世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第5話 次の国王は誰? ⑤

 プラミさんが戦々恐々とした雰囲気で言いました。


「下半身から徐々に溶かされていって、ドラゴンの栄養にされちゃうんだよ。このまま放っておいたら死んじゃう……」

「ええ!? どうすればいいんですか……!?」

「助けるしかねーだろ! おいプラミ!」

「うん。分かってる……!」


 プラミさんが慌てて手をかざします。

 指先がほのかな光を発した直後、蛇のようにうねる電撃の魔法が射出されました。

 それは、私が習得したものより2、3倍は威力がありそうな【サンダー】でした。

 さすがはプラミさん。ブロンズランクの称号は伊達ではありません。

 これならドラゴンを追い払えるかも――


「え」


 バチィッ!!

 ところが……【サンダー】はドラゴンの身体にぶつかった瞬間、跡形もなく抹消されてしまいました。

 ぬめぬめには電気を打ち消す効果でもあるのか、まったく通用している気配がありません。


「じゃあこれならっ」


 プラミさんは立続けに【ファイア】【フリーズ】【グランド】を連発しました。

 初級の基礎魔法としては高威力な連撃。

 しかし、ドラゴンにはまったく効いていません。

 蚊でも追い払うように首を振りながら、ゆっくりとこちらに近づいてきます。


「な、なんで? わたしの魔法が……」

「に、逃げろって……言ってるでしょうが……! あんたたちまで被害者になったら、私の責任がどんどん重くなっちゃうでしょ……!?」


 カミラが苦しそうに叫びました。

 しかし私には、ここで退くという選択肢はないのです。


「……あなたを見捨てるわけにはいきません」

「何でよ……!」

「それが私の憧れる魔法使いだからですっ!」


 カミラが目を見開きました。

 次の瞬間、私の手から放たれた【サンダー】がドラゴンに襲いかかります。

 結果はもちろん、呆気なく弾かれて終了。

 でも諦めずに攻撃を続ければ、いつかは活路が見えてくるはず――


「リアちゃん!」


 プラミさんに名前を呼ばれてハッとしました。

 ドラゴンの全身から、無数の触手のようなものが拡散しました。ねばねばした液体を滴らせながら、私たちのほうへと一直線に迫ります。

 その先端についているのは、宵闇のようにどす黒い4本指の手。

 ぞわりと鳥肌が立つのを感じました。

 あまりにも速い。避けることができない。


「あ――」


 結局、私はなすすべもなく触手の餌食となってしまいました。


          ◇


 ぽたり、ぽたり――水音が耳朶を打ちます。

 全身に強い圧迫感を覚えました。手首と足首、腰のあたりに、何かが巻きついているようです。しかも足は宙に放り出されているのか、ぷらぷらとした浮遊感すらありました。

 ゆっくりと意識が浮上します。

 瞼を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、だだっ広くてどす黒い空間。

 体育館……なのでしょうか?

 床や壁、天井などのいたるところに真っ黒い液体が付着し、地獄のような有様になっています。そこから黒々とした幾本ものねばねばが伸び、だだっ広い空間を縦横無尽に覆いつくしていました。

