青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏
第一話『タイムリープ』 ③
というわけで、まずは──相手をよく見る。
どういう外見で、どういう性格か。何が好きで何が嫌いか、情報はそこかしこにたくさん転がっている。
相手をよく観察して、対処法を考えるのは、実は悪いことじゃない。
相手によって対応を変えるのは八方美人などと思われがちだけれど、人それぞれ十人十色なわけだし、その相手に合った分析をして相手がしてほしいことを読み取るのは、立派なコミュニケーション能力の一つだ。
そのことを、俺は、デビュー前にコミュ力の訓練のために通ったホストクラブで、そしてデビュー後のドラマやバラエティの現場で、イヤというほどたたき込まれていた。
おかげで今は、観察眼には少しばかり自信はある。
それを踏まえて……改めて目の前の女子を見る。
よく手入れのされた明るい色の髪、ばっちりきめられたメイク、いい感じに着崩された制服。
さっきから話しかけてくる距離もやたらと近い。
見ての通りの、陽キャの典型みたいな一軍女子だ。
だとしたら、この場で一番適切な対応は……
「ええと、大丈夫? 朝からこんなことになって大変だったんじゃないか?」
フランクな態度で、俺は女子に声を返した。
「あーね、マジ困ってたんだよね。これじゃ歩けないし、友だちもぜんぜん通りかからないし……」
「一人じゃどうにもならないもんな。わかった。とりあえず肩につかまって。片足で立ったままなのも大変だろうから」
「あ、うん。さんきゅー」
一歩近づいて、女子を肩につかまらせる。
距離がわずかに近づき、ウェーブのかかった明るい色の髪から甘い匂いがふわりと辺りに漂う。
よし、この対応で間違いないはずだ。
「それでこのかかとだけど……うん、これくらいなら直せると思う」
「え、マジで?」
「たぶん」
パッと見た感じでは、何とかなりそうだった。
新人時代に先輩タレントのヒールのかかとを直すことなどもよくあったので、それをローファーにも応用することができるはずだ。
「完全には壊れてないみたいだから、かかとさえくっつけばきっと……」
カバンの中から持っていた
その際も、フラットな態度を崩さない。
こういった常日頃から周りに人が絶えなくて人気があってコミュ力のあるタイプは、自分と対等に接してくれる相手に親近感を覚えるはずだ。
「どう、直りそ?」
「ん、いけると思う」
「へぇ、
俺の手元に
柔らかな重みが少しだけ背中にかかり、漂う香りとともに、首の横から女子の顔がひょいと
だけどそれがよくなかった。
重心を前にかけすぎたのか、その拍子に女子はぐらりとバランスを崩してしまった。
「あ……きゃっ!」
「……っと」
危うく転倒しかけたところで、抱きとめるようなかたちで女子の
見た目よりもだいぶ軽くて少し驚く。読者モデルをやっているとのことだったから、ダイエットでもしているのかもしれない。
「大丈夫か?」
「え、あ、う、うん……」
「あんまり身を乗り出すと危ないから、ちゃんとつかまってて」
「……そ、そうする」
微妙に顔を
それを横目に、作業を再開する。
「ん、こことここに
手で動かしてみてかかとがちゃんとくっついているのを確認する。ひとまず学校に到着するまでなら問題がないくらいの状態にはなっていた。
「え、もうできたの? わ、ほんとだ、直ってるじゃん! すごいすごい、マジありがと!」
女子が満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
「ただあくまで応急処置だから、放課後にでもちゃんと靴屋に行って直してもらった方がいいと思う」
「うん、わかった! 行く行く」
「ん、それじゃあ」
女子が靴を履くのを確認してその場を離れようとして。
「あ、ちょ、ちょっと……!」
「?」
「あ、その、名前くらい……」
「俺?
「そ、そっか。あたしは
そう手を振って、女子は走り去っていった。
いやだから、直したてだから走ると危ないのに……
注意しようと思ったけれど、女子はあっという間に声の届かないところまで行ってしまっていた。
まあ、こればかりは
「……ふう」
とはいえ、一息つく。
ミッションコンプリート。対応に問題はなかったはずだ。
ひとまずこれで、少なくともあの女子から嫌われたということはないと思う。
ということは……黒歴史が一つ、消えたかもしれない。
そう考えると、少しだけ心が軽くなった。
「……」
ふと思う。
あの時もこうしてちゃんと他人と向き合うことができていれば、少しはその後の中学生活も変わっていたのだろうか。
……いや、そんなことはないか。
結局のところ、そんなものは小さな問題に過ぎない。
俺の中学時代を決定的に思い出したくないものにして、その後の人生に致命的な影響を及ぼした、あの出来事がある限りは……
「……」
もしもこれが本当に十年前の中学時代なのだとすれば、いずれその全てを変えてしまうこととなるあの出来事とも向き合わなければならなくなるのかもしれない。
それも、そう遠くないうちに。
だとしたら、その時、俺は……
「……行こう」
湧き上がる予感を振り払うかのように頭を振って。
中学へと足を向けたのだった。
4
学校というのは、不思議な空間だと思う。
特徴的な校舎の造り、漂うコンクリートの匂い、リノリウムが鳴る廊下の音。
あまりにも
ロクな思い出がない中学生活だったけれど、それでもこの校舎の風景には郷愁を呼び起こす独特の空気があった。
「ええと、確か教室は……」
二年一組だったはずだ。
昇降口で上履きに履き替えて廊下を歩き出す。
二階の一番奥まった場所。
俺にとってはおよそ十年ぶりになる……中学校の教室。
「だからさー、やっぱあそこでちゃんと言っとくべきだったんだって」
「あ、わかるわかる。あれはないわー」
「ねえねえ、今日の数学って
教室の雰囲気は、ごくごく普通だった。
大部分のクラスメイトたちは
(ああ、こんな感じだったっけ……)
あの時は、この空気に溶けこみたくて必死だった。
だけどどうすればそれができるのか当時はどうしてもわからなかった上に、そんな自分を認めたくもなくて、結局最後まで輪の外にいることしかできなかったのだ。
目の前の光景に少しの胸の痛みと憧憬を覚えつつ、自分の机の位置を思い出しながらクラスメイトたちの間をすり抜けていく。
と、その時だった。
「……ん?」
最初に気づいたのは、机の上で足を組みながら楽しげに話をしていた女子だった。
机の横を通り過ぎた俺を見るなり、首を大きく傾けながら声を上げた。
「ん? んんん……? きみ、だれ?」
「え?」
「見ない顔だけど、だれ? 転校生?」



