世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第5話 次の国王は誰? ⑨
◇
「ふああああああっ! ああああっ……ああああああああああっ……アッ」
がくり。
たっぷり3分間ほど触手に蹂躙されたプラミさんは、ついに気を失ってしまいました。
才能はおろか生気すら奪われ、光の失われた瞳を宙に向けています。
これで私以外の2人は餌食となってしまいました。
恐怖と焦燥で全身から嫌な汗が噴き出し、ぷるぷると手が震えてきます。
『美味ッ! 震えるほどに美味ッ! これほど素晴らしい食い物があったとは……! 人間界に来られたことを神に感謝しよう!』
哄笑が体育館に響きます。
ドラゴンは触手をにゅるにゅる動かし、私をギロリと睨みました。
『残るは貴様だけか。先ほど1人逃したのは痛恨だったが……』
地窓はすでに黒いねばねばに覆われていました。
ドラゴンにはカミラを追いかけるつもりはないようです。
安全な縄張りから出るのを嫌っているようでした。
『……まあいい。次は貴様の才能を味わってやろうではないか』
「だ、ダメ……」
『ダメではない。誰を食らおうが我の勝手だ』
「いいえっ! あなたなんかに食べられたくないっ……!」
私は拘束を破ろうと暴れました。
胸の内からあふれ出るのは、途方もない悔しさです。
せっかく魔法を使えるようになったのに、こんな結末はあんまりでした。
『……興味深いな。何故そこまで才能に執着するのだ?』
「当然ですっ……!」
あらん限りの力を振り絞って訴えます。
「私は小さい頃から無能の烙印を押され、王宮の人々から白い目で見られてきました……だから、ずっと魔法を使えるようになりたかった。かつて私を助けてくれたあの人のように、偉大な魔法使いになりたかった……!」
『無能なのにか?』
「ええそうですっ! そんな無能の私を救ってくれたのは、セレネ・リアージュ先生でした。先生のおかげで、ようやく道が開けたんです。私はこのチャンスを逃したくない……こんなところで台無しにされたくはない! 私は必ずシルバーランクに……いえ、マスターランクに到達するんですから!」
『くだらぬな』
ドラゴンに一蹴されてしまいました。
『貴様には大した才能はない。たとえ努力を続けたところで大成はしないであろう』
「何故そんなことが……」
『我は才能を食らう悪魔だ。美味そうか不味そうかは見れば分かる。この3人の中では、貴様がもっとも小ぶりで食い甲斐がなさそうだぞ』
「だったら食べなくていいじゃないですか!」
『我は残さず食べる主義だ』
絶望のあまり視界が暗くなってきました。
それでも折れるわけにはいきません。
「私は……!」
まっすぐドラゴンを睨み、
「才能がないなら努力をします! こんなところで終われません! あなたみたいなバケモノに、負けてたまるものですか……!」
『その心意気は結構。だが貴様の命運は尽きている』
それは非情な殺害宣告でした。
ドラゴンの身体から、うねうねとした触手が伸びてきます。
私は息を呑んでその光景を見つめていました。
嫌だ。諦めたくない。
でも現実はどこまでも絶望的。自分の力ではどうすることもできない。
脳裏にフラッシュバックしたのは、5年前、黴くさい廃墟で震えていた時の記憶でした。
私はあの時から何も変わっていません。
結局、自分の力では何も成し遂げることができなかったのです。
これから頑張りたかったのに。
立派な魔法使いになりたかったのに。
誰か。
誰か助けて――
「――【台風を吹っ飛ばすための魔法】!」
突風が髪を揺らしました。
それは七色に光る、質量をともなった暴風。
突如として吹き荒れた風が、体育館の内部を壮絶な勢いで駆け抜けていったのです。
『ぐ……何だこれは……ああああああッ!?』
野太い悲鳴が轟きました。
目を開いて確認してみれば、ドラゴンの巨躯が風に攫われて吹っ飛んでいくのが見えます。さらに、ぶちぶちと何かが引き千切れるような音も聞こえました。風圧に耐えきれなかった触手たちが、柔らかい饂飩のように切断されていったのです。
ごうん、という鈍い衝撃。
ドラゴンの身体が、体育館の壁に叩きつけられていました。
私は信じられない思いで風上を見つめます。
そこに立っていたのは。
「み、みんな! 大丈夫……!?」
心配そうな顔でこちらを見つめている少女。
私よりも年下ですが、誰もがその実力を認める天才魔法使い。
リア充魔法の伝道師にして、私たちが敬愛するマスターに他なりません。
「セレネ先生……!」
「あ、イリアさん――って何その恰好!? 寒くないの……!?」
「そこにいるドラゴンのせいなんですっ! やつが出す液体には服を溶かす効果があるので、先生もお気をつけください!」
「何その効果……。と、とにかく気をつけるよ」
セレネ先生が気を取り直してドラゴンのほうに向き直りました。その姿を認めた瞬間、UFOに出くわしたかのごとく息を呑み、
「あれがフレデリカ先生……? 面影が全然なくない……?」
「カミラによれば、悪魔に身体を乗っ取られたそうです」
「分かった。何とか頑張ってみる……」
セレネ先生は拳を握って臨戦態勢になりました。
その表情は真剣そのもの。
普段のなよっとした感じからは想像できないほどの凛々しさでした。
……あれ? セレネ先生の横顔、見覚えがあるような。
それにさっきの魔法って――
「あ……」
その瞬間、私の心臓はまな板の上の魚のように跳ねるのでした。
◇
私はフレデリカ先生との思い出を反芻した。
初めて話したのは、去年のメイプルスター賞授賞式の後のことだった。私のリア充魔法に対して惜しみない賞賛の言葉をかけてくれたのだ。
それがきっかけで、私とフレデリカ先生の物語はスタートした。
空き時間にお話ししたり、差し入れを贈り合ったり、お互いの魔法を見せっこしたり。
今までろくに人と関わっていなかった私にとっては、かけがえのない時間だった。
フレデリカ先生となら友達になれるんじゃないか――そんな気がむくむくと成長していった。
だけど……私はまだ、フレデリカ先生のことを全然理解していなかったみたいだ。
カミラさん曰く、あのドラゴンは、フレデリカ先生がグレた姿らしい(他にも色々何か言ってた気がするけど私にはよく分からなかった)。
つまりフレデリカ先生は、誰にも言えない悩みを抱えていたのである。
それを察してあげることもできずに、どうして友達なんかになれるだろうか。
やっぱり私はダメダメだ。コミュにケーション能力が欠如した陰キャのコミュ障だ……。
『ぐぬぬ……貴様、やってくれるではないか』
フレデリカ先生が、むくりと身体を起こした。
【台風を吹っ飛ばすための魔法】――それは、イベントがスケジュール通り実行されるように開発した魔法だ。台風で遠足や修学旅行が中止になってしまうのは残念だから。
フレデリカ先生は憎しみのこもった目で私を睨む。
『どうやって入ってきた? 扉の【シャドー・ゲル】が破壊されたようだが……』
「えっと、解析して中和したんだけど……」
『簡単に言ってくれるな。どうやら貴様の〝未然のきらめき〟、尋常ではないらしい……。そこらにいる人間と比べても別格だ。ともすれば、いにしえの勇者や賢者にも匹敵するのではあるまいか……? まことに食い甲斐がありそうだぞ、小娘』
何を言っているのかよく分からない。



