世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第5話 次の国王は誰? ⑩
だけど、こういう声を無視してきた結果がいまなのだ。
真正面から向き合わなければ、フレデリカ先生と友達になることはできない。
今のフレデリカ先生は、以前の優雅な姿とは似ても似つかない、ねばねばのドラゴンになってしまっている。
その身に何が起きたのか、私にはすぐに分かった。
外道魔法の力に呑まれ、自暴自棄になってしまっているのだ。
つまり、フレデリカ先生の中にわだかまっていた日頃のストレスや不満――イリアさん言うところの「悪魔」が、外道魔法の効果によって前面に押し出されてしまった姿があれなのである。
私がもっとフレデリカ先生のことを察してあげられれば、こんな悲劇には至らなかったはずなのに……。
「ご、ごめんねフレデリカ先生。悩みごとがあったんだよね……?」
『悩みごとだと? 何を言っている』
「魔法のこと? 仕事のこと? それともプライベートなことかな……? よかったら私に話してくれない? できることなら何でもしてあげたいからっ……」
『待て。そもそも我はフレデリカ・ドミンゴスではない。我は悪魔公爵アスタロト様の下僕、リュドピウラという魔界の悪魔で――』
「フレデリカ先生はフレデリカ先生だよっ!」
『違う! フレデリカ・ドミンゴスはコアとして利用している人形にすぎぬ。我は人間どもの才能を食らう恐るべき悪魔だ』
「違うったら違うの! 自分を否定しちゃダメだよっ!」
『むしろ全肯定しておるわ! 我はフレデリカ・ドミンゴスなどではないッ!』
「あ、分かった……もしかして人には言えないような失敗をしちゃったとか……? そうだよね、そういう時って自分を否定したくなっちゃうよね……」
『だから違うと言っておろうが! おいそこの小娘、言ってやれ!』
「そうですよセレネ先生! その人(?)はフレデリカ・ドミンゴス先生の身体を乗っ取っている悪魔ですっ!」
「そんなわけないっ! 姿は変わっちゃったけど……私には分かるの。この人はフレデリカ先生と同じできれいな心を持っているから……」
「持ってませんって! ねえドラゴンさん!?」
『当たり前だ! 心がきれいな悪魔が存在してたまるか!』
「だそうですよ! そのドラゴンは性格最悪の変質者なんです!」
『侮辱するならブチ殺すぞ小娘!』
「そうだよイリアさんっ! フレデリカ先生は変態じゃないったら! 今はちょっと自暴自棄になってるだけなの……心のケアをしてあげなくちゃ……」
『だ・か・ら……』
フレデリカ先生は大きく息を吸い、
『我は悪魔だと言っているだろうがァ――――――――――――――――ッ!!』
咆哮を解き放った。
それと同時に、大量の触手みたいなのが伸びてくる。
ダメだ……完全に心を閉ざしちゃっているみたい。
こうなったら、多少強引にでも話を聞いてもらうしかない。
『ふははははは!! 貴様の才能も食らい尽くしてくれるわァ――――――――ッ!!』
フレデリカ先生が悪魔のように笑った。
イリアさんが「逃げてください先生!」と叫ぶ。
触手たちはまっすぐ私のほうに襲いかかって――
「【キャンセル】」
ばちん。
私に触れる寸前、風船のように破裂してしまった。ねばねばの黒い液体とともに、触手の残骸が私の後方へと流されていく。
『なっ……』
「え、えっと……フレデリカ先生、ごめんね……?」
戦いは苦手だ。
だけど、相手が襲いかかってくるなら躊躇している場合じゃなかった。
『貴様……何をした……!? 我の腕がッ……!』
私は魔力を練ってフレデリカ先生と対峙した。
ふと視線を横に向ければ、気絶しているメローナさんとプラミさんの姿が目に入った。フレデリカ先生が何をするつもりなのか知らないけれど、道を踏み外そうとしていることは明らかだ。
正直、めちゃくちゃ怖い。
