螺旋のエンペロイダー Spin1.

turn 1."The Eraser" 第一旋回『消しゴム』 ②

「まあ待て──では志邑くん、君は誰かやりたい相手がいるのかな」

「と言うよりも、彼らとは才牙くんがやるといいと思います」


 咲桜は意外なことを言い出した。


「なんだって?」

「私が──と言うよりも、才牙くんは確か、一度も日高くんや室井さんとはデミタクティクスをやっていないはずです。ですから、順番を考えると彼と先にやるべきではないかと」

「ふむ──」


 講師が才牙の方を見る。

 少年は、眼鏡の奥の目をぱちぱちとさせている。


「ええと──」

「そういえばそうだな。才牙くん。君はあまりデミタクティクスのカリキュラムを消化していないね」

「いや、別にやれって言われなかったし──あんまり好きでもありませんし」

「好きじゃないというのは、デミタクティクスが、かね?」

「いえ、他人と争うことが、です」


 才牙虚宇介は力の抜けた口調でぼそぼそと言った。


「他人と争うことはきりがなく、むなしい行為だと思うんですけどね、僕は……」

「ふうむ。では君は今の提案を辞退すると?」

「……まあ、そうしたら誰か他の人がやることになるんでしょう?」

「それはそうだな」

「なら、やります──他人に押しつけるのも、やっぱり嫌な感じだし」

「それでは四人は、前に出てきてくれ」


 講師がぱん、と手を叩くと、四人の子供たちは無言で指示されたところまで進み出てきた。


「…………」


 他の三人は皆、才牙虚宇介のことをにらみつけている。

 自分たちを馬鹿にした咲桜に対する怒りが、そのまま彼に向いていた。しかし少年自身はそれに気づいているのかいないのか、ぼんやりとした顔のままである。


「さて──今回はこれにしよう。この〝消しゴム〟だ」


 講師はそう言いながら、一個の消しゴムを講義壇の上に置いた。


「君たち四人は、これから十三分の間に、この消しゴムを取り合ってもらう──最後のしゆんかんに、これを手にしていた者が勝ちだ。もちろんその手段は問わない……むしろ積極的に、手段を開発することを期待する」


 講師はちら、と視線を上に向けた。天井に設置されているカメラがこの部屋をさつえいしていることを再確認する。


「それぞれ、自分の名前と能力名を言ってから、スタートの合図で始めてくれ。他の者たちは、彼らの様子を観察して、その印象をレポートにまとめて後で提出するように。──どうぞ」


 講師の手が振られて、最初の少女が少し息を吸ってから、名乗る。


むろこずえ。能力名は〈アロガンス・アロー〉──」


    *


 統和機構、と便宜上呼ばれている存在がある。それは世界中に影響力を持ち、様々な干渉を繰り返している。組織というには全体像がおぼろで、支配というにはあまりにもとりとめがないので、ほとんどの人間はそんなものの存在さえ知らないが、関係を持たされている者たちにとって、その名は絶対的なの対象である。

 その統和機構が行っている活動のひとつに、特殊な能力を持つ者たちを探し出して、狩り立てる──というものがある。それは現在の人類が、より進化した存在に取って代わられるのを事前に阻止しようということなのか、あるいはその進化に介入して自分たちの力をより拡大しようという試みなのか、それを明確に分ける境界線は未だに見えていない。

 このNPスクールに集められている子供たちは、その大きな活動の中では末端に位置するものだ。

 特別な能力は持っている……だがそれが、即座に抹殺すべきほどに危険かどうかの確認ができない。だからかんをしつつ、育成もする。子供たちが利用できる存在に育つことを期待もしているが、強力になりすぎるのもけいかいしている──その間で揺れ動いているどっちつかずの組織だった。

 逆に言えば、ここにいる子供たちは皆、特殊能力者としては〝そこそこ〟でしかないと判定された者である、とも言えた。むろん彼らにはそんなことは知らされていない。


「日高迅八郎です。能力名は〈サルタン・オブ・スイング〉です」

みのやまあき。能力名は〈クエーサースフィア〉よ」


 他の者たちの自己紹介が終わった。少しの間、間の抜けたちんもくが続いて、そして「ああ」と思い出した風な声がれて、やっと最後の参加者が名乗る。


「僕は才牙虚宇介。能力は〈ヴィオランツァ・ドメスティカ〉──」


 スタートランプが点灯し、かちり、と壇上のアナログ時計式のタイマーが作動し始めて、十三分間の、消しゴムの取り合いが始まった。


    3.


