世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第6話 休み時間のリア充談義 ①

「……なるほどねえ。ことのあらましは分かったわ」


 アイネル魔法学院の頂点に君臨する魔法使い、アンナ・マドゥーゼル先生は、私の報告を聞き、「ふう」と疲労の色濃い溜息を吐いた。

 私は椅子に座ったまま、背筋をピンと伸ばしていた。

 マドゥーゼル先生の前だと緊張しちゃうんだよね……。

 怒られた時の記憶がフラッシュバックしまくるから……。


「警備課でも調査を進めていますが、今回は事故ということで片付きそうね。リアージュ先生もご苦労様でした」

「い、いえ! 私にできることをしただけですからっ……!」


 そこで私はちょっと迷い、


「あの。フレデリカ先生はどうなっちゃうんでしょうか……?」

「監督不行き届きということで処罰が下される予定よ。……まあ、悪気はなかったみたいだから減俸くらいで済むでしょうけれど。いずれにせよ、彼女の入院期間が終わってから通告するわ」

「そ、そうですか……」


 ちなみにフレデリカ先生は現在、病院に放り込まれて色々と検査されていた。怪我をしたわけじゃないけれど、外道魔法の副作用があったら大変だからだ。

 あとでお見舞いに行ったほうがいいよね……?

 クッキーでも作って持っていこうかな?

 手料理を食べてもらえば、距離も縮まると思うし。


「リアージュ先生。あなたは大丈夫だったかしら?」

「え?」

「誰かと戦うのは久ぶりだったでしょう? 身体に不調でも来たしていたら大事だわ」


 涙がじんわりとにじんでしまった。

 し、心配してくれてる……! あのマドゥーゼル先生が……!


「だ、大丈夫ですっ! この通り、元気にリア充目指してますのでっ」

「そう。さすがはリアージュ先生ね」

「はい! 友達100人目指しますっ……!」


 マドゥーゼル先生は「はあ」と溜息を吐いて言った。


「そういうズレたところをどうにかしてくれたらねえ。その才覚を最大限に発揮すれば、きっと将来アイネルを……」

「え? 何ですか?」

「何でもないわ。それじゃあ、業務に戻ってちょうだい」

「はいっ。では失礼いたしますっ……」


 私はぺこりとお辞儀をして立ち去ろうとした。しかしマドゥーゼル先生は「そうだ」と思い出したように私を引き留め、


「弟子たちとは上手くやれているの?」

「そ、それは……」


 最後の最後で答えにくいことをお尋ねになる……。

 正直、マスターとしてみんなを正しく指導できているかどうかは不安だ。

 私の講義によって魔法の腕前は日に日に上達しているけれど、はたしてそれだけでいいのだろうかと疑問に思う。

 なんというか、弟子とマスターって、もっと固い絆で結ばれていなくちゃいけない気がするんだよね。

 そう考えてみると、あの3人に対しては未だに「うっ……」という感じがある。

 メローナさんの不良ムーブは普通に怖い。

 プラミさんはしょっちゅう変質者になるのでヤバイ。

 イリアさんは金と権力によって私を縛ろうとしてくるから厄介だ。

 でも……出会った時よりかは多少、仲良くなれたかなと思う。

 友達と表現するには程遠いけどね。


「えっと。ど、努力を継続していきたい所存です……」

「ぜひ頑張ってくださいね。魔法使いは孤独に研鑽していればいいというものではありませんから」


 マドゥーゼル先生は微笑みを浮かべて手を振った。

 私は再びお辞儀をすると、虎穴から逃げ出すように学院長室を後にするのだった。


          ◇


 いま一度、リア充について考えてみようか。

 私は友達をたくさん作ってキラキラとした青春を送りたい。ところが現状、リア充魔法をいくら極めたところで成果は出ていなかった。

 何がいけないのだろうか?

