世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第5話 次の国王は誰? ⑥
それに、才能が開花したというほど私の魔法は優れていません。あくまでスタートラインに立っただけなのです。
ただ、カミラの王位にかける情熱は痛いほど伝わってきました。
先ほどカミラは「国王になって贅沢したい」と言っていましたが、それが本音のはずはありません。
ルナディア王には〝月の呪い〟と呼ばれる噂がありました。
玉座に座った者は、必ず非業の運命を辿ることになるのです。
実際、歴代の王たちは例外なく悲惨な死を遂げていました。
カミラもそれは知っているはずなので、生半可な気持ちでは「国王になりたい」などと言えないのです。
つまり、カミラにもカミラなりの思想がある。
それが分かっているから、これ以上咎めるのは気が引けてしまいました。
「……だったら、あなたも頑張ればいいじゃないですか」
「え?」
「お父様……国王陛下は、よくも悪くも実力至上主義です。あなたが私よりもはるかに優れた成績でアイネル魔法学院を卒業したら、次期国王候補になれるんじゃないでしょうか?」
「なっ……」
カミラは目を見開き、
「で、でも! あんたがシルバーランクになっちゃったら意味ないじゃない! その時点で次期国王に決定するって約束なんでしょ……!?」
「あなたがゴールドやマスターに到達していたら話は別だと思います」
「無理に決まってるでしょーに!」
「それはやってみなければ分かりません。セレネ先生は、まったく魔法が使えなかった私に基礎魔法を叩き込んでくださいました。しかもたった1か月でですよ。4年間、この調子で血のにじむような努力をすれば、シルバーもゴールドも夢ではないと思えてくるのです」
「そんな理想論を言われたって……」
「単なる理想ではありません。私はセレネ先生を信じています。先生と一緒なら、私は魔法使いとしてさらなる高みへ至ることができる――そう確信しているんです。だからカミラ、あなたも自分のマスターのことを信じてみたらいかがですか?」
「ドミンゴス先生を……?」
「1人では無理ですが、先生がいるから私たちは強くなれるんです。……それとも、あなたのマスターはセレネ先生の足元にも及ばないポンコツマスターなんですか?」
カミラは呆気に取られて硬直しました。
やがて私の言葉が多少効いたのか、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えます。
「ふ、ふ……ふざけたことを言ってんじゃないわよ! ドミンゴス先生のほうが100億倍すごいに決まってるわ! 卒業する頃には、あんたよりも100兆倍すごい魔法使いになってやるんだから!」
「そうですか。せいぜい頑張ってくださいね」
「ええ頑張るわ! ドミンゴス先生の指導力と、私の恵まれた最強の才能で正々堂々あんたを叩き潰してやる! 負けて号泣する準備をしていなさい!」
「勝つのは私ですけどね」
不敵な笑みを向けてやりました。
カミラは威嚇する猫のように私を睨み返してきます。
しかし、ふと何かを思い出したのか、急にしおらしくなって俯きました。
「……さっきは、ありがとね」
「はい? 何がですか?」
「さっきのことよ! ドラゴンに取り込まれた私を助けようとしてくれたでしょ? い、いちおう感謝しておいてあげようかと思ってねっ」
メローナさんが「礼を言ってるのか怒ってるのかどっちなんだ……」と呆れていました。
ですが、プライドの高いカミラにしては珍しい反応です。
「……もう変なことはしないでくださいね。私に勝ちたいなら、自分で努力するしかないんですから」
「分かってるわ。あんたも私に負けるまで挫折するんじゃないわよ? 勉強についていけなくなって退学とかになったら、目も当てられないからね」
「だ、誰が挫折するもんですか。私は国王になるまで努力を続ける予定ですよ」
「あっそ」
カミラはそっぽを向いてしまいました。
いつもの剣吞な雰囲気――ではありません。なんだか気恥ずかしい気分になっていました。カミラと腹を割って話すことができたからでしょうか。
いずれにせよ、私にとっては望ましい展開でした。
これからは正々堂々、魔法の腕前で競うことができそうです。
そこでふと、プラミさんが口を開きました。
「ねえカミラちゃん。いい雰囲気のところ恐縮なんだけど」
「何よ」
カミラのほうを見つめ、
「何でぱんつ丸出しなの?」
「「「は?」」」
私とメローナさん、カミラの声が重なりました。
見れば、本当にカミラは下着丸出しでした。いつの間にかスカートが跡形もなく消え、真っ白いショーツがあらわになっています。
「きゃ――――――――――――――――――――――――――――――っ!?」
甲高い悲鳴。
カミラは顔を真っ赤にして暴れました。しかしねばねばで手の動きを制限されているため、上手く隠すことができません。
「何よこれ!? 私のスカートどこ行っちゃったの!?」
「お前、履き忘れて学院に来たのか……?」
「んなわけないでしょ! たぶんドラゴンの中にいた時に脱げたのよ!」
「いえ、ちょっと待ってください……」
私は嫌な予感を覚えて自分の身体を見下ろしました。
今日は平日のため、アイネル魔法学院指定の制服を着ています。
ところが、袖の端っこや、裾のあたりがドロドロに崩れているのが見えました。
ま、まさか……。
「この液体、服を溶かす効果があるのでしょうか……?」
「はあ!?」
メローナさんが叫びました。プラミさんが「なるほど」と神妙な表情で頷いて、
「確かに溶けてる。幸いにも人体にはノーダメージっぽいけど」
「そんな都合のいい液体が存在してたまるか! 何かの間違いじゃ――」
ぽろり。
メローナさんの制服が崩れ、何切れかの布が落ちていきました。その下に隠されていた下着や、褐色の素肌が明らかになってしまいます。
「わあああああっ」
メローナさんは身体をくねらせて「見るなっ」と連呼します。普段の不良っぽい振る舞いからは想像できない慌てっぷりでした。
そこでふと、私は奇妙なものを目撃しました。
「あれ? メローナさん、頭に猫耳のようなものが……」
「幻覚に決まってるだろ!!」
あ、消えた。本当に幻覚だったみたいです。
「うげっ」
メローナさんが私を見つめ、何故か目を丸くしました。
「おいイリア……、そう言うお前も大変なことになってるぞ……!?」
「え……? ひゃああっ!?」
気づけば、私の制服も穴だらけになっていました。それどころか下着すらもぬるぬるに融解し始めています。
「ま、待ってください!! さすがにそれはダメですよね!? 仮に助かったとしても社会的に死んじゃいますよね!?」
「冗談じゃねえぞ……ってプラミ、お前もうほぼ全裸じゃねーか!」
「み、見ないで。さすがに恥ずかしい……」
プラミさんは頬を染めて俯いてしまいます。
その真っ白な肌に辛うじて引っかかっているのは、ティッシュの切れ端にすら劣るほど頼りない、制服や下着の残骸でした。爪先からぬるぬるした液体を滴らせ、生まれたままの姿で戒められる美少女……。
な、なんて破廉恥な……。
「と、とにかく! 全部あのドラゴンのせいです! 何故こんなことを……!」
「実はフレデリカ・ドミンゴス先生には『女の子の服を溶かしたい』っていう内なる願望があったとか……?」
「ドミンゴス先生がそんな変態なわけないでしょ! 悪魔に操られているだけよ!」
「おいクソドラゴン、てめー何するつもりなんだ! 答えやがれ!」
返ってきたのは沈黙でした。
その場にジッとたたずみ、苦しむ私たちを無表情で見つめています。
やっぱりあのドラゴン、変質者の類なんじゃ……。
「バカじゃないの? 悪魔に人間の言葉なんか通じないわよ」
「バカにバカって言われたくねーよ」



