螺旋のエンペロイダー Spin1.
turn 1."The Eraser" 第一旋回『消しゴム』 ③
それは他のものなどまったく
才牙虚宇介だけを。
(しかし、なにかおかしい……なにかが異様だわ。単に彼のことが気になるとか、関心があるとか、そういう次元ではない執着と集中が彼女にはある……)
璃央があれこれ考えを巡らせている間にも、十三分間はどんどん過ぎていく。
「日高、あんた偉そうに注意とかしてる余裕があるなら、まずその消しゴムを取ってみなさいよ」
「挑発か──見え見えだな。だが……」
そう呟きつつ、少年は誰も手を出そうとしていなかった壇上の消しゴムに手を伸ばしていく。
「……あえて、それに乗ってみるというのも手だな」
彼の指先が、ゆっくりと目標に接近していく。
すると、その手が急に消える──手だけではなく、消しゴムの周辺の空間、半径十センチほどの箇所が丸く、灰色に染まった。
そこだけ色が消されて、他には何も見えなくなってしまう。
能力〈クエーサースフィア〉は空気を操作し、光の屈折率を変えて、何も
迅八郎が闇から手を引き抜いたが、そこには消しゴムはなかった。
ばちっ、ばちっ──と音だけが灰色の球体から聞こえてくる。
「暗くして他のヤツに見えないようにしても──その中に私の〈アロガンス・アロー〉を既に撃ち込んであるわ。この闇の中では今、極端に静電気が発生しやすくなってる。誰も、何も
室井梢が笑いながら言う。
「下手すれば感電のショックで心停止するわよ。どうする?」
「どうする、って──それだとあんた自身も拾えないじゃない。いつかは解除しなきゃならない。違うかしら?」
晶子に問われて、梢はニヤニヤした顔のまま応えないが、否定はしない。
その間にもアナログタイマーの針が、じじじ……と音を立てながらじわじわと回転を続けている。設定された終点に向かって動いていく。
四人の少年少女たちは壇を囲んで向かい合いながら、相手を
「…………」
才牙虚宇介だけが、皆の闘志のぶつかり合いから離れて、どこかぼんやりとした顔をしている。眼鏡の奥の瞳の焦点は、どこに合っているのか今ひとつわからない。
「────」
そんな彼のことを、志邑咲桜だけがずっと見つめ続けていて、彼女は一度も他の連中のことを見ない。
時間が経過していき、もうすぐ終わってしまうところまで来て、やっと、
「こうして顔つき合わせてても
日高迅八郎がそう言って、もう一度手を伸ばしていく。
灰色の球体に
だが、彼は手を引かず、痛がる様子もない。その代わりに彼の上着の
彼の手に加えられているダメージが流れて、袖口に移っている──受け流されている。
〈サルタン・オブ・スイング〉──彼はこの能力を自らそう呼んでいる。
おおう、と他の生徒たちの方から感嘆の声が聞こえてきた。
ごそごそと灰色の中を日高の手がまさぐる。そしてその動きが、ぴくっ、と一瞬停止する。指先が固形物に触れたのだ──その瞬間、箕山晶子が動いていた。
身を乗り出して、手を振り上げて、いきなり日高の頰に平手打ちをかました。
少年の身体がこの不意打ちによろめく……ダメージを受け流せるのはどうやら一度に一箇所だけらしい。静電気から身を守っているときは他の部分は無防備なのだ。
体勢を崩して、のけぞった彼の腕が上にあがる……そのときにはもう、灰色の球体も解除されていて、消しゴムを不安定につまんでいる手も丸見えになっている。
身を引きながら、晶子はそのまま彼の手から消しゴムを奪い取っていく。
彼女の一連の動作は流れるようで、まったく無駄がない計算された動きだった。全部で一秒と掛かっていない。
「取ったわ!」
彼女が高らかに宣言して、消しゴムを
「ご苦労さん──」
と室井梢が呟いて、ぱちん、と指を鳴らした。
ばちばちっ、という音が再び響いて、晶子が突然「うっ」と
彼女の
いくら意識で制御しようとしても、肉体反射はどうすることもできない。晶子の手はびくん、と大きく
ぽろり……と落下した消しゴムが空中で、ばちっ、という静電気に弾かれて、方向を変える。
梢の手の中に、吸い込まれるように収まった。
そのとき壇上のタイマーが「じりりん」と鈴を鳴らした。終了の合図だった。
「ふふん──私の勝ちね。だから言ったでしょ。最初から勝ちを譲っておけ、ってね」
彼女は講師の方を向いて、消しゴムを彼の方に投げる。
講師はそれを受け取って、うなずき、壇に戻した。
「さて──」
と講師が喋りだそうとしたところで、おずおず、という感じで才牙虚宇介が出てきて、壇上の消しゴムを拾い上げた。
手に取って、前にかざして、生徒たちの方をちらちらと見る。
とっくに勝負が終わった後で、なにやってんだ──と皆が
「では──今回のデミタクティクスの勝者は才牙虚宇介くんで決まった」
と言った。
4.
「あっ!」
と風洞楓が声を上げて指差した先には、教室の
「たった今──十三分になってた……!」
え、と他の者たちはその時計を見て、それから壇上のアナログタイマーに眼を移す。
「まさか……アイツの能力って──」
才牙虚宇介のことを睨みつけてくる視線にも、彼は意を介さずに気のなさそうな表情のまま、講師に消しゴムを返した。
「タイマーの針を──ほんのちょっとだけ進めていたの? それだけ?」
「でも、それって具体的にはどういうことなの? 手を触れずに回転を速める能力って──」
「……〈ヴィオランツァ・ドメスティカ〉──いったいどんな……」
皆がざわざわとしているが、負けを
「────」
と憮然とした顔をしているものの、文句を言う者は誰もいなかった。
そう──彼らは理解している。
講師は十三分経ったときに消しゴムを持っていた者が勝ち、だと言っていた。そう、タイマーが切れたときに、とは言わなかったのである。
タイマーを操作するということに考えが
(下手な
室井梢は、
四人は自分たちの席に戻っていく。他の生徒たちのざわめきはなかなか収まらなかったが、その間じゅうずっと、咲桜だけは無言で才牙虚宇介のことを見つめ続けていた。
彼女は一瞬も笑みを見せず、ずっと厳しい表情だった。彼が勝ったときも、



