螺旋のエンペロイダー Spin1.

turn 2."Hunting Unplugged" 第二旋回『アンプラグド狩り』 ①

    1.


 志邑咲桜が消えた。

 どこにもいない。

 両親は警察にそうさくねがいを出し、NPスクールのあるビルから出て行くところが監視カメラに残されていたので、姿を消したのはそれ以降だろうということになって、事件性の有無を未確認のまま、捜索が続けられることになった。

 しかしスクールの生徒たちは皆、うすうすかんづいている。

 彼女は脱落したのだ、と。

 特殊な能力を持っている少年少女たち──彼らは本質的に、普通の人間としては生きられないさだめである。全世界を敵にして戦い抜くだけの気力がないのなら、統和機構の中で認められるくらいしか未来に道はない。その道を踏み外したら、その先にあるのは……。だから咲桜がいなくなっても、誰一人としてその心配をする者はいない。彼女がどうなったのか、皆が知っているからだ。そして明日は我が身となることを警戒して、そのことには触れようとせず、殊更に知ろうとしないのである。

 しかし──その中で、一人の生徒だけはこの件について上から説明を受けていた。

 御堂璃央である。


「…………」


 むすっとしている彼女の前で、鈴のようなきんきんした声で喋っている者がいる。


「志邑咲桜を殺したのは我々ではない。統和機構に処分された訳じゃないのよ」


 璃央にそう教えているのは、なんだか子供のような姿をした白衣の女だ。小学生ぐらいにしか見えないが、れっきとした成人女性で、博士だという。


「はあ──えと」

「リスキィ。フェイ・リスキィよ、私の名前は。最初に言ったでしょ?」


 ここはNPスクールがテナントとして入っているビルの、別のフロアにある一室だ。がらん、とやたらに広い室内にはがふたつ置かれているだけである。璃央は座っているが、フェイは立ったまま、うろうろと歩き回りながら喋り続けている。


「これは判明してるんだけど、志邑咲桜はどうやら、真の能力を私たちにかくしていたらしい。彼女は統和機構に対して良からぬことをたくらんでいた可能性が高い──それは勘づいていた?」

「……志邑さんが周囲に、無駄に挑発的だったのは、クラスの全員が気づいていたと思いますけど。あからさまでしたから」

「あなたの〈ホワイター・シェイド〉で感知するまでもなかった、と?」

「……あの、ひとつ訊いてもいいですか」

「んん?」

「志邑さんが死んだのって、どうやって確認したんですか? 確定なんですか?」


 璃央がそう言うと、フェイは立ち停まり、うっすらと笑って、


「ああ──本当に、あなたって優秀なんだ」


 といきなり言った。璃央が口ごもると、フェイはさらに、


「それってさあ、ポーズよね? だってあなた、それが事実だってことはわかっているでしょ? 私の〝本気〟が視えるんだから。そういう能力でしょ? 私たちはもう、志邑咲桜の死亡を確認しているのを、あなたは理解している──でも、なんでもバンバン見破っていると私に思われて、警戒されたくないって──それを恐れているんでしょ。しかも、志邑咲桜のことを心配するようなことを言ったら、仲間と疑われるかもってことには気が回りませんでした、みたいな、ちょっと馬鹿っぽいところも見せちゃったりして──うん、すごい計算高いわ。いやあ、大したモンよ」

「…………」


 璃央は押し黙った。いくらなんでもそんなことまでは彼女は考えていない。勘ぐられすぎである。そもそもフェイが本気で思っていても、姿を消してしまった志邑咲桜の死亡をどうやって確かめたのか、それを知るすべがないではないか──と反論したかったが、しかし意味がないだろうとも思った。


(こういう人なんだ、この先生──)


 頭はいいのかも知れないが、やや独り合点なところがある。一度そうだと決められたら、もう反対しても無駄なのだろう。


(そして──咲桜が死んでいるのを確認した〝方法〟も教えてはもらえないんだわ。なんらかの秘密の能力に関わっているんでしょうね──)


