世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第5話 次の国王は誰? ⑧

          ◇


 床に放り出された私は、呆然と座り込んでいた。

 ドミンゴス先生が助けてくれたことは分かる。

 ……でも、これから私はどうすればいいのだろう?

『この、小賢しい人間どもめがあああああっ!』


 ドラゴンが咆哮を解き放った。

 ドミンゴス先生によって爆破された身体は、ぬるぬるによってみるみる修復されていく。

 外の世界へ這い出ようとしていたドミンゴス先生も、再びドラゴンの内部へと埋もれていってしまった。


「っ……」


 その姿が見えなくなる直前。

 先生の悔しそうな瞳が、「あとはお願いします」と訴えていた。

 そんな顔をされても困る。

 私にこの状況を何とかできるとは思えない。


「カミラ! 逃げてください!」


 ハッとして顔を上げた。

 捕まったままのイリアが、必死の形相で私に語りかけていた。


「今がチャンスです! ドラゴンは回復するまで時間がかかるみたいですから!」

「な、何言って……」

「はやく! あなただって死にたくはないでしょう……!?」


 涙がにじんだ。

 イリアのことはよく分かっている。

 あいつは私にとって邪魔者でしかなかった。魔法もろくに使えないポンコツのくせに、国王の娘だからという理由で王位継承順位は1位。

 そして――私にはない、他者を思いやる心を持っている。

 ありえない。理解できない。

 だから嫌いなんだ。

 自分だって大変な状況のはずなのに、どうして私の心配なんかできるのだろうか。


「に、逃げるって。どこから逃げれば……」


 私は涙を拭って周囲を見渡した。

 扉は完全に塞がれている。

 2階の窓も閉ざされ、太陽の光が届いていない。

 どこかに裏口があるのかもしれないが、新入生の私に分かるわけがない。


「カミラちゃん。そこ」

「え……?」


 プラミ・レイハートが、私の背後の壁を指差していた。

 そこにあったのは、床の近くに設けられた地窓だ。

 もともと換気のための窓であるたえ、人が通れないように鉄柵で封じられている。だからこそドラゴンの【シャドー・ゲル】が及んでいなかった。


「無理よ! これを壊す魔法は使えないわ……!」


 しかしプラミは首を横に振る。

 いつの間にか、イリアとプラミが手をつないでいた。


「大丈夫。2人で力を合わせれば、1発だけ撃てるから」

「【ドレイン】でプラミさんの魔力をいただきました! 伏せていてくださいっ……!」


 イリアの指先から、【バレット】が発射される。

 ばぐんっ!!

 柵が弾け飛び、残骸が体育館の床に散らばった。

 これで脱出することは可能だ。

 でも……。


「あんたたちを置いていけっての……!?」

「助けを呼んできてください! できるだけはやく……!」


 イリアは、恐怖を押し殺したような声でそう言った。

 冷静に考えてみれば分かる。

 私が脱出したとして、地窓はすぐにねばねばで塞がれてしまうはずだ。

 そうなれば、たとえそのへんのマスターを連れてきても突破するには時間がかかる。

 もたもたしているうちに、イリアたちの才能は奪われてしまうだろう。


「くそっ……」


 再び涙がこぼれてくる。

 どんなに絶望的でも諦めるわけにはいかなかった。

 あいつらは、私を助けるために尽力してくれた。

 普段の因縁なんか捨てる時だった。

 イリアは蹴落とすべき相手だが、私にだって王族としての矜持はあるのだ。


『逃がすか! 小娘がッ!』


 ドラゴンが触手を拡散させた。傷の修復がようやく終わったらしい。

 イリアたちが「はやく逃げろ」と絶叫している。

 だが、これは逃げじゃない。

 やるべきことをやるための、第1歩にすぎないのだ。


「ま、待ってなさい! あんたたちは絶対に助けるわ……!」


 触手が加速する。

 その先端が足に触れる直前――本当にギリギリのところで、私は滑り込むようにして体育館を脱出した。

 裸足でグラウンドを駆けながら、私は必死で頭を回転させる。

 はたして誰を呼んでくればいいのだろうか。

 そんなものは決まっていた。

 ドミンゴス先生が動けない今、この状況を打破できるマスターには1人しか心当たりがなかった。


          ◇


「よっ、ほっ、やっ……とやあっ!」


 私はジャグリングの練習にいそしんでいた。

 人気者になるために始めた趣味だったけれど、今ではすっかりハマってしまっている。

 ミルテや弟子たちが帰ったあと、いつもひっそりと訓練しているのだ。

 ちなみに魔法をいっさい使っていない、純粋な技術である。

 当面の目標は、パーティーで披露できるレベルになること。

 いつもは地味で目立たない子が、ここぞという時に巧みなジャグリングを披露したら、人はどう思うだろうか?

