神様のメモ帳
1 ②
見られてた。血の気が引くのがわかった。この女どこまで知ってる。ひょっとしてアレなCGを彩色してるとこまで。いやそれより。
「なんで、僕の名前」
今度は彼女が野球投手のワインドアップみたいなかっこうで驚く番だった。
「
「え」
僕はものすごく
「購買部の場所も教えてあげたのに。世界史の資料集もいっぺん貸してあげたのに。体育のときに着替えも手伝ってあげたのに!」
「ちょ、ちょっと待って」
「最後のは
この女……。
「ひょっとしたら、とは思ってたけど、ほんとに憶えてなかったんだね……」
泣きそうな目でそう言われると、なんだか申し訳なくなってくる。
「
「ごめん……」
「だいたい藤島くんは一年四組だっていう自覚が足りないんだよ、文化祭もさぼるし」
いや、でも、転校してきて次の週に文化祭ですよ? 休むしかないだろ。
「クラス章もつけてないし。都立校でクラス章がある学校すごく珍しいんだよ? つけなきゃ損だよ」
なにがどう損なのかよくわからなかったので、「あれ
「じゃ、あたしの貸してあげる。うちにスペアあるから」と、彩夏は自分のセーラーの
「え、いや、
「いいから、こら、暴れるな」
逃げようとした僕は、彼女に後ろから
ものすごく長い体感時間の後で、彩夏の体温が僕の背中から離れる。
「うん。よしよし」
彼女は僕の正面に回ってくると、満足そうにうなずく。緑と青に塗られた
「校則で決まってるんだから外しちゃだめだよ?」
「なんで東京の高校は変な校則がいっぱいあるのかな……」
東京は自由だと思ってた僕が悪いのだろうか。とくに迷惑なのが、最低一つは部活動を義務づけられていることだった。おかげでこんな目に
「校則なかったら、
なんだよ。悪いかよ。
「でもパソコン部、来年なくなっちゃうよ?」
「……え?」
「もうすぐ三年生卒業でしょ。四月に予算決めるときに、部員が最低二人いないと、廃部なんだって」
そんな重要事項、初耳ですが。僕はパソコン部
「あのねっ」
いきなり
「ものは相談なんだけどっ。藤島くんが交換条件を
「……交換条件?」
「実は園芸部も、あたし一人しかいないのです」
なぜか自慢げに彩夏は、左
「委員会はずっと昔になくなっちゃったの。これ、物置から見つけてきたやつ。かっこいいでしょ?」
「いや全然」
「どうしてそういうこと言うかな! とにかく」
彩夏は顔を
「弱小部は助け合って生きていこうよ、ね?」
けっきょく彩夏の迫力に
でも次の日の放課後、授業が終わるなり
「あたし屋上の鍵借りてくるから、
クラスメイトの視線が、
「名前だけの部員じゃなかったの?」と僕は口を
「……名前だけだったの?」彩夏は振り向き、口をおさえて青ざめる。「そ……そうだよね、ごめんなさい。あ、あたし、
「えと、あの、ちょっと」
「藤島くんもパソコン部で忙しいもんね。ごめんね?」
「いや、べつに──」
「こないだパソコンで描いてた女の子の絵、もうすぐ完成だもんね。スカートは後から描くんでしょ?」
「わああ!」
僕は
「わかった、オーケー、手伝うから」
「……ほんとに?」彩夏の顔から一瞬で涙の気配が消し飛ぶ。「ありがと、藤島くん!」
いたずらっぽく舌をちらと出すのも見えた。くそ、この女。
「……あや、部員増えたんだ?」
そばにいた女子生徒が、複雑そうな表情でちらちら僕を見ながら言う。
「うん。戦力倍増。植物のことならなんでも言ってくれていいよ」
クラスメイトたちは顔を見合わせる。
「あ、じゃあ」男子の一人が手を挙げた。「トイレの洗面台のカビがすごいからなんとかしてくれ」
「カビは植物じゃないよ!」と彩夏。
「いや、植物だろ?」「植物と動物だけで分類するのはもう古いんだってさ」「トイレのあれは
次々と男子生徒が口を挟んできて論議が盛り上がる。なんなんだこのクラスは。二十分くらい
「……僕がやるから」
トイレの壁一面に広がったカビを前に
「
めちゃくちゃ同情されてしまった。
「まあ、
壁をスポンジでこすりながら、僕も力なくうなずき返す。
そこでふと気づいた。クラスメイトから名前で呼ばれるのは、それがはじめてだった。しどろもどろになった僕は、ろくな言葉も返せなかった。
「新入部員歓迎会しようよ、おごるから」
その日の夕方、作業を終えて
「ラーメン屋さんでバイトしてるの。店員だから安くしてくれるよ」
女子高生がラーメン屋でバイトってのも珍しいな、と思う。
「ちょくちょく行ってるうちに働くようになったの、面白い常連さんがいっぱいいるし。一緒に行こ?」
「なんで──」



