ビートのディシプリン SIDE1

第一話「拝命と復讐」 ③

 年頃の〝男の子〟なら顔を出しにくいそこに、しっかりと彼を呼びだした本人は何のおくれも感じない様子で、しっかりと真ん中あたりの席について、クレープをパクついていた。

 相手だって、彼と大差ないような外見なのだ。どうみても少年──ただし、こっちは東洋的な、目つきの鋭い顔つきをしていて、チャイナ服のような身体にフィットした服を着ている。そういう服が似合う。名前はリィまいさかというが、そっちの名前をビートは呼んだことがない。

 彼はビートに気がついて、


「よお、遅かったな」


 とクレープを持った手を上げてきた。


「どうも」


 ビートはしょうがないので、自分も適当なクレープを注文して、彼の所に行った。


「用はなんですか、フォルテッシモ」

「ああ、まあな──」


 リィ舞阪ことフォルテッシモはいわばビートの〝先輩〟にあたる。上の地位にあり、直接組んで仕事をしたことも何度かある。極めて優秀で、ただしかなりの気分屋で、何を考えているのか推し量れない人物である。


「おまえ、今は待機任務中だったよな? 社会に溶け込んで、怪しい奴をアテもなく搜している途中……要するに暇だろう?」

「あんまし暇でもないですけど──まあ、そうです。そんなトコです」

「ならよ、ちと仕事を振りたいんだがな」

「仕事? 新しい任務ですか」


 と訊いても、フォルテッシモはすぐには答えずに手にしたクレープを食べる。それはピーチコンボとかいう名前の奴で、何故だか知らないがフォルテッシモはこの軽食コーナーの、そのクレープが大好物なのである。


(ひとは見かけによらないというが──)


 この場合は、フォルテッシモの少年にしか見えない外見とはそれほど意外性がなく、しかしその〝正体〟から見ると奇妙という、二重の不思議さがある。

 能力で探ってみても、この男にいつも〝氷よりも冷たい平常心〟と、〝火のように熱い闘志〟の鼓動しか感じられないので、色々なことにわずらわされているこっちがみじめになる。


(──やれやれ)


 ビートはあきらめて、フォルテッシモが食べ終わるのを黙って待った。

 そしてクレープが彼の手の中から消えると、やっとフォルテッシモはビートの方を見て、


「おい」


 と言ってきた。やっと話かと思って「はい」とうなずくと、フォルテッシモは、


「それ、食べないのか?」


 とビートの手の中のクレープを指差した。

 ビートは少し無言だったが、やがて、


「よろしければ、どうぞ」


 と、彼自身は確かに食う気のなかったまつちやラズベリーというなんだかわからないクレープを差し出した。


「ありがとよ」



 フォルテッシモは三口くらいでそれをぺろりと平らげてしまった。


「なかなかいけるな──初めて食ったが。これからはこいつも頭に入れとこう」


 うんうん、と一人でうなずいているので、さすがにビートもイライラしてきた。


「あのですね、フォルテッシモ──」

「カーメン」


 いきなり言った。


「……は?」

「わかっているのはそれだけだ。〝カーメン〟……それを、これからおまえに探ってもらいたい」

「なんですかそれは?」


 ビートは面食らった。


「俺も知らない」

「……はあ?」

「俺も、それだけしか知らされないで任務に入ったからな──だが、ちと他に用ができてな。かまっていられなくなった。だからおまえに振ることにした」


 さらりと言ったので、一瞬ビートには相手の言ったことの意味がはっきりとはつかめなかった。だがすぐに気がつく。


「──ち、ちょっと待ってくれ。今、あんたなんて言った……?」


 ビートは混乱しないように、慎重に言葉を辿たどる。


「〝任務に入った〟のに〝他に用事ができた〟ので俺に〝振る〟……?」

「ああ」


 フォルテッシモは簡単にうなずいた。


「そ……そりゃつまり──」


 ビートは顔を真っ青にしながら震える声で言う。


「──に、任務放棄じゃないか! 第一級反逆行為だぜ!」


 言われてもフォルテッシモはニヤニヤしながら、


「声がでかい。周りに聞こえるぞ」


 と言うだけだ。

 あわてて口を閉じる。だが他に客はなく、店のカウンターでは暇な担当者があくびをしていた。


「──ど、どういうつもりだよ?」

「どうもこうもない。俺としては絶対に逃せないの手かがりを摑んだ──だからそっちを優先することにしたんだよ」

「な、なんだよそれ?」

くつじよくを晴らすチャンスだ。だがには隙がほとんどなく、抜け目なくてな──見つけられるかどうかわからん。本腰入れてかからないと無理だ。だから──任務どころじゃないのさ」