 おそらく「かっこいい!」「友達になりたい!」と思うはずだ。

 だから私は、その日を夢見て研鑽に励む。

 最近はカラーボール3個くらいなら回せるようになってきたし、次はボーリングのピンに挑戦してみようかな? それとも専用のシガーボックスを買っちゃおうか?


「ふふ……夢が膨らむね。フレデリカ先生に見せてあげたいな……」


 問題はいつ披露するかだ。

 できればフレデリカ先生をホームパーティーに招待したい。

 でもこないだ、断られちゃったんだよね……。

 思い返してみれば、最近のフレデリカ先生は様子がおかしかった。お茶会は急な体調不良でお開きになっちゃったし、授賞式では謎の雄叫びをあげてどこかへ行っちゃったし。

 それに、カミラさんの件で謝罪しに来てくれた時も変だった気がする。

 顔は何故か真っ赤。歯軋りもしていた。

 プリンの紙袋を渡す手が、ぷるぷると震えていたのを今でも覚えている。


「大丈夫かな、フレデリカ先生」


 たぶん、あの人は悩みを抱えているに違いない。

 何とかして相談に乗ってあげたいんだけどな――

 ドンドンドンドン!!


「ぴや!?」


 突然、激しく扉をノックする音が聞こえた。押し入り強盗でも来たのかと思って飛び上がってしまう。


「な、な、何……!? 何ですか……!?」

「セレネ・リアージュ! 私よ……! イリアの従姉のカミラよっ……!」


 廊下のほうから聞き覚えのある声が聞こえた。

 何だかよく分からないけれど、めちゃくちゃ切迫した様子である。

 私は慌てて扉に近寄ると、ロックを外して開いてみた。

 次の瞬間、まさに強盗のような勢いで滑り込んでくる者が1人。

 私の足元に跪いたのは、裸にカーテンだけをまとったカミラ・ムーンライズさんだった。

 何その新しいファッション!?


「た、大変なのっ! イリアたちが……ドミンゴス先生が……!」

「ちょ、ちょっと待って? カミラさん? その恰好は……?」

「恰好なんてどうでもいいわ! はやく体育館に来て……!」


 カミラさんが顔を上げた。

 その表情は、不安や後悔といった感情でぐちゃぐちゃになっている。

 わけが分からない。

 こないだまでの王族っぽい風格はどこへ行ったんだろう……。


「え、えっと、とりあえずお茶飲む?」

「私が悪かったの! ぜんぶ私の責任なのっ……! イリアは私を逃がしてくれた……! あんなにイジワルしたのに! いつも嫌味を言ってたのにっ……! だから、私が、あんたを呼んでこなくちゃいけなくて……」

「落ち着いて! ほらチョコレートあるよ? 食べる?」

「うううう……うううううっ……! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「何に対して謝ってるの……?」

「ごめんなさいいいいい! ごめんなさいいいいいい!」

「わあっ! な、泣かないでカミラさんっ! いい子だからっ……」


 しばらくカミラさんは大号泣していた。

 やがて少し冷静さを取り戻したのか、ぽつぽつとつぶやく。


「セレネ・リアージュ……いえ、リアージュ先生……。ごめんなさい……。私、ちょっと調子に乗っていたわ……」

「そ、そうかな……?」

「そうなのよ……。自分の力を過信して舞い上がっていた。あんたにも色々と迷惑をかけちゃったわ……だけどね、力を貸してほしいの。恥を忍んでお願いするわ……イリアたちがいま、ピンチなのよ……」


 カミラさんから事情を聞かされた私は、思わず絶句してしまった。

 どうやらジャグリングをしている場合じゃないらしい。