螺旋のエンペロイダー Spin1.
turn 1."The Eraser" 第一旋回『消しゴム』 ⑤
虚宇介がそう言うと、咲桜は少し眉をひそめて、
「
「そうかな」
「そうよ。ふつう逆じゃない? 立場が上の者が、下の連中を見おろして観察するんでしょう? それなのに下から見ていた、って──どういうこと」
「ええと……何を訊かれてるのか、よくわかんないんだけど」
「才牙くんは、上に行きたいとは思わないってこと?」
そう言われても、少年は少し困ったような顔になって、それ以上は何も言わなかった。言葉が見つからないのか、答えたくないのか、その
やがて少女が、ぽつりと、
「私は、嫌なものはあんまり見たくないなあ」
と呟いた。虚宇介が眼を向けると、咲桜は夜空を見上げながら、
「上になっても、下になっても、色々と嫌なことが見えちゃうなら、私はどっちにも行きたくないなあ──」
と言った。それから彼に視線を移して、
「妹さん、そらちゃんっていうのね」
と話を変えてきた。
「う、うん。そうだけど」
「私にも妹がいるわ。
「ふうん」
「このNPスクールに通ってることについても、そんなところに通ったって意味ないとかあれこれ文句言ってくるわ。いや、あの娘には別に能力がある訳じゃないから、何も知らないで、ただの学習塾だって思っててそう言ってるんだけど。でも時々、あの娘の言ってることの方が正しいのかも、とか思っちゃうの」
「どうなんだろうね」
「私たちって、なんなんだろうね。なんのために存在しているんだろう? ふつうの人とは違う特別な力がある、って言ったって、それで世界を変えられる訳じゃないんだろうし」
「うーん、世界か……」
「才牙くんはどう思っているの? この息苦しい世界を、自分の能力でスッキリさせたい、とか考えたことはない?」
「それは……うーん」
「嫌なこと、見たくないもの、気分が悪くなるようなあれこれを、それこそ消しゴムでさっと消しちゃうように、なかったことにできたらいいなあ、って思わないかな」
「ええと……
「才牙くんは、何を消したい?」
「……うーん」
二人が、どこか力なく、とぼとぼという感じで暗い道を歩いていると、また「びゃおおーっ」という子供の泣き声と、母親の金切り声が響いてきた。
「あの子もつらいのかもね」
「え?」
「きっと、大きくなったっていいことなんか何もないって、もう無意識で悟っているんだわ。それで誰かに助けて欲しくて、ああやって泣いているんだわ、きっと」
「…………」
「才牙くんなら、あの子を助けられるかしら」
「…………」
虚宇介は足を止めて、泣き声のする方を見た。
その彼に、咲桜が視線を向ける。
その後頭部に。
ただの熱い
NPスクールでは一度も本気を出したところを見せたことのない彼女の、
ぎしっ、という
ゆらり……と少年の身体が揺れた。右に、そして左に傾いて、やがて……元に戻る。
「────」
ばっ、と咲桜は急に胸元に手を当てた。妙な力強さで、自分の胸を圧迫している。
「……なるほど」
小声で呟いた。その声はかすかに震えていた。
「……これが、そうなのね──さすがということか──さすがは、エンペロイダーだわ」
「…………」
眼鏡がなくなった才牙虚宇介は、どこかぼんやりとした表情のままで、少女を見つめ返す。バッグに手を伸ばして、そこから折り畳み傘を取り出した。少女はうなずいて、
「ああ、それで傘が要るんだ……納得したわ」
と言って、そして胸を強く押さえながら、頰をひきつらせて、
「ねえ、今まで何人くらいいるの……あなたにまで辿り着けたヤツって、多いのかしら」
「二十四人めだよ、君で」
少年は静かに言った。少女は、ふうう、と深い深い吐息をついて、
「私は、その中で何番目くらいだったのかな……全然弱かったかな」
と呻くように言った。これに少年は、
「君が一番だったよ、志邑咲桜さん」
と淡々とした口調で応えた。
「……ほ」
少女は眼を丸くして、そして口元をかすかに吊り上げて、笑った。
「へええ……意外だわ。あなた、私の名前、ちゃんと覚えてたんだ。てっきり興味がなくて、知らないものだとばかり……ふふっ」
くすくす笑っている。その彼女を、少年は無表情に見つめ続けている。やがて彼女は顔をゆっくりと上げて、そして彼を見つめ返して、
「うん、すっごく意外──わりと、
そこで彼女の手が、力尽きて下に落ちた。その押さえていた胸元には、大きな穴がぽっかりと空いていた。そしてそこから
そのときにはもう、少年は手にしていたワンタッチ式の折り畳み傘を開いている。
赤い
少女の身体がぐにゃりと折れるようにして地面に崩れ落ちる。噴水のように、まだ血がその胸の穴から空に向かって上がる。
だが、数秒後に変化が生じる。その穴が
栓を抜いた
彼女の身体から噴き出した血も、一緒に吸い込まれていく。それがへばりついていた傘もその勢いでばりばりと破れて、一瞬で台風に巻き込まれたみたいに
そして──後にはもう、何も残っていない。
消しゴムで消したかのように、跡形もなくなっている。
「────」
ぼんやりと立っている才牙虚宇介の後ろから、泣き



