世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第5話 次の国王は誰? ⑦

「はあ!? あんた、誰に向かってバカって言ったか分かってるの!? 私は全世界の誰もが認める高貴な王族なのよ!?」

「落ち着いてください! 今は悪魔が何を考えているのか突き止めることが先決ですよ!」


 メローナさんが「はあ」と溜息を吐き、


「どうやって突き止めるんだよ? ジェスチャーでもしてみるか?」

「そ、それは……」


 言葉を詰まらせてしまいました。現状、私たちにできることは何もありません。服を溶かされながら助けを待つしかないのです。

 ところが、突然、野太い声が鼓膜を震わせました。


『――かかか。やはり人間どもは愚かだな』

「「「「!?」」」」


 驚いて視線を向ければ、これまで無言を貫いていたドラゴンが、大きく口を開けて言葉を発しているではありませんか。


「てめえ、しゃべれたのかよ!?」

『正確に言えば、たった今しゃべれるようになったのだ。我の中にいるフレデリカ・ドミンゴスという人間から、言語に関する情報を習得し終わった。これからは自由に貴様らと意思疎通できるぞ』

「ど、ドミンゴス先生は!? ドミンゴス先生は無事なの……!?」

『無論』


 カミラの問いに、ドラゴンは首肯しました。


『フレデリカ・ドミンゴスは我のコアとなっている。悪魔は人間界で己の形を保つのが困難であるゆえ、すでにある肉体を依り代とするしかないのだ。……なぁに、我の一部である限り生命活動は停止させぬ。人間としての自我を取り戻すことはないだろうがな』

「そんな……」


 あまりの現実に、私たちは全裸のまましばらく固まってしまいました。しかし、臆している場合ではありません。


「あ、あなたは何者なのですか! 何故こんなことを……!」

『我は悪魔公爵アスタロト様の下僕、リュドピウラである。理由は分からぬが、人間界に呼ばれたのでな。好き放題やらせてもらおうと思っているよ』

「あんたなんか呼んでないわ! ドミンゴス先生を置いて帰りなさいよ!」

『やなこった。せっかく人間界に来たのだから、楽しまないと損ではないか』


 ドラゴンは『かかか』と不気味に笑いました。

 私は恐怖を押し殺して尋ねます。


「……あなたの目的は何なのですか?」

『腹が減った。まずは食事だ』


 プラミさんが震える声で答えます。


「……じゃあ、わたしたちが食堂に案内してあげる」

「そ、そうですよ! この拘束さえ解いてくれれば、デラックス定食を山ほど奢って差し上げます! お金だけはありますので!」


 ドラゴンは「ふん」と鼻を鳴らし、


『我が食らうのは、貴様ら人間に宿る〝未然のきらめき〟だ』

「未然のきらめき……? まさか、才能ということですか……?」

『その通り。我は人間の将来性、価値を糧として生きている。貴様らからすべての才能を搾り取るまで、あと1刻といったところか』

「なっ……」

『実に美味だ。若き才能ほど美味いものはない』

「やめてください! せっかく魔法が使えるようになったのに……!」

『案ずることはないぞ。ことが済んだら責任を持って殺してくれるわ。無能のまま生きてゆくのは辛かろうて』

「…………」


 外道魔法【ゴッドスレイヤー】は、才能を奪う魔法。この悪魔が私たちの才能を食べようとしていることに、不自然さはありませんでした。


『他に何か質問はあるかね?』

「あ、あと1つ……」


 プラミさんがおずおずと口を開きました。


「服を溶かす意味は……?」

『仕様だ』


 私たちは、少しの間、呆気にとられて沈黙してしまいます。

 まさに絶体絶命。

 私の中に残っている魔力では、基礎魔法を発動することができません。自分たちで脱出するのは現実的ではないため、なんとかして助けを呼ぶ必要がありました。

 しかし、ドラゴンは嘲笑に表情を歪め、


『救援は期待しても無駄だぞ』

「何故ですか……?」

『この体育館の出入り口は、我の【シャドー・ゲル】で覆われている。固体化したゲルを打ち破るのは、たとえマスターであっても骨が折れるだろうよ』

「で、でも! マスターたちが力を合わせれば……」

『破壊できるかもしれないな。だがその頃にはとっくに食事が終わっている』


 ぞっとしました。

 時間は残されていない……。


「ふ、ふざけんな! 絶対に許さねーからな、このスケベドラゴン!」

『やかましい。早食いは好まぬが、貴様はさっさと食ってしまうとしようか』


 びしゅっ!

