螺旋のエンペロイダー Spin1.

turn 1."The Eraser" 第一旋回『消しゴム』 ⑥

    6.


「──ああ、こんなところにいた!」


 背後から響いてきた少女の声に、才牙虚宇介は振り向いた。

 そこにいたのはさっき、デミタクティクスで対戦した内のひとり、室井梢だった。


「もう、さっさと帰りすぎよあんた。探しちゃったじゃない」

「なんですか、室井さん」

「ん? なにそれ。なんで壊れた傘なんか持ってんの」

「いや、転んだ拍子にバッグから飛び出して、車に踏まれちゃって」

「あーあ。ドジねえ」


 梢は呆れたように笑って、それから少し顔をしかめて、


「でも、そんなドジに私は負けた訳ね」


 と言った。それから彼の顔を覗き込むようにして、訊いてきた。


「ねえ才牙くん。あんたは自分が何もかもわかっている、と思ってる?」

「……え?」


 虚宇介は壊れた傘をなんとか畳もうとしていた手を止めて、彼女のことを見つめ返した。


「……それって、どういう意味かな」

「いや、別に深い意味はないんだけどさあ──だって私、完全にあんたにかされていたんでしょう?」


 梢はため息をついた。


「私って間抜けだった? あんたの手の内で転がされてたって感じだったの、やっぱ」

「──そういうことでも、なかったと思うけど」

「じゃあ、どういうことよ」

「なんとなくの、成り行きっていうか」

「なにそれ? じゃあ計算してたんじゃなかったの?」

「計算とか、あんまり役に立たないと思ってるから、僕は」

「うわ、それってアレ? 勝者の余裕ってヤツなの? 嫌味だわあ」


 だはあ、と梢は天を仰いでたんそくした。そして手で眼の上をおおいながら訊ねる。


「あんたは、私たちってなんのためにいるんだろう、って思わない?」

「…………」

「私はさあ、ついついそういうことで悩んじゃうんだけど──あんたは考えたことがなさそうね」

「そうかな」

「そうよ。だからそんなにのほほんとした顔で、他のヤツを負かして勝利しても、ぼんやりとしたツラしてられるんだわ。もっと喜びなさいよ、素直に。それともなに、他の連中とはレベルが違いすぎるから、大して達成感がないとか言うんじゃないでしょうね」

「…………」

「私は勝ちたかったわ。ていうか、勝ったって思った。でもそうじゃなかった。迂闊だった。完全に勝利を確定させるまでは、簡単に手放しちゃ駄目だって学んだわ」

「…………」

「そうよ、私だって成長できるんだから……次はもう油断しないし、もっと抜かりなくやれるわ。いつまでも負けてばっかりじゃないんだから。今度は勝つわよ。本気よ、私は」

「…………」

「それだけを今日中に言っておきたかったの。じゃあね。また明日!」


 ばっ、と梢は身をひるがえして、そのまま走り去っていった。

 その後ろ姿が、夜の向こうに消えてしまうまで、才牙虚宇介はずっと見送っていたが、ふたたび一人きりになったところで、彼はごそごそと荷物をさぐって、さっきこうにゆうしたアイスバーを取り出し、封を開けた。

 寒空の下で冷たい氷菓子をがりがりとかじりながら、彼はもごもごと口の中でしか響かない声で、小さく呟く。


「……しかし、エンペロイダーっていうのは一体、なんなんだろう──」