青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏
第一話『タイムリープ』 ①
1
バタバタ……ドタン!
全身に走る衝撃とともに、目が覚めた。
「つつつつ……」
背中に広がる鈍い痛み。
右手で腰をさすりながら目を開くと、ぼんやりと浮かび上がってくる視界には見覚えのない白い天井が映し出されていた。
「どこだ、ここ……?」
いや、まったく見覚えがないわけじゃない。
この天井自体は見たことがある。
それも一度や二度じゃなく、数え切れないほどたくさん……
ただ、それがどこであったのかがすぐには出てこない。
そもそも俺は何をしてるんだ……?
おぼつかない記憶を手繰り寄せる。
すると少しずつシーンの
「……車に
耳をつんざくようなブレーキ音、タイヤの焦げるイヤな匂い、全身を引き裂くような痛み。
その時の感覚がリアルによみがえる。
あれは確かにあったことのはずだ。
だとしたらここは病院……? いやそれも何か違うような……
それにしては周りにあるものが生活感にあふれすぎている。
その辺に適当に投げ捨てられたゲームのコントローラーとか、途中まで読みかけて放置されたアニメ雑誌とか、無造作に丸められた紙クズとかは、普通は病院にはないだろう。
辺りを見回しながら現状を把握しようとする。
その時だった。
「ちょっと、うるさいんだけど、お兄ちゃん!」
「朝からなにばたばた騒いでんの? 相撲? 落ち着いてご飯も食べてられないって」
「……」
「ていうか早く起きてこいって、お母さん言ってたよ。いつまで
「……」
「え、な、なに? ジロジロ見られるとキモいんですけど……」
「おまえ、
「? はぁ、なに言ってんの。あたしが他のだれに見えるの? 頭だいじょうぶ?」
本気で
紛れもない──俺の妹だ。
だけど一歳年下の妹は今年で二十五歳になるはずだし、そもそも高校卒業時に家を出てから別々に暮らしているはずである。
どうしてその妹が当たり前の顔をしてここにいるんだ……?
「何で
状況がまったくもってわからずに混乱していると、妹は
「まだ寝ぼけてんの? ったく、かわいい妹がわざわざ部屋まで起こしにきてあげたっていうのに。だいたいなに急に『俺』とか言い出しちゃってんのよ? お兄ちゃんはずっと『僕』とかだったじゃん」
「部屋……?」
「はぁ? だからここはお兄ちゃんの部屋でしょうが」
その言葉にようやく気づく。
そうだ、ここは実家だ。
実家の……自分の部屋だ。
家を出て以来目にするのなんてほぼ七年ぶりだったため、すぐにはそうだと認識できなかった。
だけどこれはどういうことなんだ? 事故に遭って意識を失ってそのまま実家に運び込まれたとか、そういうことなのか……?
何か違和感があった。
自分の中の直感というか、第六感のようなものが、今のこの状況がそんな簡単なものではないと告げていた。
だいたい……どうして妹はこんな制服を着ているんだ?
明らかに学生のものと思われる制服。妹にコスプレ趣味はなかったはずだし、コンカフェだとかそういう店で働いていたことも俺の知る限りないはずだ。
それに何よりも。
「だから、さっきからなんなの? じっと見て、怖いんだけど……」
妹の姿は……今年二十五歳とは思えないほど、幼かった。
そう、まるで中学生にでも戻ったかのように。
「……」
一つの可能性を頭に抱きながらベッドから立つ。
そんなことはあり得ないだろうと思いつつも、どうしても確かめざるを得なかった。
そのまま向かった先は、部屋の隅に置いてあるスタンド付きの鏡。
確か中学入学時に近所の百円ショップで買った、どこにでもある安っぽい代物だ。
その隣にあった絵の具とスケッチブックに一瞬胸がズキリと痛むも……今はそれはどうでもいい。
ゴクリと息を
するとそこに映っていたのは……
「……ウソだろ……」
どこからどう見ても中学生にしか見えない……あの頃の、十四歳の自分の姿だった。
2
たとえばこれは、俺が見ている夢なのかもしれない。
車に
言ってみれば走馬灯のよりリアルなもの。
だけど自分で頰を
だとしたら、これはそういったものではないのかもしれない。
夢や走馬灯などではなくて、俺自身が中学生に戻ってしまっているのだとしたら……
そういった現象のことを、聞いたことがあった。
──タイムリープ。
そんな単語が頭に浮かぶ。
確か……自分自身の意識だけが時間を移動して、過去や未来の自分の
つい先日撮影をしたドラマがまさにそれをテーマにしていたことから、よく覚えていた。
「え、いや、ホントに……?」
だけどそんなことが本当にあり得るのか。
精神だけが時間を遡るなんて、そんなファンタジーなことが実際に起こるなんて……
やはり事故に遭ったまま意識が戻らずにずっと白昼夢の中にいるか、あるいは中学生の自分が精神だけ二十五歳になった妄想を見ているとでも思った方がよっぽど納得できる。
「……」
いくら考えても答えは出ない。
いや、答えが出る時には、走馬灯は終わり、俺は死ぬのかもしれないけれど。
「……あのさ、さっきからなんかぶつぶつ言ってて怖いんだけど」
「悪い、ちょっと黙ってくれ。考えがまとまらない」
「はあ……? まあ別にいいけどさ、でも早くしないと遅刻するよ?」
「遅刻……?」
「だから、さっきから言ってんじゃん。早く起きてこいってお母さんが言ってるって」
そうだった。
詳しい状況はわからないままだけれど、今の俺は中学生だ。そして中学生ということは学校に行かなければならないということである。
よくわからないが、そこにはなぜか使命感のようなものがあった。
それは学生時代に脳の奥底に刷り込まれた本能のようなものかもしれない。
ただ……だとしたら何よりもまず、やらなければならないことがあった。
鏡で中学生の自分の姿を見た瞬間から、気になって仕方がないことがあった。
それは……
「……いや、この救いようのない見た目はやばいって」
それだった。
いや、中学時代の自分がイケていなかったことはよーく覚えている。
コミュ障で、オタクで、スポーツが苦手で絵ばかり描いていて、その割に勉強ができたわけでもなく、ろくに友だちもおらず、休み時間はトイレに行っているか、机に突っ伏して寝たフリをして時間が過ぎるのをただ待っているような陰キャの典型だったはずだ。……いや自分で言っていて少し泣きたくなってきたけれど。
だけどそれにしても……これはないんじゃないか。
思わず自分で突っこんでしまう。
目にかかるほどの長さで重く切りそろえられた前髪、というか全体的に伸ばしっぱなしで何の手入れもしていない適当な髪、よくわからないアニメキャラがプリントされたTシャツ、アイロンもかかっていないヨレヨレのズボン。



