螺旋のエンペロイダー Spin1.

turn 1."The Eraser" 第一旋回『消しゴム』 ①

    1.


 ……さしあたって十四歳の少女、むら咲桜さくらから話を始める。


 NPスクールはその都市の中心から少しはなれた、しかし充分にはんがいの一角に含まれるビルの中にテナントとして入っている。金を出しているのは某大企業で、社会貢献の一環としてほぼしようで運営している、と公表されている。要は専門学校か塾か、といった程度の規模だ。

 そこに入学できるのは、独特の試験に合格したものだけだという。ビルは管理している不動産会社がサービスの一環として入場管理のけいを行っているので、通ってくる生徒たちは皆、入口のところで証明書を提示することになっている。しかしある程度慣れてしまえば顔パスでも通れるのはどこでも同じだ。


「こんにちは、おじさん」


 今日も警備員たちに愛想のいい笑顔を見せて、志邑咲桜はしやくをする。


「ああ、こんにちは咲桜ちゃん」


 わいい女の子にあいさつされて警備員もなごんでいる。時刻は夕方──まもなく他のテナントの企業が退社時間になるので、その間のすきのような時間にNPスクールの生徒たちは一斉に登校してくるのだ。


「おい、志邑」


 後ろから声を掛けてきたのは彼女と同い歳の少年である。


「なに、だかくん」

「おまえ、もうレポート出しちゃったんだって? あれって〆切は来月のはずだろ?」

「すぐに片づけないと落ち着かないのよ、私って」

「そんなに急いでやっても、中身が空っぽじゃしょうがねーぜ」

「あんたはじっくりやって、せいぜい中身の充実したものにすればいいでしょ。ほっといて」

「いや、俺は──」

「なあにさわいでんのよ?」


 二人の後ろからもう一人、女子がやってきた。背の低いたにふみだ。彼女はほとんど小学生にしか見えない。


「日高、あんた咲桜が最近調子いいからって妬いて絡んでんじゃないわよ。タレ目のくせに」

「タレ目は関係ないだろ!」


 文のどくぜつに思わず少年は反論した。するとさらにもう一人、かざほらかえでも来て、


「相変わらず声が大きいわねえ。スピーカーじんぱちろうに改名したら?」


 とからかってきた。


「俺は日高迅八郎だよ。そんな変な名前じゃねーよ」

「あはは。ムキになってるう」

「充分変な名前だって、それ」

「うるせーよ。絡んできてるのはおまえらじゃねーか」


 登校してきた少女たちと少年がわいわい話していると、その横から、りんとした声が掛けられた。


「あなたたち──早く教室に行った方がいいわよ。騒いでるとスクールの評判が悪くなるわ」


 皆がそっちを向く。そこにいたのはどうだった。スクールの中でも皆から一目置かれているゆうとうせいである。


「いや、御堂。別に俺は──」

「男の言い訳はみっともないわよ」


 璃央はそう言うと、すっ、と身分証を警備員に提示して、さっさとエレベーターホールの方に消えていった。

 ふう、と文が息を吐いた。


「なんか、かんろくって感じね」

「いや、あの娘は特別よ。だってあれでしょ? もう実際の仕事してんでしょ?」

「上の方の偉い人と直につながってるってうわさも、まんざらうそでもないみたいだし──ああいう人もいるのよね」


 文と楓があれこれ言っていると、日高が、


「やめろよ、そういうの」

「なによスピーカー、今バカにされたのあんたでしょ。それなのにあの娘の肩を持つの?」

「だから、そういうのをやめろって言ってるんだよ。肩持つとか、無責任な噂とか」

「無責任じゃないわよ。だってあの娘、こないだ来なかったでしょ。でもあれって欠席扱いじゃないのよ。その間もスクール関連のことをしてたからいいんだって先生が言ってたもの」

