30ページでループする。そして君を死の運命から救う。

序章 ⑦

 商店街とりんせつしている寺院「おおかんのん」ではけいだいにイベント会場が特設され、世界コスプレサミットや人気インディーズバンドのライブなどイベントがじろ押し。名古屋各地から人が集い、開催期間二日間における総来場者数は数十万規模でおおにぎわいとなる。

 実際、せんきやくばんらいだった。アーケードにるされたあか提灯ちようちんの列の下、ドドンッ! ドドンッ! とたいの小気味よい打音が響き、ろうにやくなんによ幅広く来場者が行き交っていた。

 そんなおおの地に立ち、俺はひとつの予感を抱いていた。

 ──〝あの子〟も夏祭りだからおおに訪れているんじゃないか。

 もし古着屋がおおのどこかで〝あの子〟を見かけて連絡をくれたのだとしたら、いま〝あの子〟は夏祭りのどんちゃん騒ぎの中にいる。

 おおにいるなら、きっと会える。

 古着屋のもとへ急ぎながらも〝あの子〟と行き違うのが嫌で視線をあちこちに向ける。カフェへ続く階段、カキ氷の順番待ちしている列、すれ違った女子高生グループ……。

 どこかに、この祭りのどこかに〝あの子〟が。

 希望的予感が強くなっていく。歩速を上げる。有力情報へと気持ちがく。もはや駆け足になっている。会える。会える。きっともうすぐ会える──そうたかぶっていたときだった。

 突然、地鳴りのような音がを打った。

 最初はなにかのイベントでもはじまったのかと思った。でも物々しいとどろきに違和感を覚えた。

 なんだろう? 気になって振り返ると音の正体が判明した。群衆の足音だ。特設イベント会場方面からドドドドドッと大挙して逃げ押し寄せてきた。

 え、と俺は戸惑って棒立ちになった。その一瞬で──

 アーケードは混乱の人波にまれた。

 狼狽うろたえた。視界に迫ったおびただしい人頭に。一体なにが、そんな声を発しようとしてドンッと肩をぶつけられる。ドンッ! ドンッ! ドンッ! 衝突が連続して体勢が崩れる。あっという間に人波におぼれる。待てよなんだこの状況は。慌てて左右に首を振る。つまずく人がいた。倒される人がいた。逃げ惑う人々は我先にと血相を変えていた。押し合いへし合い。落ち着いてくださいッ! 冷静さをうながすような叫び。夏祭り運営スタッフだ。人波に割って入り手をメガホンにしてうつたえる。だが混乱をしゆうしゆうできない。カシャン。電子的なシャッター音が耳にまぎれ込む。今度はなんだとそちらを見る。そうぜんとなる光景をこうな目を浮かべて携帯カメラで撮っている数人。戸惑った。なにのんに撮ってんだ?

 ──なんだこれ、なんなんだこの状況……一体なにが起きている!?

 明るい夏祭りが一瞬にしてひっくり返されたようなそうらん。怒号や悲鳴が飛び交い、それをわきごとのように楽しむ者までいて、ひどく入り乱れた光景の中、突如だれかが叫んだ。

 じゆうだ! 銃で撃たれたやつがいる! 特設イベント会場でッ!

 ざわり、と胸騒ぎに襲われた。

 ──銃? 撃たれた? なんだよ撃たれたって。一体だれが撃たれて……。

 しゆんかんだった。〝あの子〟がおおにいるという希望的予感が、一気に最悪な予感へとぎやくれした。

 ──まさか撃たれたのって……いや、いやいやいや、なに馬鹿なこと考えてんだ。さすがにないだろ。こんな大勢の来場者がいる中で、万にひとつの、ごくごくわずかな、そんな可能性が起きるなんてことは。

 詳細を知りたかった。だが混乱する人々が口々に騒いで情報がさくそうしている。なにが正しくなにが間違っているのか判断がつかない。

 一体どうなってるんだ? 夏祭りの日に白昼堂々銃撃なんてなにかの冗談だろ? そんな悪夢のような事件が起きるわけ……。

 悪夢。そうだ、この嫌な感じ、あのときとこくしている。へいおんな日常が一瞬で反転してきようかんの地獄と化した『六・一三の悪夢』と。すべてを燃やし尽くそうとする激しいほのお、呼吸もままならないほどじゆうまんしたこくえん、焼け焦げて異臭をただよわせるしかばねの山──

