世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第5話 次の国王は誰? ①

 私は魔法に対する憧れを誰よりも強く持っていました。

 自分に才能がなかったため、たやすく人智を超えた奇跡をあやつる者たちのことが、羨ましくて仕方なかったのです。

 たとえば、従姉のカミラ。

 彼女はアイネル魔法学院に入学する前から、いくつかの基礎魔法を使うことができました。才能という観点から言えば、彼女のほうがよっぽど次期国王に相応しいのでしょう。

 ルナディア王国は、古の大魔法使いによって建てられた国です。その子孫である王族は、魔法界を引っ張っていく存在でなければなりません。実際、私のお父様やお祖父様は、魔法史に名を刻むほどの業績を残されています。

 とはいえ――私は、家のしきたりだからとか、王位継承順位が1位だからとか、そういう理由だけで魔法を求めているのではありませんでした。

 純粋に、偉大な魔法使いになりたいのです。

 かつて私を助けてくれた、通りすがりのあの人のように。

 あれは5年前、私が10歳の時のことでした。

 一家で避暑地に赴いた際、テロリストの襲撃を受けたのです。ルナディア王国は敵の多い国ですから、王族の命を狙ってくる輩は山といます。私はなすすべもなく攫われ、よく分からない廃墟に閉じ込められてしまいました。

 おそらくテロリストは、身代金か何かを要求していたのでしょう。通信系の魔法で誰かに怒鳴りつけている様子が、今でも記憶に焼き付いています。

 両手両足を縛られたまま、私はひたすら震えてしました。

 どうして近衛兵は助けに来てくれないの?

 どうしてこの人たちはひどいことをするの?

 なすすべもなく絶望していた時――


 ――何やってるの! その子が怖がってるでしょ!


 突然、あの人は英雄のように現れたのです。

 廃墟の扉をぶち破って表れたのは、動物のお面で顔を隠した謎の人物でした。テロリストたちは度肝を抜かれ、予期せぬ闖入者に向かって襲いかかりましたが――


 ――【台風を吹っ飛ばすための魔法】。


 お面の人物が腕を振った瞬間、魔力の激流が生じました。

 それは、七色の光を放つすさまじい暴風。

 テロリストたちはまとめて薙ぎ払われ、あちこちに積んであった木箱の山に放り投げられてしまいます。

 それでも気骨のある者は応戦しようとしましたが、何度も【台風を吹っ飛ばすための魔法】が発動されたため、彼らには手も足も出ませんでした。

 やがてテロリストたちを一掃したその人物は、私の拘束も魔法で破壊してくれました。震えて動けない私に、おずおずと手を差し伸べます。


 ――だ、大丈夫? 立てる?

 ――あなたは、誰……?

 ――私は、えっと、怪しいものじゃなくて……。


 次の言葉を待っていたのに、モジモジするばかりで一向にしゃべってくれませんでした。仕方ないので私が何か言おうとすると、その人は「ごめんなさいっ!」と叫んで走り去ってしまいます。

 その正体は、未だに分かっていません。

 だけど、どこからともなく現れ、超強力な魔法で悪い人を懲らしめてしまう――そんなヒーローみたいな姿に、私は胸をときめかせたのでした。

 ああいう恰好いい魔法使いになりたい。

 それが私の夢になりました。

 そしてその夢は、着々と叶えられつつあるのです。


「ふふ……ふへへ……魔法が使える……♪」


 女子寮の自室。

 私は頬が緩んでしまうのを抑えられませんでした。

 手元には、ほわほわと輝く魔力の光。暗い場所でも光源を生み出すことができる初級の基礎魔法、【ライト】でした。


「他にもたくさん……!」


 【ライト】だけではありません。初級の基礎魔法は全部で29種類ありますが、そのほとんどを習得してしまったのです。


「【ウインド】!」


 手からつむじ風を発生させたり、


「【ウォータ】!」


 コップの水を重力に逆らって持ち上げたり、


「【サンダー】!」


 バチッと電気のようなものを弾けさせたり。これは以前カミラが使っていたものですね。

 そう、私の魔法技術は日進月歩で上達しているのです。

 平日の講義はもちろん、放課後や休日も練習に充てているので当然でしょう。

 このきっかけを作ってくれたのは、間違いなくセレネ先生です。最初はどうなることかと思いましたが、あの人には感謝してもしきれません。


「ふふふ……この調子で頑張れば、シルバーランクも夢じゃありません! ひょっとしたらゴールドやマスターにもなれちゃうかも……!? ラ~ラ~ララ~♪ 私は大魔法使い~♪ 悪を挫いて正義を助ける最強の魔法使い~♪」


