エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ⑤

 今のプレイは、そんなものじゃない。

 その時、声が聞こえる。


「──?」


 さっきまでの声よりも、少し成熟した声だった。

 少しなつかしさを覚えるその声にが意識を取られていると、再び声が聞こえる。


「ねえ、YUIさんってば!」


 いつの間にか、次のラウンドが始まっていた。


「え、あ、ごめんなさい、何?」

「ほら、さっきまでどこから敵が来るか言ってたじゃん! あれ、私にも教えて!」

「……次は右から、少しタイミングをずらして来ると思う!」

「了解!」


 とLINが応じた。


 そこからの試合は圧倒的な展開になった。

 スマーフ軍団も上級者程度の腕前だが、LINのレベルはそれをはるかに超えていた。

 ヴェインストライクでは一瞬の撃ち合いが勝敗を分ける。そのため、反射速度と、と呼ばれる照準を正確に合わせる能力が非常に重要になる。LINはそのどちらもがプロレベル、いやトッププロの域にあった。


「……また、全員一タップワンタツプだ」


 の口から思わずそんな言葉がこぼれた。

 フルオートではなく1発ずつ撃つことを『タップ撃ち』と言う。一タップキルとはその初弾で相手を仕留めることで、一タップとも呼ばれる。静止している的ならまだしも、人間が操作し動いている相手に一タップキルをする難易度は高い。

 大会などでは、出たら場が沸き立つような華やかなプレイだ。

 そんな一タップキルがこんなにも連続するのを、はこれまで一度も見たことがなかった。

 LINは相変わらずの指示に従い、現れた敵を次々と倒していく。

 もはやスマーフ軍団の男たちは言葉を発しなくなったが、LINはお構いなしに、


「本当にすごいね、どうしてわかるの!? 魔法みたい!」


 と明るい声を出している。

 そんな状況が数ラウンド続いた時、試合は敵の降参で終了した。

 チャットには暴言が飛び交ったが、の感心は他にあった。

 この女の子は、何者だろう。もっと、この子のプレイを見てみたい。

 は自然とLINにフレンド申請をしていた。すぐに承認され、はLINに声をかける。


「あの、ごめんなさい、突然」

「ううん、こっちこそさっきはありがとう」

「今日って、まだプレイできるかな?」

「あーごめん、今日はもう帰らないと。あとさ……実はこれ私のアカウントじゃないんだ」

「うん、声が変わったからわかった」

「あはは、だよね。チャットに送る方のアカウントを登録しておいて! また一緒にやろ!」


 と話し、LINはログアウトした。

 声の感じからは、おそらくよりも年齢はだいぶ若い。大学生か、あるいはもっと下。

 もう帰る、ということは外からつないでいたのだろうか?

 もやもやとした思考を抱えながらヴェインストライクからログアウトしたは、なんとなく寝る気がしなかった。動画サイトにアクセスして、プロチームの試合動画を見始めた。

 は自分がプレイをするより、こうして試合をている方がずっと好きだった。

 あっという間に試合をおわると、今度は海外のスーパープレイ集がおすすめに出てくる。

 ……あとちょっとだけ見て、今日は終わりにしよう。

 動画を見始めると、延々と見てしまうのもいつものことだった。結局最後まで見て、今度は動画についたコメントを眺めていく。すると、コメントはあるシーンに集中していた。

 そのシーンはも覚えていた。確かに、スーパープレイの中でもひときわ印象的だった。

 は、話題になっているシーンに改めて飛んだ。何度見ても、にわかには信じがたいエイムの精度だった。よくみると雑な動きや無駄なクセも多いが、それがむしろ華になっている。

 撃ち方も特徴的で、独特のリズムで放たれるタップ撃ちが1タップキルを量産していた。

 は、動画にプレイヤーの声も入っていることに気づく。しかも、その声は女性だ。海外でも、女性のトッププレイヤーは極めて珍しい。日本サーバーではなくホンコンサーバーのため英語をしやべっているが、どこか聞き覚えのある発音だった。

 今日、乱入してきた彼女も相当強かったが、それと同程度には強い。

 というか、


「これ、さっきの子と同じ人じゃない……?」


 は思わずつぶやく。

 特徴のある撃ち方も、その声も、さっきまで見聞きしていた彼女と同じだった。コメントを改めて読むと、どうやらホンコンサーバーでは有名人のようだ。どうして、海外サーバーでプレイしているのだろう。

 一通りコメントを眺め終えて、ふと時計を見ると、もう深夜一時を回っていた。

 はパソコンを閉じて寝室へと移動した。

 部屋の電気を消してベッドにつくが、頭の中を色んな情報がぐるぐると回っている。

 ゲームをした後はいつもこうだったが、今日は、特に興奮しているようだった。


***


「よう」


 デスクで昼食を取っているは、背中から声をかけられた。

 が振り返るとそこには、研究部門に所属する先輩社員が立っていた。


「社会連携推進部ってこんなところにあるんだな。落ち着いて仕事ができそうじゃないか」


 先輩社員はそう言ってあたりを見渡す。

 が以前に所属していた研究部門のオフィスは開放的で、一人あたりに割り当てられたスペースも広い。今のの席は、窓もなく、心なしか空間全体に活気を感じなかった。


「お久しぶりです」

「転職活動は順調か」

「……とりあえず研究所にアプライしていますけど、全然、うまくいかないです」


 が言うと、先輩社員はハハッと笑う。


「あの事件の後だ、業界内での就職は厳しいだろうな。まあ、もともと研究が好きで入ったわけでもないだろ」

「それなりに、好きだったと思います」

「それなりに好きだったと思う、ね。そういえば、あいつも総務部に異動するらしいな」

「あいつって?」

「お前の同期だよ」

「そう、なんですね」


 先輩社員は反応をうかがうようにをじっと見る。しばらくして、再び口を開いた。


「──なあ、お前、本当に何も知らなかったのか」

「……何のことでしょうか」


 が目をらして言うと、先輩社員は「まあいいけどさ」と言って、の机の上に立てかけてあるスマホをチラリと見る。

 そこには、昼食を食べながら見ていた動画が流れていた。


「相変わらず銃で撃ち合うゲームが好きなんだな」

「単に、銃で撃ち合うだけじゃないです」


 はスマホを裏返す。


「知ってるよ。百人で殺し合って最後まで生き残ったら勝ちなんだろ?」

「全然違います。最後まで生き残ったら勝ちなのはバトルロイヤル系で、私が好きなのはタクティカルシューターです。バトルロイヤル系は全然見ないので」

「バトルに、タクティカルに、なんだって?」

「だから、一人称視点のシューティングゲームにもバトルロイヤル系とタクティカルシューター系があって、その二つは全然違うんです。タクティカルシューター系は五対五のチーム戦で、撃ち合いよりもそこに至るまでのチームの連携が重要。運要素が少なくて競技性も高いから世界では一番これが人気。もちろんそれぞれのジャンルに面白さがありますけど、私は、このジャンルが一番競技としての完成度が高いと思ってます」

「おいおい、面白いのはわかったよ。仕事の話をしている時みたいになってるぞ」

「先輩が聞いてきたんじゃないですか」


 の言葉に、先輩社員は肩をすくめて去っていく。