 いてもたってもいられなかった。次の瞬間には路面を蹴り上げはじけていた。逃げ惑う人々の流れに逆らい全力しつそうする。

 肩がぶつかっても前を向き。

 靴を踏まれてつまずいても立ち上がり。

 みくちゃにされながらもけるように前進して。

 ハッ、ハッ、と息を切らして一心不乱にアーケードを駆け抜けると、靴底がざりっとじやを踏み鳴らす。おもてを上げれば無数の人頭で埋まっていた視界が開け、うわさの事件現場が広がった。

 おおかんのん。鮮やかなしゆりのそうごんたる本堂に、いくつも掲げられた「しようかんおんさつ」ののぼりがはためき、けいだいではイベントステージが特設されている。確かいまの時間帯はそのステージで『しようじよげきだん』とかいうガールズロックバンドがライブをしているはずだが……。

 けいだいかんさんとしていた。銃撃が逃走の号砲となり観客が一斉に逃げ去った、そんな跡のようにむなしくすなぼこりが舞い、バンド演奏の代わりに救急車のけたたましいサイレンが鳴り響いていた。

 まさかと思っていた銃撃事件が真実味を帯びていく。

 本能がけいしようを鳴らす。これ以上目線を上げればヤバい光景を目撃することになるぞと。

 だが真相を知らなければという使命感で恐怖を押し潰す。油を差し忘れた機械みたいな首をギチギチと動かし、けいだいおくにあるイベントステージへ目線を上げていく。

 どうか撃たれた人が無事でありますように。

 どうか撃たれた人が〝あの子〟ではありませんように。

 どうか悪い夢ならいますぐめますように。

 そんな祈りは──しかし届かなかった。

 真っ先に瞳が捉えたのはステージ上で細く伸びる一筋の血だった。白のイベントステージと対照的な赤黒い血は嫌でも鮮烈に映り、悲鳴を上げそうになる口をなんとか手で押さえた。

 恐怖に唇を震わせながら血の線をたどっていくと、むごたらしいまりが広がり、そのまりの中に鈴飾りのかんざしが沈んでいるのを目撃した。

 ──かんざし?

 ぞうろつがぞわっとした。なぜ鈴飾りのかんざしがあんなところに? まさか、いやまさか、その鈴飾りってすいきんすずじゃないよな?

 あとほんの数ミリ目線を上げた先、さっきまでそのかんざしをしていたくりいろの髪の一〇代後半ぐらいの少女が銃弾に撃ち抜かれて倒れている、そんな万にひとつの、ごくごくわずかな可能性が起きているなんてこと、さすがにないよな?

 よせよ。

 そんなこと、頼むからよしてくれ。

 身を削る思いで〝あの子〟を捜して、ついに有力情報がつかめそうで、もうすぐ会えそうなところまで迫って、もし彼女が困っていることがあるなら今度は俺が助けようと思って、でも俺はいますくむだけでなにもできず、そもそもなにが起きたのかすら理解できず、たどり着いた頃にはすべてが遅きにしつして……。

 ──愛した〝あの子〟との再会が死体なんて、そんなふざけたことがあるかよ……!

 最悪な想定が現実の光景として着実にふちられていき、後は撃たれた被害者を視認すれば悲劇の画は完成する。

 震える。奥歯がわずカチカチ鳴る。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。見たくない。これ以上さんな現実を直視できない。目をつぶる。だがそれでは〝あの子〟が撃たれたかどうかわからない。歯を食いしばる。見ろ。まぶたをこじ開けろ。たとえ心が切りきざまれる光景がそこにあったとしても見ないとなにもはじまらない。見ろ見ろ見ろ見ろ見ろッ。

 撃たれたのは──


「えっ」


 撃たれた被害者を確認しようとして、俺は間抜けみたいな声をらした。

 突然だった。

 映画のカットが切り替わるような唐突さで。

 世界は照明が落ちた舞台空間のごとく暗転して。

 時が止まったみたく無音の静けさに包まれて。

 そして。

 ──眼前、〝謎の造形物〟が現れた。

 視界をおおうほどの巨大さ。見上げなければ全体を捉えられないほどのスケール感。ようだった。異様でもあった。謎の造形物のデザインはクラシカルな機械を複合的に組み合わせたアンティーク風の造形美術を思わせた。

 機械けの神、そんなこの世ならざる超然とした存在感。

 ──なんだ、これ……。

 あつに取られて絶句した。

 ただ、機械仕掛けの神と相対する構図は神聖な儀式の一場面のようで、まさにその一瞬で自分の人生が運命付けられるしんたくさずかった心地となった。


 ──戦ってみせよ。かつて救われた悲劇の遺児よ。