螺旋のエンペロイダー Spin1.
turn 2."Hunting Unplugged" 第二旋回『アンプラグド狩り』 ②
風洞楓はぶつぶつ言いながら、ビルの屋上から夕焼けの街並みを見おろしている。
スクールの生徒たちも、ほぼ皆がかつてはアンプラグドだった。そして〝狩られ〟た結果として、スクールに入ることを選んだのである。もっとも他の、同種の部隊に見出されたのであって、NPスクールの生徒に直接〝狩られ〟た者はまだいない。
「そいつ、どんな能力を持っていると思う?」
楓が横にいる、同じ班に回された少年に話しかける。しかし眼鏡をかけている彼は、なんとも曖昧な表情のまま、
「どうでもいいんじゃないかな」
とぼんやりとした口調で言った。
「あのね、才牙くん──真面目にやってよ!」
楓は
少年──才牙虚宇介はとくに踏ん張ることもせず、そのまま前に転んだ。くるり、と前転して、何事もなかったかのように再び立つ。
それから振り向いて、
「真面目に、どうでもいいって言ってるんだよ。僕は──だって能力なんて人それぞれなんだから、それを事前に予測したって、どうせ外れるんだから」
と言うが、視線はどこか宙をさまよっていて、楓とは視線が合わない。
「先に決めつけるのは良くない。どんなことでもね──違うかい?」
抜けた声で、どこか偉そうに言われて、楓はあからさまに嫌な顔をした。
2.
彼女が自分には(特殊な能力があるのでは)と気づいたのは三ヶ月ほど前のことだった。
(私のイメージには力がある……私は選ばれた存在なのよ)
その能力を使って、最初の頃は金を
それ以来は、対外的にはむしろおとなしい感じになった。外から見たら、少しだけ不良になった娘が、すぐに真っ当に戻った、という程度の話でしかないが、しかし心の内部としては違う。
(私には覚悟ができた──何者にも負けないという決意が)
彼女の中で
「あれ、なんか
そう声を掛けてきたのは、ウエイターの制服を着た同級生の男子だ。彼女は今、喫茶店の客として、ボックス席でひとりカフェラテを飲んでいる。
「別に。いつもの通りよ」
「そーかな。なーんか楽しそうに見えるけどなー。いつもよりも
「レバくんは誰にでもそんなこと言ってるんでしょ? こないだ
「あははー。まー、可愛い子なら誰でもいいっちゃー、いいんだけどねー」
バイト中だというのに、レバくんという
「みのりちゃん、なに、男に振られたりしたの? 最近急に髪染めて可愛くなったと思ったら、また真面目っぽくなったし。そういうのって彼氏の影響じゃないの?」
「かもね」
「それってさ、やっぱりナンパなん? どういう風に声かけられたの?」
興味津々、という感じで訊いてくる。底の浅い俗物で、当然みのりはこいつのことは嫌いである。
しかし今は、特に我慢するでもなく、こいつの話を聞いているフリをしている。
クラスメートと仲良く話している女子高生、という印象を与えたいからだ。
そう──遠くから彼女のことを監視している統和機構の連中を油断させるために。
*
「男と話してんな……」
「でも微妙な表情だ。彼氏とかじゃねー感じだな」
「あんたに、そんな恋愛絡みのことがわかんの? がさつでタレ目の癖に」
隣にいる室井梢が言った。彼女は視力が常人離れしているので、裸眼で観察している。
「タレ目は関係ねーだろ……」
ぼやきつつも迅八郎は眼を離さない。
「でも最近はおとなしくなったって言うから、もう能力は消えてるのかも知れないな」
「だとしても、とりあえず身柄は確保しなきゃなんないんでしょ? 楽しようとしてんじゃないわよ」
「してねーよ──しかし落ち着いてんな。高校生っていうより、大人みたいだ」
「なに?
「んなこと思ってねーよ──そうじゃなくて、とつぜん能力が
「……ふうん。まあ、それはそうかも」
梢は唇を尖らせ、少し考えてから、
「じゃあ、試してみる?」
と言って、にやりとする。
「私の〈アロガンス・アロー〉であたりを付けてみるわ」
「焦るなよ。実行命令が出てからだ」
「ほんの小手調べよ──」
彼女は指を、ぱちん、と鳴らした。すると監視している喫茶店の内部照明が全部、一斉に切れた。
停電だ。梢の〈アロガンス・アロー〉は静電気を
店員の男子がおろおろしているのが見える。しかし虹上みのりは──
「……笑ってる?」
迅八郎は、彼女の口元がかすかに上がっているのを確かに見たと感じた。それは待っていた順番が回ってきたときの笑みのように感じた。
(まさか、あいつは──)
と彼が思ったところで、彼ら全員に支給されている通信機のランプが、ちかちかっ、と
「作戦開始よ──晶子が始めるわ。続くわよ」
梢が監視場所から身を乗り出した。迅八郎は慌てて、
「待て──もしかして、あの標的は──」
と呼び止めようとしたが、そのときには〈アンプラグド狩り〉は開始されてしまっていた。
*
喫茶店の店内が急に真っ暗になったのが外から確認できた。それは停電というレベルではなく、
「ああ、晶子の〈クエーサースフィア〉だわ。おっ始めたようね」
風洞楓はうなずいた。
「標的、こっちの方に逃げてきてくんないかな。そしたら私の〈ウインド・チャイム〉の見せ場なのに」
彼女がそう呟くと、後ろの才牙虚宇介が、
「戦いたいのかい?」
と訊いてきた。楓は、ふん、と鼻を鳴らして、
「あんたはいいわよね。この前のデミタクティクスで良いトコ見せられたから。でも私は最近ぱっとしないのよ。今回も、こんな風に後方に回されちゃったし」
不満そうに文句を言う。これに虚宇介は、
「しかし危険は少ないだろう。そのメリットには目をつぶるのかな」
とさらに訊いてくる。楓は眉をひそめて、
「なにそれ?」
と相手を睨みつけた。虚宇介は意に介さず、
「危ないことはしたくない、怖いことには近寄りたくない、っていうのは生物の本能だろう? なんでわざわざ危険な方に行きたがるんだい」
と真顔で言った。楓は訝しげな表情になり、
「なにフツーのこと言ってんのよ、あんたは」
「普通じゃ悪いかな」
「いや、私たちはそもそもがフツーじゃねーから。特別な存在だから。そんじょそこらの連中とは違うのよ」
「人間じゃない、って?」
「……嫌な言い方するわね」
「僕らは例外かな。浮いた存在であることは確かだろうけど、それは他の人たちが別の人と違うのと大して変わらないんじゃないかな。ひとりひとり、別々──そう感じないかい」
「感じないわよ。みんな似たり寄ったりじゃない。一般人たちは」
「同じようなものに
「つーか……あんたはどうなのよ。他のヤツと同じだと思ってんの? なんかさっきから全部他人事みたいに言ってるけどさあ」