「他人のことをそんなに気にしなくたっていいだろうって言ってんだよ、俺は──」


 すっかりとげとげしい空気になっているところで、ふいに、


「えーっと……遅刻──」


 というどこか抜けた少年の声が聞こえてきた。

 ん、と日高が振り向くと、そこにいたのは眼鏡めがねを掛けていて、ひょろっと細い同級生がいた。


「うん、遅刻しちゃうと──思うんだけど……」


 妙にしみじみとした口調で言う。


「あら、さいくん。そういえば君もこないだ来なかったわね?」


 咲桜がそう話しかけると、少年はうなずいて、


「ちょっと、そらが熱出しちゃって──ああ、今はもう治ったんで」


 と、やはりどこかぼんやりとした口調で言った。


「大変よね、才牙くんは。妹さんの面倒もみなきゃいけないから」

「いや、むしろ逆で──ああ、だから遅刻……」

「ちっ、わかってるよ!」


 日高が舌打ちしながら言って、その場から早足で離れていった。少女たちも肩をすくめて歩いていく。

 その場には咲桜と眼鏡の少年だけが残っている。彼は提示する身分証を出そうとして、見つからず、カバンの中身をぶちまけてしまった。レポート用紙のファイルや筆箱や折りたたがさなどを拾って入れようとしてまたこぼしたりしてもたもたしているのを、咲桜は待っている。


「あの、志邑さんも先に──」

「いや待ってるわ。一緒に行こ」


 にっこりと微笑みながら言われる。少年が「焦るなあ」とつぶやきながらカバンを漁っていると、警備員が、


「いや、いいよ今日は。次は忘れるなよ」


 と苦笑しながら許してくれたので、少年は頭を下げて、そそくさとエレベーターホールに向かった。そのとなりを咲桜がついていく。

 彼らを見送った警備員たちは、なんとなく苦笑しながら、


「いやあ、青春て感じだなあ」

「あの子たちみんな、あれでも選ばれたエリート候補生たちなんでしょう? イイご身分なんだ」

「いや、そうでもないぜ──時々、見なくなる子がいるからな。脱落者がいる」

「結局、どこもきびしいってことですか」


 ため息混じり声に送られて、エレベーターが上昇していく。行き先は十七階である。


「ねえ、才牙くんってさ──どうやってNPスクールにスカウトされたの?」


 二人きりのケージの中で、咲桜は少年に訊ねた。


「え? いや、それは──きっとみんなと同じだと、思うけど……」


 少年は煮え切らない言い方をしながら、鼻の上でずれていた眼鏡を直した。

 彼の名前は才牙すけ。その名前をことさらに意識する者は少ない。


    2.


「さて、今日の講義の前に皆に伝えておくことがある」


 教室で講師が子供たちに告げる。


「今週の土曜日に〈アンプラグド狩り〉を実施することになった。全員参加が義務だが、辞退する者がいたら今日中に名乗り出るように」


 この発表に皆がいつしゆんざわついた。


「おい、ずいぶんと間隔が短いな……」

「この前のから、まだ二週間と経ってないじゃない……」

「どうしよう、あたし準備足りないわ……」

「配置が問題だよな。どこに回されるか……」

「汚名返上のチャンスだわ。今度はしくじらないわよ……」


 ざわついている生徒たちを少し放置してから、講師は静かに続ける。


「今日は予定通りだ。代表者によるデミタクティクスとそのかんさつを行う。選出基準はランダムで、そうだな──今座っている席の、前から三番目の者たち、四人を──」


 と説明しかけたところで、志邑咲桜が手を挙げて、


「はい先生、それだと私はこの日高くんたちとやることになると思いますが──正直、私は彼らとやってもあまり意味がないと思います」

「ほう、どうしてだ」

「前に三回やりましたが、私の圧勝だったからです。彼らとやっても私にはメリットがありません」


 咲桜のえんりよのない物言いに、言われた方が少し顔色を変えた。


「……なんですって? 何よそれ、まるで自分が勝つのは当然、って感じじゃない!」

「だってそうでしょう?」

「ふざけないでよ!」