エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ④

 がデスクを思いきりたたくと、机の脇に置いてあったスマホが床に落ちる。

 は一瞬で冷静になり、慌てて床に落ちたスマホを手に取り時間を確認する。

 時刻は深夜十一時。

 階下の住人から反応がないか、ヘッドフォンを外して耳をすます。

 何も聞こえないことに胸をなで下ろすと、再び頭からヘッドフォンをかぶりディスプレイへと意識を戻す。

 画面に映っているのは、まだ生きている仲間の視点だ。

 このラウンドはもう自分は倒されてしまったから、次のラウンドになるまで操作はできない。

 すると突然、ヘッドフォンから罵声が聞こえてきた。


「……またか」


 は手慣れた手つきで設定画面を開き、味方のボイスチャットを全員ミュートにする。

 が『ヴェインストライク』を始めてしばらくつ。

 これまでの経験上、この空気になった時に勝ったためしは一度もない。

 しばらくプレイを続けたものの、予想通りラウンドを立て続けに取られ、試合にも負けた。

 がため息をつきながら時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。


「……もう一試合ぐらい、やってもいいかな」


 どうせ明日も重要な仕事はない。

 論文不正の事件があってから、会社でのは完全に腫れ物扱いとなっていた。

 研究部門からも異動となって、今は完全にまどぎわ社員だ。

 は『ランクマッチ』を開始し、ヴェインストライクの画面に集中した。

 ヴェインストライクは、現在世界で最もプレイヤー人口が多いeスポーツタイトルだ。

 数年前にリリースされて以来、プレイ人口を爆発的に伸ばし続け、今や世界の総プレイヤー数が三億人を超える。

 ヴェインストライクのオンライン対戦には、『ランクマッチ』と『アンレート』の二つのモードがある。ランクマッチはプレイヤーランクの変動があり、競技性の高いモード。アンレートはプレイヤーランクとは関係なく、カジュアルにプレイができる。

 が主にプレイするのはランクマッチで、今のランクは『プラチナ』だ。初心者ではないが、中級者の壁は越えられていないぐらい。

 ヴェインストライクでは、五人のプレイヤーがそれぞれ異なる役割をになうキャラクターを使用する。はサポート役のキャラクターを選択した。

 チームは攻撃サイドからスタートし、科学研究施設がテーマのマップで戦うことになった。マップは複雑にからみ合った実験室、保管室、研究者のオフィスが迷宮のように広がっている。ヴェインストライクの人気の一つに、作り込まれたマップと、背景にある重厚なストーリーがあった。

 サーバーに接続するとすぐに、女の子の声が聞こえてきた。


「おねがいします」


 声に少しノイズが乗っているのが気になるが、それよりも、女の子の名前に目がいった。

 女の子の名前は、

 女の子が挨拶する声に応じて、男の声が


「おねがいしまーす」


 と軽い調子で続いた。残りの二人のプレイヤーも男性で、似たように少しふざけた口調で挨拶をする。は少し嫌な予感を覚えつつ、


「おねがいします」


 と言ったが、その直後に一人の男性プレイヤーが言葉を発した。


「女の子二人もいるじゃん、ラッキー」


 試合が始まり、の嫌な予感はすぐに確信に変わった。

 三人の男性プレイヤーは、おそらく仲間だ。そして、プレイのレベルも非常に高い。

 というか、うますぎる。明らかに、ともう一人の女の子と同じランク帯ではなかった。

 ほぼ間違いなく、これはだ。

 スマーフとは、本来の実力よりも低いランクでプレイするために、低ランクのサブアカウントを使用する行為を指す。別名、『初心者狩り』。

 ヴェインストライクは人気ゲームであるが故に、このような迷惑行為も少なくない。アカウントは簡単に作り直せるため、一部のプレイヤーは何度も新しいアカウントを作成し、意図的に低ランクのプレイヤーを圧倒する。運営も対策に努めてはいるが、これを完全に防ぐことは難しい。

 ゲームが進むにつれて、男性たちがたちに頻繁に話しかけるようになった。


「ねえ、ランクいくつ?」

「声かわいいね」

「おい、無視すんなよ」


 と言葉が飛び交う。たちが無視すると、男性たちはゲームプレイを妨害し始めた。

 ヴェインストライクでは味方プレイヤーに直接攻撃はできない。

 そのため妨害できることは限られており、極論、自分で敵を全員倒せば試合には勝てる。

 ただ問題は、敵にも非常に強いプレイヤーがいることだ。もしかしたら、敵にもスマーフプレイヤーがいるかもしれない。最近、のランク帯にスマーフプレイヤーが特に多いという記事を見たが、まさか自分が遭遇するとは思っていなかった。

 試合が進むにつれ、男性たちも敵の強さに気づき始めた。すると、「おい、真面目にやれよ」とか「弱えんだよ」と、たちに罵声を浴びせるようになった。

 ──もう、この試合はダメだ。ミュートしてしまおうか。

 がそう思った時、前を歩く女の子の姿が目に入った。

 この子は最初からずっと、懸命に戦っている。きっと、真面目な子なんだろう。

 そう思った時、は自然と声を発していた。


「LINさん、右から五秒後に敵が来ると思う」


 から突然声をかけられたLINは、戸惑った声を出す。


「え……どうしてわかるんですか?」


 その直後、が言った通りに敵が現れる。


「あ、ごめんなさい……」


 女の子は応戦したものの、敵を倒すことはできず、逆に倒されてしまった。


「おいおい、なんか真面目にやりはじめたぞー」

「あはは、運が良かったのに弱すぎたねえ。ねえねえ、君ら年いくつ?」


 はもうその声を聞かないことにした。


 ヴェインストライクでは、先に十三ラウンド先取したチームが勝利となる。


「次は左側から回って進行しよう。ほとんど敵がいないと思う」

「う、うん」


 少女はの指示に従ってプレイしようとする。


「あ! ご、ごめんなさい」


 だが、実力差がありすぎた。の予想通り敵は少なかったが、流石さすがにガラ空きではない。少しばかり有利な状況を作っても、圧倒的実力差があるとそれも無意味だ。

 次々とラウンドを取られていって、とうとうマッチポイントになった。あと一ラウンド取られたらゲーム終了だ。が先ほどまでと同じように少女に呼びかける。


「次はさっきとは逆から来ると思う」


 先ほどまでは必ずあった、少女からの応答がこない。

 それどころか、キャラが動いていない。

 ……戦意を失ったか。

 少女の反応がなくなったのを見て、男たちがはやしたてる。


「おーい、諦めるにはまだ早いんじゃないのー」


 がミュートボタンを押しかけたその時、少女が動き出した。

 よかった、まだ諦めていない。

 ただ、その後ろ姿には違和感を覚えた。


「あれ、まだいたの? おーい、なんか言えよ」


 男たちは気づいていない。だが、にはわかった。さっきまでと、動きが違う。

 少女は、が敵の進行を予想したその方向に進んでいく。予想通り、敵のスキルが飛んできて、は倒されてしまう。は、LINの視点で試合を観戦することにした。

 直後、ログに敵プレイヤーが次々と倒れていく表示が出る。


「お? やるじゃん! まぐれまぐれ!」

「すごいねー!」


 男たちが騒ぐ一方で、LINのプレイを見ていたは言葉を失っていた。

 まぐれ?

 すごい?