 たぶん、リア充魔法の質はそんなに悪くない。メイプルスター賞を2年連続で受賞したくらいだから、魔法としてはかなり優れている部類だろう。

 リア充魔法はリア充になるための魔法である。

 普通の陰キャがリア充魔法を駆使すれば、またたく間に陽キャの権化になれるはずだった。これはリア充魔法の魔法陣を構築する際に行った計算からも明らかである。

 ということは、私は普通の人間じゃないってことになる。

 リア充魔法の恩恵を打ち消してしまうくらいの陰キャなのだ……。


「はあ……」


 溜息1つ。

 今は講義の休み時間だ。それまで思い思いに休憩していた弟子たちが、何事かといった様子で私を見つめてきた。


「先生、どうしたんですか? 悩みごとがあるなら相談に乗りますよ」

「どこかの不良に因縁でもつけられたか? あたしがぶっ飛ばしてきてやるよ」

「恋のお悩みならわたしにぜひぜひ」

「み、みんなありがとね。でもそういうんじゃないの。どうやったら陽キャでリア充な感じになれるのか考えてたんだ……」


 3人が「ああ……」と呆れたような顔をした。

 し、失礼な! 私にとっては死活問題なんだからね!


「そのためにリア充魔法を開発してるのでは……?」

「そうなんだけど……。もうリア充魔法に着手して5年以上経つんだよ? それなのに友達の1人もできないの。だからリア充魔法じゃなくて、私自身に問題があるんじゃないかなって思って……」

「確かにセレネ先生、引っ込み思案だからなー。いくら魔法がすごくったって、使うほうがポンコツじゃ意味ねーよ」

「ぴやっ……」

「こらメローナさん、もっとオブラートに包んでください!」

「あ、ごめん」


 でもメローナさんの言説は正しい。私が陰キャすぎるのがいけないんだ。

 プラミさんが「なるほど」と頷き、


「となると解決方法は2つ。リア充魔法の効果をもっと強くするか、セレネ先生自身の基礎能力を上げるか――つまりコミュ力とか積極性を鍛えるか」

「リア充魔法はどんどん研究していくつもりだよ。でも私本体も変わったほうがいいと思うの……。ど、どうしたらいいかな?」

「そもそもリア充の定義って何なんだ?」


 メローナさんが首を傾げる。

 私は本棚から古代語の辞書を持ってくると、当該箇所を開いてみんなに見せた。


「ほら、ここに書いてあるでしょ? リア充っていうのは、古代語で『リアルが充実している人』って意味なの。もともとは彼氏彼女がいる状態を指していたみたいだけど、転じて人生が上手くいってる人のことを言うようになったんじゃないかな」

「でもセレネ先生、魔法使いとしてはこの上なく成功してますよね?」

「ううん。私が欲しいのは、友達と過ごすキラキラした青春なの……」

「では、人から好かれるような性格になるしかないですね」

「ぴやっ!?」


 言葉の刃物が私の心を切り裂いていった……。


「わ、分かってるよ……今の私は、人から嫌われるタイプの性格だよね……。うじうじしてるし、消極的だし、根暗だし……」

「おいどーすんだ。セレネ先生が泣いちゃうぞ」

「リアちゃん、ナチュラルに『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』って言うタイプだよね」

「ご、ごめんなさい! セレネ先生は素敵な方だと思いますっ!」


 イリアさんが慌てて慰めてくれた。

 ううん、大丈夫。私のダメっぷりは私がいちばんよく分かってるから……。

 プラミさんが「うーむ」と腕を組み、


「じゃあ、1人1人案を出してみるのはどう? リア充魔法に頼らずポジティブになれる方法を」


 イリアさんが「いいですね」と肯定する。メローナさんも「どうすりゃいいのかなー」と頭を悩ませてくれた。なんだかんだ、この3人は私の陰キャムーブに付き合ってくれるから嬉しい……。


「お茶が入りましたよ。どうせなら食べながらにしませんか?」

「わあっ。ありがとうミルテ」


 テーブルの上には5人ぶんの紅茶が用意されていた。

 おやつとしてジャムやクロテッドクリームが添えられたスコーンもある。

 ぶっ続けの講義で疲れも溜まってきたし、ありがたくいただくとしよう。

 私たちは喜色満面でテーブルのほうへ向かうのだった。