさんを信じると宣言した手前、あまりそこを突っ込んでも仕方ない。

 ふと見れば、メローナさんの表情には晴れやかな笑みが浮かんでいた。

 牢獄でしょぼくれていた時とは大違いだ。


「……メローナさん、なんだか楽しそうだね」

「べつに。……ただ、あんたはあたしのことをバカ正直に信じてくれたからな。だいたいのやつはあたしのことを舐めてかかる。でもセレネ先生はそうじゃなかった」


 メローナさんは、まっすぐ私を見据えて言った。


「あんたが真正面から向き合ってくれるなら、あたしも全力で青春契約に協力してやるぜ。卒業までにリア充にしてやるよ」

「ほ、本当!?」

「あたしは50パーセントしか不良じゃねーが、それなりに楽しみ方を心得てる。教えられることは教えてやるさ」


 メローナさんの目的は、静かに、真っ当に生きることだ。

 その手段として、誰にも舐められないくらい強くなろうとしている。

 であるならば、その望みを叶えてあげるのがマスターの仕事なのだろう。

 私はなるべく先生らしい威厳あふれる笑みを浮かべ、


「うん。ありがと。じゃあ、私もメローナさんのために頑張るね」

「……お、おう」


 メローナさんは再び明後日の方角を向いてしまった。変なことを言っちゃっただろうか。

 とはいえ、これからはメローナさんとも距離を詰められるかもしれない。

 上手くいけば、友達になれちゃったりして……。

 そこで私はふと思いつき、


「あ、そうだ。みんなに『実は真面目です』って打ち明けてみるのはどう?」

「言うわけねーだろ恥ずかしい!」


 本当に恥ずかしそうだった。不良にアイデンティティーがあるのだろうか。

 私はちょっと食い下がる。


「じゃあ、猫耳を出してみたら? 可愛いしウケると思うよ」

「か、可愛くない! んなもん出すかっ」


 乙女心は難しい。

 その猫耳、絶対アピールしたほうがいいのに。不良というイメージを一発で変えられるし、私のゼミのマスコットキャラクターになれるかもしれないよ?

 【語尾に〝にゃ〟がついてしまう魔法】を組み合わせれば破壊力は抜群だよね。

 猫耳状態で「ぶっ殺すにゃ」と脅されても怖くないと思うんだ。


「メローナさん、やっぱり猫耳は必要だよ。サプライズでみんなに披露してみない? イリアさんやプラミさんも可愛いって言ってくれるはずだから……」

「これ以上イジるとぶっ殺すぞ」

「あ、はい。ごめんなさい」


 真面目なトーンで言われてしまった。

 今のところ、メローナさんと友達になるのは難しいかもしれない……。