世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第5話 次の国王は誰? ②
「何だかよく分かりませんが、順調そうで何よりです」
「うん。だからわたしもセレネ先生の夢を叶えてあげたいと思ってるの。わたしのことを色眼鏡で見ないのは、セレネ先生だけだから……」
まるで恋する乙女の表情でした。
プラミさんにも何かがあったことは明白です。
なんだか私の周りで色々なことが進んでいる予感が……ま、まあ、セレネゼミの結束が強くなるのは悪いことではありません。意欲のある学友に恵まれることは大事ですからね。
「しかし、ムズいよなー」
メローナさんが首を傾げ、
「セレネ先生はリア充リア充言ってるけど、あたしはそんな単語、先生から教えてもらうまで知らなかったぞ? 友達ができればいいってことか?」
「友達よりも恋人のほうがリア充っぽいよ。ですので僭越ながらわたしがお相手を……」
「それはやめてくださいっ」
「なに? リアちゃん、もしかして嫉妬?」
「違います! ゼミの風紀を乱されると困るんです」
「委員長みたいなこと言い始めた……」
プラミさんは不満そうに頬を膨らませました。この人は私が目を光らせておかないと危険ですね。
私は「ごほん」と咳払いをして、
「……いずれにせよ、今のお話しを聞いて分かりました。皆さん、どうやら私と同じ気持ちだったようですね」
「同じ気持ち……? 金持ちの考えてることなんか分かんねーぞ」
「札束のお風呂とかやってそう」
「やってませんっ!」
王族を何だと思ってるんですか。
「私が言いたいのは、3人ともセレネ先生に感謝の念を抱いているという点ですよ。そこでご提案なのですが、私たちでセレネ先生にプレゼントをしませんか?」
メローナさんが「おお」と手を叩きました。
「そりゃいいな。いかにも先生が喜びそうなイベントだぜ」
「何あげるの? けん玉? 縄跳び? ルービックキューブ?」
「1人で遊ぶものばかり挙げないでください」
「無難にお菓子とかどうだ? 甘いもの好きそうだろ」
「まあ、今日の講義が終わったらみんなで買いに行きましょうか。何かいいものが見つかるかもしれません」
「お~っ」
「ちなみに予算は30万メロを予定しています。あまり高価なものだと逆に困らせてしまいますからね」
「金持ちアピールやめろ」
「メロちゃん、たぶんアピールじゃなくて素だよこれ……」
セレネ先生には今後も真面目に指導していただかなければなりません。
良好な関係を継続するためにも、心を込めた贈り物をしないとですね。
◇
「ドミンゴス先生! セレネ・リアージュを何とかしてくださいっ」
2日間の自宅謹慎が終わったあと、私は無理を言ってドミンゴス先生の研究室に押しかけていた。目的はもちろん、泣きつくことである。
セレネ・リアージュは私の手に負える相手じゃない。
ドミンゴス先生の手を借りなければどうにもならないのだ。
「……カミラさん。あなた、前回の件を反省していらっしゃらないのかしら?」
「反省はしてます! 次はバレないようにしろってことですよね!」
「それは反省とは言いませんわ」
ドミンゴス先生に睨まれてしまった。
思わず背筋を伸ばしてしまうほどの迫力。
「おかげで私の監督不行き届きということになってしまいました。マドゥーゼル先生に大目玉を食らうわ、他のマスターにからかわれるわ、学内の新聞にあることないこと書かれるわ……あああああ! 屈辱の極みですわ!」
「ご、ごめんなさい……」
「しかも先日、あのセレネ・リアージュに菓子折りを持って謝罪に行ったんですのよ? この私が! このフレデリカ・ドミンゴスが! 頭を下げに行ったんですのよ!? あなたが短慮を働いてくれたおかげでねっ!」
「ひいいっ。許してくださいっ」
ドミンゴス先生は「ハア」と溜息を吐いて椅子に座り直した。
