世の中には腐れ縁と呼ぶしかない人間関係があって、ぼくと相原千晶がそれだった。家が近いから小学校と中学校が一緒なのは当たり前としても、その九年間すべて同じクラス。高校も同じだったのはおつむのできがどっこいどっこいだったからという説明がつけられるかもしれないけれど、その高校ですら同じ一年三組に配属されたとなると、もう縁が腐っているとしか言いようがなかった。
「まあいいじゃない。あたしは数学と英語だめだから、得意なナオにノート写させてもらう。ナオが苦手な体育はあたしが得意。これまで通り支え合っていこうよ」
入学式のすぐ後、ワックスのにおいも真新しい教室で、千晶はそう言ってぼくの背中をばしばし叩いたものである。おまえが体育得意だとどういう理屈でぼくを支えられるんだ?
「こいつん家すごいんだよ、玄関開けるとCDの山がどばーって崩れてくるの」
「へえなにそれ。レコード屋さんなの?」「なんで家行ったことあるの」
千晶はぼくをダシにして、初対面ばかりのクラスメイト女子たちの中に早くもとけ込んでいた。うちの中学からこの高校に進学したのはぼくら二人だけで顔見知りは他に一人もいないというのに、あきれた適応ぶり。
「おまえ、あれとどういう関係なの」
ぼくの方にも興味津々の目をした男子生徒が寄ってきて小声で訊いてきた。
「え? あ、いや、同じ中学ってだけだよ」
「でも、入学式の前にあいつのリボン結んでやってたじゃん」別の男子がいきなり背後から言うのでぼくは青ざめる。見られてたのか。
「えと、それはその」
「マジかよそれやばくね? 夫婦ですか?」
「つーか普通逆だろ男がさあ」
非常に説明しづらいところを槍玉にあげられたぼくは千晶を恨んだ。あれだけ何度も教えてやったんだからリボンタイの結び方くらい憶えてこいよ!
「中学の頃からつきあってんの?」
ぼくは首をちぎれそうなほど振って全力で否定した。すると、囲んでいた男子どもの表情がほっとゆるむ。そのままぼくを引きずって女子の群れから離れ、教室の隅に集団移動すると、ぼそぼそと囁きあった。
「相原千晶、うちのクラスじゃかなりレベル高い方だからな。よかった」
「おれ髪長い方が好きだったんだけど今は反省してる」
ぼくはあっけにとられて、クラスメイトたちの品評会を聞いていた。それから、教室の反対側の端で机に腰掛けて談笑している千晶の横顔に目をやる。昔は容赦のない五分刈りだったけど中学三年の秋に部活を引退してからは髪を少しずつ伸ばし始めたので、今はようやく女っぽいショートカットに見える。いや、でもさあ。「あいつ気短いし柔道初段だからあんまり近づかない方がいいよ?」
「柔道部か。おれも入ろうかな」
「うちの高校って柔道部あったっけか」
「つうか柔道部って男女別々だろ普通」
「なんで別なんだよ。混合で寝技の練習とかさせろよ!」
人の話聞けよおまえら。
ところで千晶は去年、腰を痛めて柔道をやめていた。そして高校の推薦が決まると同時に、なんとドラムスの練習を始めた。音楽とは全然縁がなさそうだったのに。おまけに普通ひとりでドラム始めないだろ。ドラマーを志した理由について千晶はこう語ってくれた。
「正月に、医者からもう柔道は無理って言われてやけ酒飲んでさ」飲むなよ未成年。「酔っぱらって寝てたら夢にボンゾが出てきたの」
ボンゾというのはレッド・ツェッペリンのドラマーで、泥酔したまま眠って嘔吐物を喉に詰まらせて窒息死した人。ていうかそれやばいって。死ぬ寸前に見るアレだったんじゃないの?
「おまえにはドラムしかないって言われた。ボンゾに言われたらやるしかないでしょ?」
「ほんとにボンゾだったの」
「河原のお花畑で手振ってたから間違いなくボンゾ。すっごい日本語うまいの。津軽弁だったけど」
そりゃ一昨年死んだおまえの祖父さんだろ。
高校に入学してみてようやく、千晶のほんとうの志望理由がわかった。毎日放課後になるとぼくに民俗音楽研究部なるクラブへの入部を勧めてくるようになったからだ。
「だって、ナオって音楽以外に取り柄ないじゃん? いいから入ろうよ」
「余計なお世話だ。ていうか民俗ナントカってなに? そんな部活なかったけど」
入学式当日にもらった部活案内のパンフレットや、玄関口で新入生を待ち受けていたクラブ勧誘の大攻勢を思い出してみたけれど、そんな複雑そうな名前はなかった。それにぼくは音楽といっても聴く方専門だし……。
「民俗音楽ってのはロックのこと。ロックバンドやりますっていうと職員室がオッケー出してくれないんだって。まだ神楽坂先輩とあたししか部員いないから、どっちにしろ通らないんだけど。だからお願い入って」
それでぼくを必死に誘ってるわけか。