 言いつつ、フォルテッシモの眼がと不気味に輝いている。この〝先輩〟のこんな眼を、ビートは以前には見たことがなかった。まるで砂漠を三日もさすらっていた男がオアシスを見つけたときのような、乾きと飢えにギラついたような眼を──。


「何の冗談だよ? 〝最強〟のあんたがまさか、誰かに負けたことがあるとでも言うのか?」

「ビートよ──世界ってヤツは結構、底が知れねーもんだぜ」


 フォルテッシモは肩をすくめながら、やれやれと首を振った。


「で、でも──それで俺に〝振る〟って──じ、じゃあ俺もあんたの反逆行為の巻き添えになっちまうじゃねーか!」

「まあ、そうだな──ただし、おまえが任務を達成できれば別だ。これは共同作戦ということになって、無事にコトは済む。俺としても、別に好んで波風を立てようって気はないしな」


 それは絶対にうそだ、とビートは思った。この男は無敵の強さ故に人生に退屈しており、むしろトラブルを歓迎しているふしがあるのだ。今回のだって、面白がっているに違いないのである。

 ──しかし、そんなことは口に出せない。フォルテッシモの怒りを買って、簡単に殺されてしまったヤツは数知れないという。

 しかし、それでもひとつだけ訊いておいた方がいいことがある。


「……なんで、俺なんだ?」


 それがわからない。


「ああ──」


 フォルテッシモはゆったりとした笑みを顔に浮かべた。


「それはだな──おまえには見込みがあるからだよ」

「はあ? なんのことですか?」

「なあピート・ビートよ、おまえは一度も俺の前で〝本気〟の能力を見せたことがないだろう」


 ぎくり、とした。ほしだったからだ。


「……なんのことですか、そりゃ? 俺の能力はあんたも知ってるよーに〝NSU〟のひとつきりで──」

「それはそうだろうが……おまえはそれの、本当の使い方を隠している。おそらくは統和機構にも、な。いやいや、別にそれを責めているんじゃあない──逆だ。だからこそ、俺はおまえを見込んでいる」

「…………」

「おまえはひょっとすると……いずれは〝俺の相手〟になれるかも知れないと見ている。俺の戦闘能力に匹敵するだけの力を──今はまだ未熟だが──成長して、獲得してくれるのではないか、とにらんでいるんだよ。だから──なのさ、ピート・ビート」


 フォルテッシモの口元はニヤニヤしているが、その眼光だけはまるでやいばのように鋭く、遠慮なく、ビートの顔面に突き刺さってくるようだった。


「……買いかぶりですよ、そいつは」


 弱々しい声で言ったが、フォルテッシモはこれに反応せず、


「──もうひとり、それができそうな奴がいたが……あいつは行方ゆくえ知れずだ。とりあえず今、統和機構にいる奴ではおまえがもっともその見込みがある」


 と淡々と言うだけだった。


「だから……おまえには試練をくれてやる。こいつを乗り越えて、さらに強くなることを期待しているぞ」


 言いながら、視線が一瞬たりとも外れず、ビートの方もらすことができない。


「……断ったら?」

「今ここで、おまえは死ぬことになるな。まだ俺とやり合える強さは持っていないだろう」


 すごくあっさりと言うので、言われている本人以外にはこれが〝脅迫〟だとは誰にも思えないだろう。

 しかもそれが、掛け値無しの本気である、ということも。


「……選択の余地無し、ですか」


 引き受ける以外に道はなかった。ビートも命は惜しい。