「……まあ、気持ちは分かりますわ。ライバルの成長には焦りますものね。ちょっと言いすぎましたわ、ごめんなさい」
「わ、私が全部悪かったんですっ! きつく叱ってくださいっ」
「では以後気をつけるように。セレネ・リアージュは今のところ許してくれる様子ですが、これが他のマスターだったら大惨事になっていましたわよ? 魔法使いの研究成果を焼いてしまうだなんて、殴られても文句は言えないほどの暴挙ですもの」
「は、はい……」
と、いったんは己の罪を受け入れたものの、やっぱり如何ともしがたい焦燥感が湧き上がってくる。私は優雅にお茶をたしなむドミンゴス先生を見つめ、
「でも、どうすればいいんですか? セレネゼミの講義を妨害するためには、研究室をめちゃくちゃにするしか思いつかなくて。悪いことだとは思ってたんですけど……」
「あなたも淑女なら、過激な行動は慎むべきですわ」
「でもでも! ドミンゴス先生だって悔しくないんですか!? うちのゼミ、セレネ・リアージュにやられっぱなしじゃないですか!」
「確かに目障りですが、大人の余裕でスルーすることも大切です」
「でもでもでもぉっ! 今年のメイプルスター賞だって、セレネ・リアージュのせいで2位になっちゃったんですよね!?」
がちゃーん!!
ティーカップがテーブルに叩きつけられた。びっくりしすぎて目玉が飛び出るかと思った。ドミンゴス先生は、顔を真っ赤にしてぷるぷると震え、
「もちろん悔しいに決まっていますわ! ええ、ええ……思い出すだけでも忌々しい! セレネ・リアージュのせいで、私がどれだけミジメな思いをしてきたことか!」
「ですよね! 2年連続の2位ですもんね!」
「2位2位うるさいですわ!」
鬼のような形相で怒鳴られてしまった。おっかない。
ドミンゴス先生は憎々しげな溜息を吐く。
「……これまで何度もセレネ・リアージュと勝負をしましたが、そのたびに辛酸を舐めさせられてきました。悔しいですが、あの小娘の魔法使いとしての腕前は尋常ではありません。こればかりは認めなければなりませんわね」
「そんなあっ」
「とはいえ、私も指を咥えているだけではありませんわ」
「えっ? 何か対抗策が……?」
ドミンゴス先生は「よくぞ聞いてくれた」といった感じで含み笑う。
「――外道魔法。未開拓のこの分野を極めれば、セレネ・リアージュなど路傍の石と化すでしょう」
「さすがドミンゴス先生! それってどんな魔法なんですか?」
「外道魔法は呪いを操る系統魔法ですわ。たとえばセレネ・リアージュに悪夢を見せたり、化粧乗りを悪くさせたり、買ったばかりのタイツを破けさせたり……」
「先生、やることせこくないっすか」
「試験段階ですからねっ! 応用すれば、セレネ・リアージュに吠え面かかせることも可能ですわ! ほら、この魔法陣をご覧なさいっ」
ドミンゴス先生はぷんぷんしながら研究室の隅っこに歩いていった。巨大な木製テーブルの上に、どでかい魔法陣が描かれた方眼紙が広げられている。
「これは今年のメイプルスター賞で2位だった……いえ、優秀な成績を収めた魔法ですわ! 端的に言えば、外道魔法の奥義! まだ調整が甘かったので受賞を逃してしまいましたけれどねっ」
「なんかすごい細かい魔法陣ですけど……これで何ができるんですか?」
「対象の才能を根こそぎ奪うことができます」
ぎょっとしてしまった。
想像以上に禍々しい効果だ。
「さ、才能……?」
「人には生まれつき、神から与えられた能力というものがありますが、それをリセットしてしまう究極の呪いですわ。名付けて【ゴッドスレイヤー】――まあ、永久に才能を奪ってしまうのはさすがに可哀想なので、期限つきに設定してありますけどね」
どくんと心臓が跳ねた。
もしこれをイリアに使うことができたら――あいつが王位を継承する可能性は潰えるんじゃないだろうか?
「先生! この魔法、発動してみてもいいですか!?」