 くるくると回転して喜びの舞踊を舞います。

 そうだ、そろそろ中級の基礎魔法に挑戦してみてもいいのでは?

 研究室の図鑑で魔法陣は確認しているので、ちょっと発動してみましょうか。


「さあ、悪のテロリストよ! 滅んでしまいなさい! ――【マドファイア】ッ!」


 ボッ。

 私の手から発射されたのは……初級の【ファイア】にすら劣る小火。魔法陣のイメージが完全ではなかったため、出力が落ちてしまったのでしょうか。


「まだまだ修行が足りませんね。セレネ先生にご指導を仰がなくては――――ん?」


 めらめらめら……。

 背後で炎の気配がしました。

 何かが焦げるにおい。真夏の太陽のような熱。

 いつの間にか、いつも使っているベッドが真っ赤に燃えていました。

 火はみるみる広がり、枕やシーツを燃えカスに変換していきます。


「きゃあああああああ!!」


 私は慌てて洗面台へ向かい、【ウォータ】を駆使して大量の水を運びます。

 どうやら中級はまだ早かったようですね。とりあえず火を消さないと――って、お気に入りのワンピースも燃えてるー!?


          ◇


「……なんかお前、焦げくさくねーか?」

「気のせいです」

「リアちゃん、ヘアアイロン失敗した? 髪が焦げてるよ?」

「気のせいですっ」


 2人のいらない指摘をスルーしつつ、研究室に向かって歩きます。

 朝のアイネル魔法学院は、学生たちによって賑やかな喧騒に包まれていました。

 友人とおしゃべりをする者、眠そうにあくびをする者、試験でもあるのかブツブツと何かをつぶやいている者――まさに雑多な空気です。

 自分が彼らの中に紛れ、きちんと魔法を学べていることが誇らしい。

 59回連続で弟子入りを拒否された時のことを思えば、とんでもない快挙です。


「……2人とも、セレネ先生の講義はどうですか?」

「何だよ藪から棒に」

「いえ、入学してから1か月経ちましたので。皆さんがどんなふうに思っているのか少し気になったのです」


 メローナさんは「あー」と天を仰ぎ、


「まあ、いい感じではあるわな。おかげで基礎魔法が使えるようになってきたし」

「セレネ先生のおかげですね」

「ああ。お返しと言っちゃなんだが、青春契約はちゃんと果たすつもりだよ」

「何か計画でも?」

「それはこれから考えるさ。時間はたっぷりある。……あの人は、あたしを追い出したりしねーだろうからな」


 その言い方に、ちょっと引っかかるものを感じました。

 メローナさんは何故かそわそわした様子です。

 これは何かありましたね……。

 問い質そうとした時、プラミさんが「わたしも」と追従しました。


「セレネ先生には感謝してる。魔力制御の練習に付き合ってくれるから」

「そういえば、成果は出ているのですか?」

「まあまあ。最近はセレネ先生のおすすめで、寝る前に30分だけ座禅をしているの」

「ざ、座禅?」

「1日のうちに少しでもえっちなことを考えちゃいけない時間を作ることで、精神を鍛えるのが狙いなんだって」

「逆に言えば、今までは24時間不埒なことを考えていたのですね……」


 プラミさんは「ふふ」と微笑みを浮かべ、


「それだけじゃないよ。1か月に1回、セレネ先生がわたしの魔力を吸い取ってくれるの。次は1か月後……すごく楽しみですね……じゅるり」