 ふと自分の身体を見下ろせば、ねばねばによって拘束され、地上2メートルくらいで固定されています。

 力を込めて抜け出そうとしましたが、びくともしません。まるで蜘蛛の巣にかかった虫の気分です。


「……何これ? 悪夢?」

「イリア! やっと起きたか!」


 名前を呼ばれ、振り返ります。

 私の隣では、プラミさん、メローナさん、イリアさんが同じように縛られていました。


「み、皆さん……! これはどういう状況ですか……?」

「ドラゴンの仕業。あれを見て」


 プラミさんが顎で示しました。私たちのちょうど正面――体育館の入り口のところに、先ほど遭遇した黒いドラゴンが門番のごとくたたずんでいます。

 ようやく理解が追いつきました。

 私たちはあのドラゴンに襲われ、体育館に拉致されてしまったのでしょう。


「あ、あれ? でも、何で私たち生きてるんでしょうか? てっきりすぐ食べられちゃうのかと……」

「分からねー。あいつ、さっきから見張ってるだけなんだよな」

「きっと百舌の早贄だよ」


 プラミさんが奇妙なことを言いました。


「もずの……何ですか?」

「早贄。鳥の百舌は、捕まえた獲物を木とか鉄柵とかに突き刺して保存しておくの。いつでも食べられるようにね」

「怖いこと言わないでくださいっ!」

「だったら早く脱出しなくちゃだろ! くそ……何だこのねばねば!」


 メローナさんが必死に拘束と格闘していました。

 ねばねばは非常に強固で、しかもじんわりと黒い液体が染み出していました。それが肌を伝うたびに、ぬるぬるした気持ち悪い感触が全身に襲いかかります。

 は、はやく脱出したい……。

 そしてお風呂に入りたい……。


「この黒い液体、デトックス効果あるかな?」

「あるわけねーだろ! ふざけたこと言ってないで魔法を発動してくれ! プラミなら壊せるかもしれねーからな!」

「それは無理」


 プラミさんは困ったような視線をメローナさんに向けました。


「このねばねば、魔力を吸い取る効果があるみたいなの。メロちゃんも気づいていると思うけど、拘束を破るだけの威力は出せないよ」

「ぐっ……た、確かに……」

「私もです……! 何なのですか、あのドラゴンは!」


 ドラゴンは依然、ジッとしたままでした。

 そういえば、カミラはあのドラゴンについて「悪魔がドミンゴス先生に憑依した姿」と言っていました。

 ということは、あの中にはカミラのマスターがいらっしゃるのでしょうか……。


「元はと言えばカミラ! お前のせいじゃねーか!」


 メローナさんに指摘され、カミラの方がびくりと震えました。

 まだ気絶しているのかと思っていましたが、俯いていただけのようです。


「だ、だって仕方ないじゃない……! イリアの魔法がこれ以上成長したら、私が国王になれなくなっちゃうのよ!」

「そんなくだらねーことであたしたちまで巻き込むな!」

「くだらなくなんかないわよ! 私は王様になって贅沢したいの! 小さい頃からの夢だったの!」

「アホすぎて涙が出てくるわ!」


 プラミさんが「まあまあ」とメローナさんを宥め、


「カミラちゃん、あのドラゴンって何の魔法で出てきたの?」

「それは……」


 カミラはちょっと迷い、


「……ドミンゴス先生は【ゴッドスレイヤー】って言ってたわ。対象の才能を奪ってしまう魔法なんだって。私があいつの身体に埋まって呻いてたのは、才能、つまり魔力を吸い取られてたからなのよ」

「消化じゃなかったんだね……」

「どうでもいいが、自分で発動した魔法なら自分でちゃんと制御しろよ」

「だって上手く発動できなかったんだもん。外道魔法は悪魔と契約して力を得る魔法らしいんだけど、魔力を込めるのに失敗して悪魔が襲いかかってきたの」


 カミラは【ゴッドスレイヤー】で私に魔法を使えなくする魂胆だったのでしょう。

 まったくもって遺憾でした。

 盛大な溜息が漏れてしまいます。


「……あなたは軽率ですね。自分がどれだけ危ないことをしたか分かっているのですか?」

「わ、分かってるわよ。やりすぎちゃったことくらい……」

「分かっていません。学生やマスターを巻き込んだのですから、たとえ王族でも容赦なく罰せられるでしょう。あるいはお父様から何かお達しがあるかもしれませんね」

「反省してるわ! もうこんなことはしないわよ!」


 カミラの目には涙が浮かんでいました。

 まあ、反省はともかく後悔はしているのでしょうが……。


「私は国王になりたかったの。お父様からそう言われてきたんだもん。イリアがあんな体たらくだったから、絶対なれると思ってたのに……何よ、アイネルに入学した途端才能を開花させちゃうなんて! そんなのズルいわ!」

「ズルいと言われましても……」