青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏

第一話『タイムリープ』 ④

「いや、俺は」

「あれ? でもどっかで見たことあるんだよね。目に見覚えがあるっていうか……」

「……」

「……って、もしかしてふじ!?」


 一分ほど熟考した後に張り上げられたその声は、騒がしかった教室中に一気に響き渡った。


「え、なになに! どうしたの! なんで急にそんなイケメンになってんの!? びっくりなんだけど!」

「あ、それは」

「ていうかマジですごいね! ほとんど別人じゃん! や、もともと素材はいいっていうのは前から知ってたけど、ここまで変わるものなんだー!」


 放された犬のような勢いで畳みかけてくるため口を挟むことができない。

 思い出した。この女子の名前は、えきひろ

 見た目こそそこまでハデではないものの、気づけばいつもクラスの中心で笑っているような明るい陽キャで、こういう食いつきのいいタイプだったのだ。


「ん、なに? なに騒いでるの?」

ふじがどうかしたん?」

「ていうかそっちの男子、だれ? ひろの知り合い?」


 その声につられて、他のクラスメイトたちも集まってきた。

 俺を見ると、そろって声を上げる。


「え、その子、ふじくんなの? うそ!」

「ぜんぜん別人じゃね? 言われなきゃ絶対わかんないんだけど……」

「え、マジで!?」


 あっという間に人だかりができる。

 その好奇の視線に、若干の居心地の悪さを覚えた。

 やっぱりどうにも耐えられなかったとはいえ、急にここまで外見を変えたのはまずかった、のか……?

 昨日まで陰キャだったやつが急に見た目を意識して調子に乗り出しことに、からかいやの声が飛んでくるかもしれない。

 そう思い身構えていたのだけれど……


「わー、思い切ってイメチェンしたねー。でもこっちの方がいいよ!」

「すげぇいいじゃん! もっと早くやってればよかったのに」

「え……?」

「うん、普通にいい感じじゃん。似合ってる」

「その前髪ってどうしてんの? ワックス?」

「え、こんないいもの持ってたのに、何で昨日まで何もしてなかったの? もったいないー」


 返ってきたのは、そんな肯定の言葉だった。

 それらのリアクションにマイナスなものは一切なく、普通に友好的な響きしかない。


「……」


 というか……このクラスって、こんなにフレンドリーだったのか……?

 あの時はいつだって一人で、クラスメイトたちとは何一つ共有できるものなんてないように思えて、とても打ち解けることなんてできないと思っていた。

 周りが全部、異星人みたいだと思っていた。

 だけどそれは自分が心を閉ざしていただけで、実際のところは一度目もこんな風に開かれた空気だったのだとしたら……


「てかふじ、そういうのに興味あるんなら、今度いっしょに服でも買いに行かね?」

「え、あ、ああ」

「よく見るとふじくん、お肌もきれいだねー。何かやってるの?」

「あ、うん、化粧水はいちおう使ってるかな」

「えー、どこのどこの? 教えてよー」

「ていうかふじくん、こんなに話しやすかったんだね」

「うんうん、休み時間とかいつも寝てたから、あんまり話すのが好きじゃない人なのかと思ってた」

「そういうことならもっとからんでこうぜ」


 口々にかけられるそんな言葉。

 目の前に少しだけ光がしこんだような気がした。

 もしかしたら何かを変えることができるかもしれない。

 今のこの状況が夢であれ、走馬灯であれ、タイムリープであれ。

 一度目とは違った何かを……ここで見つけることができるかもしれない。

 そんな僅かな期待が胸の奥で頭をもたげる。

 だけど。

 そんな小さな希望も……次の瞬間、どこかに吹き飛んだ。

 教卓の上に置かれた白い花瓶。

 そこに生けられた……向日葵ひまわりの鮮やかな黄色を目にして。


「ん、どしたの?」

「……あの……花……」


 絞り出すように声を出すと、えきさんがこう口にした。


「? ああ、やってくれてるやつでしょ?」


「……っ……」


 全身が固まったような気がした。

 夏なのに、まるで身体からだ中の血液が全て凍りついたような感覚さえした。


「あれ、そういえば今日はまだみやさんは来てないの?」

「そうなんじゃない? 花、昨日のままだし」

「あれって毎朝みやさんが替えてくれてるんだよねー。マジすごいって」

「尊敬するー」


 クラスメイトたちの声さえ、もうほとんど耳に入ってこない。

 胸の奥から、記憶の痛みからあふれ出る感情を、抑えることができなかった。


「……!」

「? あれ、ちょ、どこ行くのふじ? もうホームルーム始まるよー!」


 ほとんど反射的に、俺は走り出していた。



 5


 彼女がいつもいたあの場所のことは、今でもハッキリと覚えている。

 教室ではいつも周囲とにこやかに楽しげに話していたにもかかわらず、休み時間になるとふらりとどこかに消えてしまっていた彼女が、学校での時間の大半を過ごしていた場所。

 箱で外履きに履き替えて、校舎の外へと向かう。

 七月の強い日差しが肌に刺さる。

 汗が流れて、整えた前髪が崩れて額に張り付く。

 だけどそんなものは気にせずに走った。

 そこに彼女がいるという、高揚感とも不安感とも言いがたい感情があふれてきて……抑えられなかった。


「ハア……ハア……」


 肩で息をしながら、やがてたどり着いた場所。

 飛びこんできたのは、黄色だった。

 一面に広がる、黄の洪水。

 目の前には何本何十本もの向日葵ひまわりが、まるで絵の中の光景のように広がっている。


 その真ん中に……彼女はいた。


「あ……」


 向日葵ひまわりの黄色に映える色素の薄い髪。

 夏の日差しの下にあってなお陶磁器のように白い肌。

 吸いこまれていきそうなはく色の瞳。

 記憶の中にあるのと……何もかも寸分たがわない姿で。


「……みや……?」


 一歩踏み出す。

 カラカラに渇いた喉の奥から絞り出すように、その名前を声に出す。

 俺の声に気づいたのか、彼女はゆっくりと振り返った。

 こちらを見て何度か目をしばたたかせると。

 彼女はちょこんと首を傾けて、こう口にした。


「──ふじくん?」