足が震えて仕方がない。
だけど、私が止めなくちゃ、みんなが不幸になっちゃう。
私は右手をかざし、ゆっくりと魔法を発動する。
「フレデリカ先生を正気に戻すためには、その外道魔法を解除しなくちゃだよね……」
『そういう問題ではない! 貴様、さては何も分かっていないな……!?』
「分からないよ! だけどこれから分かっていきたいのっ! フレデリカ先生と仲良くなりたいから……!」
『話が通じぬ……』
「ううん。フレデリカ先生だけじゃない。イリアさんも、メローナさんも、プラミさんも……カミラさんだって! これから仲良くなっていきたいのっ! だから、友達候補の人たちのピンチは放っておけない! みんなを助けられるように頑張るよっ……!」
『頭を冷やせ小娘! 貴様はとんでもない勘違いの中に――』
「【キャンプファイアーの火力を上げる魔法】っ!」
直後、私の視界が真っ赤に燃え上がった。
炎のリア充魔法が、ものすごい勢いでフレデリカ先生に襲いかかる。
◇
『ぐごわああああああああああああああああああああ!!』
全身が焼かれる。
それは魔界の業火よりも激しい炎。悪魔侯爵マルコシアスが吐く炎の比ではない。我の身体を覆っている【シャドー・ゲル】を難なく貫通してしまったのだ。
ありえぬ……。
たかが人間ごときにこのような魔法が使えるとは!
『図に乗るなッ! 人間が悪魔に敵うはずもなかろうがッ!』
体内の粘液を操作し、合計16本の腕を再生成する。
その1本1本が、悪魔公爵アスタロト様をもうならせる俊敏な動きを発揮するのだ。
『食らえ! そして我の血肉となるがよいッ!』
びしゅんっ。
16本の腕たちが蛇のように襲いかかった。
先ほどは【キャンセル】を食らってしまったが、食らう前にやつの〝未然のきらめき〟を奪い尽くしてしまえばいい!
ところが、
「【足が速くなる魔法】!」
『なッ……』
小娘は目にもとまらぬ速度で我の腕を回避していった。絡めとってやろうと思ったが、あまりにも速すぎて追いつけない。
ばちんっ。1本の腕が【キャンセル】で破壊された。
ばちんっ。ばちんっ。ばちんっ――
さらに2本、3本とたやすく腕が弾け飛んでいく。
悪い夢でも見ているかのようだった。
『何だその速度は! 冗談であろう!?』
「こ、これは私が小さい時に作った魔法だよ。かけっこで速くなれば、人気者になれると思って……結局、『速すぎて気持ち悪い』って言われちゃったんだけどね……」
『なら止まれ!』
「ううん、今は止まれないっ! あなたと友達になりたいからっ……!」
『友達になんかなるものか! 我は悪魔だぞ!』
「悪魔じゃないよ! 自分の胸に手を当ててみて! フレデリカ先生は心優しい魔法使いなんだよっ!」
ふざけている。
何から何まで我を愚弄しているとしか思えない。
そういう人間は、必ず息の根を止めてやらねばならぬ!
『いい加減にしろおおおおッ!!』
大きく息を吸って――そのまま吐き出した。
我の口から飛び出したのは、大量の黒い粘液である。
【カタストロフィー・ゲル】。
すべてを融解させる我の最終奥義だ。
「わあああ!? 大丈夫……!? 酔っちゃった……!?」
断じて吐瀉物などではないわ。
そのまま骨肉を溶かしてやるべく【カタストロフィー・ゲル】を吐き出し続ける。
体育館の床が蝕まれ、辺りに禍々しい瘴気が立ち込めた。
白髪の小娘が「逃げてください先生!」などと叫んでいる。
だが遅い。すべてはねばねばに包まれ、人っ子1人立っていられなくなるのだ。
そう思っていたのに。
「【巨大なエチケット袋を作り出す魔法】っ!」
小娘が魔法を発動させた瞬間、【カタストロフィー・ゲル】が虚空に吸い込まれて消えていった。何が起きたのか分からない。我の魔法は完璧だったはずなのに。
狼狽しているうちに、小娘が神速で駆け寄ってくる。
残った腕を使って応戦するが、どれも【キャンセル】によって弾かれてしまう。



