エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ⑥

 は、先輩に「研究が好きで入ったわけでもないだろ」と言われた時、図星かもしれないと思った。上司から事情聴取された時、自分が同期のことを隠したのは、単に境遇に同情したからではない気がする。そもそも、研究にたいした未練がなかったのかもしれない。

 は大学在籍時、教授から大学院への進学を勧められたが、母が就職を望んでいたため進学はしなかった。教授からは惜しまれたが、特に後悔はなかった。

 あの時も今も、結局、根っこは同じなのかもしれない。

 立ち去っていく先輩社員の背中をぼんやりと見ていると、彼は急に立ち止まった。そして振り返り、再びの席へと歩いてきた。


「そういえば、ちょうどいい話があるんだった」


 怪しむに、先輩社員はニヤリと笑ってそう言った。


「部署に依頼があったんだけど、講演会とか興味ないか?」

「講演って、私がですか……? 何を話すんですか?」

「まさにそれだよ」


 先輩社員はのスマホを指差した。


***


 ──完全に、公開処刑だった。

 の胸に、今日何度目かわからない後悔の言葉が浮かんだ。

 トークセッションが始まる前は、エアコンによる肌寒さを感じていた。

 だが、今は冷や汗が背中を伝っている。


西にしかわさんは、今後eスポーツ業界がどうなっていくと思いますか?」


 ステージ上で、女性アナウンサーがに質問を投げかけた。

 が参加しているのは、日本最大のゲームショウでのスポンサーセッションだった。

 テーマは『eスポーツと脳科学』。

 が主催者に、なぜこのテーマなのかと尋ねたら「の会社が脳関連デバイスを販売しているからなんとなく」とのことだった。

 予想通り、これまでのの話は全く聴衆に響いていない。

 仕方なくだろう、アナウンサーも、事前の台本にはない質問を投げかけてきた。

 は一呼吸おいて質問に答える。


「私は、数年以内にeスポーツがどんなスポーツよりも人気のスポーツになると思っています」

「おぉ、大胆な予測ですね! そうなるとプロゲーマーも、今よりもっと人気が出る?」

「はい、もちろんそう思います」

「──プロゲーマーといえば、西にしかわさんのお父様もプロゲーマーだったそうですね?」


 突然の質問には一瞬驚くが、すぐに笑顔を取り戻す。


「……はい、私の父が活動していたのは、もう十年以上前ですが」


 は、トークセッション前の雑談中に父親の話をしたことを少し後悔していた。

 世間話程度にしか聞いていないように見えたのに。

 その時、はステージ脇に『終了』と書かれたプレートが掲げられているのを見た。

 予定されていた一時間が、には何時間も続いたように感じられた。

 アナウンサーがかすかにうなずく。


「名残惜しいですが時間のようです。皆さん、盛大な拍手をお願いします!」


 アナウンサーが拍手を始めると、会場からも少し遅れて小さな拍手が聞こえた。

 は笑みを浮かべてステージを後にし、ステージ裏にあるパイプ椅子に腰を下ろした。

 肩の力が抜け、大きなため息が自然と漏れる。

 その時、後ろからキイッと扉が開く音が聞こえた。

 会場のけんそうと一緒に、柔らかな風がの頰をなでた。

 が振り向くと、控え室と会場をつなぐ扉の前には一人の男が立っていた。


「お、いたいた」


 男は手を振っての方へと歩いてくると、


「やあ、初めまして」


 と手を差し出してきた。


「え、えっと」


 近くで見ると、と同じぐらいの背丈の、小柄な男だった。服装は、Tシャツに短パンとラフな格好。いきなり手を出されて戸惑っているを見て、男は笑う。


「いや、ごめんごめん。急に驚かせたかな」


 男がから少し距離を離して苦笑する。


「あ、いえ。こちらこそすみません」

「さっきのトークセッションさ、途中までは退屈だったけど、最後の話は良かったよ」


 最後以外はくだらないと言われたのだろうか。は戸惑いながらも、改めて男の顔を見る。端整な顔立ちで、柔らかい茶色の髪をしている。

 どこかで、この顔を見たことがあるような気がする。

 は男が首から下げている名札を見る。

 名札には『じようだいすけ』と書いてあった。

 やはりそうだ。著名ベンチャー企業の創業者で、創業した会社は昨年大手IT企業に買収された。じようが手にした資金は数十億とも言われている。

 じようは「ああ、名乗ってなかったか」と名札を手で持ち上げてに見せる。


「君が言ってた、eスポーツが一番面白いスポーツになるっていう話さ。あれって本心?」

「はい、そう思っています」


 いきなりと呼ばれてめんらうが、ステージで言った言葉はの本心だった。


「ふうん」


 とじようは言ってを見つめてくる。気まずさに目をらしたじようは「いや、それはどうでもいいな。それよりも」と手を上げる。


「君は、ヴェインストライクってプレイしてる?」


 またしても唐突な質問。


「はい、私の会社もスポンサードしていますし……でも見るのがメインで、プレイはそこまで」

「十分だ。実はさ、eスポーツチームを作ろうと思っているんだ」

「え?」

「興味があったら連絡してよ」


 じようはポケットに手を入れて名刺を取り出し、「はい、これ」とに差し出す。


「いや、だからあの、私は見るだけで自分では」

「もちろん選手としては期待してないよ。まあ才能はあってもおかしくないと思うけど」


 じようはそれだけ言うと名刺から手をはなす。は思わず名刺を落としてしまう。

 が名刺を拾いながら顔を上げると、じようは既に扉を開けて外に出て行くところだった。

 本当に、あのじようだいすけだったのか?

 それに、eスポーツチーム?

 頭の中でぐるぐると思考が回る。

 そこでふと、先ほどまでがいたステージの方面がざわついていることに気づく。壁にかかっている時計を見ると、いつの間にか次のイベントが始まる時間が近づいていた。

 じようが出て行ったのと同じ扉を開けて、控え室を出た。

 ステージの表側へと回り込むと、そこには既に長い人の列があった。

 はバッグの中に入っているチケットを取り出す。少し並んでから、受付でチケットを見せて指定の席まで歩いていく。

 会場は、既にほぼ満席だった。

 先ほどののセッションとは、観客の熱量も明らかに異なる。

 が座って少しつと、ステージを照らしていたライトがふっと消える。

 消灯に合わせて、ざわついていた観客席も静まる。

 会場の静寂を待っていたかのように、ステージ上のスクリーンに映像が流れ始めた。荒野のような場所に、複数のキャラクターが背を向けて立っている。軽快な音楽も流れ始めた。

 この映像はもよく知っている。ヴェインストライクのプロモーションビデオだ。会場を包む音楽は、世界的アーティストが提供した楽曲だった。

 テンポよく進んだ映像はあっという間に終了した。