 璃央は小さくため息をついて、


「どうして、私にだけ教えられてるんですか?」


 と訊くと、フェイは笑ったまま、


「何を期待されているのか、かしこいあなたにはもうわかってると思うけど?」


 と質問に質問で返してきた。璃央は渋い表情になり、


「……もしかして、私が犯人を知ってるとか思われているんですか?」


 とさらに訊き返す。フェイはにやにやしているだけで、返事はしない。沈黙が続き、璃央は仕方なく、


「正直なことを言いますと──怪しいのは」

「うんうん」

「クラス全員です」


 璃央がそう言うと、フェイは眉の端をちょい、と上げる。


「みんながお互いをとそうとしているから、そこに差はないってことかな」

「私の能力では、みんなが本気だってこと以外は判別できないんですよ」


 そう言いつつも、ひとりだけ──その中に入っていない者がいる。璃央には理解不能の〝本気〟を持つ者がいる。


(才牙虚宇介──彼だけは)


 あの目線をがりがりとき隠してしまうような〝本気〟──あれが何を意味しているのか、彼女にはあくできない。彼が何を見ているのか、その先にあるものが想像できない。


(…………)


 璃央がさくに揺れていると、突然にフェイが言ってきた。


「ねえ御堂さん。あなたはエンペロイドって聞いたことがあるかしら」

「え? ……なんですって?」


 聞き慣れない言葉に璃央は面食らった。フェイはうなずいて、


「それを追い求める者は、世界を手にする資格を得る──それがエンペロイド」

「…………」

「正確な定義はない。そもそも誰も正体を知らないらしい。色々なものがその名で呼ばれ、隠されてきたので、なにがなんだかわからなくなっているともいう──しかし」


 フェイは璃央をまっすぐに見つめている。


「ひとつだけわかっていることは、それを本気で手に入れようとする者は、世界を支配しようとしていること。その名は、そいつらを釣り上げるためのえさとして機能している」

「…………」

「あなたはその言葉を誰かから聞いたことがあるかしら。その名を口にする者は、自分はすべてを敵に回してでも戦うという意思を表明しているのと同じ──どう?」

「いや、どう、って言われても……」

「それとも、あなた自身がそうなのかしら。あなたもエンペロイドを求めている?」

「…………」


 璃央はこんわくして、口をつぐんだ。そんな彼女をフェイは愉快そうに眺めていたが、やがて、


「志邑咲桜はエンペロイドを手に入れようとしていたのは間違いない──あるいは彼女は我々よりもその正体に接近していたかも。そして……返り討ちにされた。そうとも考えられる」

「つまり──咲桜は統和機構を飛び越えて、直にその得体の知れないのと戦ったってことですか?」

「全部、仮定の話だけどね──仮説ばっかりよ」


 フェイはどこか投げやりに言った。


    *


 志邑咲桜がしつそうしても、NPスクールでは当初の予定通りに〈アンプラグド狩り〉と呼ばれる校外カリキュラムを実施することになった。

 それは統和機構にとっては一石二鳥の行動──すなわち、特殊な才能を持つ者たちを危険なMPLSとして排除するのと同時に、それを制御可能な少年少女たちにやらせることで味方に引き入れるというものである。

 NPスクールに入塾している少年たちは統和機構によって能力をみいされた者たちだが、その大半は秘かに世界中にばらまかれている薬物に反応して能力が生成されたものとされている。その結果として特別な存在になったという因果関係──身元保証がある。ただしそれは、今は、というものだ。

 だから能力があるとしか思えないが、しかしそれが何に由来しているのか、まだわからない者たちのことを、便宜上〈アンプラグド〉と呼んで区別している。

 成功例は少ない。九割以上の者たちは、他の能力とそうぐうしてショックを受けた結果、能力が消えてしまう──それもまた、統和機構の目的にはかなっている。


「アンプラグドに、それと気づかれないで接近し、その能力を見極める──ってのが今回の、私たちに与えられた課題か……」