 ドラゴンの身体から無数の触手が伸びてきました。

 ぬるぬると蛇のように動くそれらは、空中で動けないメローナさんに向かって殺到します。


「おい……ちょっ、まっ……」

「メローナさん……!?」

「うわ、こら、くすぐった……んにゃあああああああああああ!!」


 断末魔の絶叫。

 触手たちはメローナさんの褐色の肌を好き放題に蹂躙し、ぬるぬるとした気味の悪い液体を塗りつけていきます。

 そのたびにメローナさんは甲高い声をあげ、顔を赤くして身をよじりました。

 ああ。なんということでしょう。

 こんな映像、小さい子には見せられない……。

 やがてメローナさんは、干からびた雑草のように意識を失ってしまいました。

 息はしていますが、その瞳には光が浮かんでいません。


『思い知れ。これが我を愚弄した罰だ』

「メローナさんに何をしたんですか!?」

『無論、食ったのだ。なかなかに美味だったぞ』


 つまりメローナさんは、才能を奪われてしまったのです。

 私は彼女の頑張りをよく知っていました。朝早く学院に来ては、黙々と魔法の研鑽にいそしむ。詳しい動機は知りませんが、私と同じで高い志を持っていることは明らかでした。

 それを、このドラゴンは一瞬で台無しにしてしまったのです。


「ひ、ひどいです! あなたには人の心がありません!」

「そうだよ! メロちゃん頑張ってたのに……!」

『頑張っているからこそ美味いのだろう? さあ、次は貴様らの番だ。ゆっくりと、じっくりと、噛みしめるように味わってやろうではないか――――ん?』


 ドラゴンが不自然に言葉を止めました。

 直後、めりめりとドラゴンの腹部が膨れ上がっていきます。驚きのあまり言葉を失っていると、ものすごい爆音とともにドラゴンの身体が破裂しました。

 びちゃびちゃと飛び散る黒い液体。

 体育館にこだまする苦悶の絶叫。

 ドラゴンは辛うじて踏ん張りつつ、自らの身体を見下ろしました。


『が、はっ……! 何だこれは……!』

「……さ。せるか……悪魔め。……この私を。フレデリカ・ドミンゴスを侮辱したツケを……払ってもらいますわ……!」


 破裂した腹部から、人間の腕が伸びていました。

 さらにその奥には、カミラのマスターであるフレデリカ・ドミンゴス先生の顔が見えます。


『貴様……まだ動けたのか!』

「ドミンゴス先生! 意識を取り戻したんですねっ!」

「ええ……最悪の気分ですわ……こんなぬるぬるになってしまうなんて……ですが、敗北するわけにはいきません。自分の魔法は自分で始末をつけるのが私の流儀ですから……!」

『やめろ、貴様――』

「ひれ伏しなさい! 【マドバレット】!」


 ドミンゴス先生の指先から魔法が発射されました。

 5連発の弾丸。

 人差し指で作った銃口が狙っていたのは――


「え? え? えええっ?」


 カミラを拘束しているねばねばでした。

 右手と右足、左手と左足、そしてお腹を縛り上げているねばねば、そのすべてに弾丸が命中し、激しい音とともに霧散してしまいました。

 自由になったカミラの身体が、重力に従って体育館の床に落下します。


「ぐへ」


 あ。顔面打ったみたい。

 痛そうですが、心配している場合じゃありません。

 カミラだけでも助かるチャンスなのです。