「あのさあ、みんな悪いんだけど負けてくれない?」


 いきなり言ったのは室井梢だった。


「ほら私の〈アロガンス・アロー〉ってさ、手加減できないじゃない? みんなにさせるのも気の毒だしさ。私に勝ちをゆずってくれれば八方丸く収まると思うのよ」

「その言葉には二つのちがいがあるわね」


 箕山晶子がすぐさま反論する。


「ひとつはあんたの能力って弱っちいから別に手加減しなくても効かないってことで、もうひとつは、あんたが勝ったりしたら丸く収まるどころか、みんな納得いかなくて後でモメまくるってことよ」

「へええ、どうして納得いかないのよ?」

「あんたが口先ばっかりの見栄っ張りで嫌われ者だからよ」

「私は有言実行がモットーよ。できないことを言ったりしないわ。ウソツキはあんたの方でしょ? この前だって──」

「いい加減にしろよ、二人とも──今はくちげんする場所じゃないだろう?」


 日高迅八郎が注意すると、二人の少女はそろってニヤリとして、


だまってろ、スピーカー野郎」


 と同時に、ハモリ気味に言った。

 その様子を他の生徒たちが眺めている。


「ねえ璃央、誰が勝つと思う?」


 隣の席の少女から耳打ちされて、璃央は、


「さあね」


 と気のない返事をした。


「あんたの〈ホワイター・シェイド〉でかんていすれば、勝者が誰かなんて簡単にわかるんじゃないの?」

「私は予言者じゃないわ。未来予知なんてできないわよ」

「でもあんたがデミタクティクスやったときは、自分は取らないけど、取れるヤツを当てるから、それで合格にしろって言って、実際に当てたじゃない」

「あんまり喋ってると注意されるわ──それで減点されたら馬鹿らしいわよ」


 璃央はやや唇を尖らせながら、前の方を睨みつけるように見ている。

 彼女の眼には、他の人間たちとは違うものがえている。

 人々の頭部あたりから生えている〝ツノ〟を。

 その〝ツノ〟は角というにはたよりなくて細くて、しかも何本も生えている。湖に漂う水草のような形をしていて、それが宙にふわふわと浮かんでいる──そんな風に視える。

 誰かが何かを言う度にそのツノはふらふらと揺れる。線香火花のように視えないこともないが、光はない。むしろどす黒い。

 そのツノの動き方、大きさ、そして生えている位置などを視ると、璃央はその人間がどれくらい本気なのか、真剣なのがわかる。それが彼女の能力〈ホワイター・シェイド〉である。


(みんなは生徒たちの勝敗を気にしているけど──)


 彼女は視線をられないように気をつけながら、講師の男の方を観察している。


(あの先生、さっき志邑さんがごねたときに、一度も止めようとしなかった──普通の授業だったら絶対にそんなことはない。わがままを放置していたら話にならないはず。しかし……たてかれたときに、彼は彼女に対してまったく反感を持たなかった。ツノが彼女の方を向かなかった──あっちの方が、この勝負の行方なんかよりも問題よね……)


 このNPスクールは単なる超能力開発塾などではない。自分たちは生徒として教育を受け、されているのではなく、講師たちによって〝研究〟されている対象なのだ──その事実を、このクラスの中で御堂璃央だけが実感として理解できているのだった。


(そして──さらに問題なのは……)


 璃央は志邑咲桜を視る。

 咲桜から生えているツノが、どっちを向いているのか再確認する。