エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ⑦

 ステージの中央に強い光が照らされる。

 そこには、映像開始までいなかった複数の人間が立っていた。


「皆さんようこそ!」


 中心に立つ男性キャスターが呼びかけ、会場から爆発的な歓声が上がる。

 歓声がむまで少し待って、男性キャスターが再びしやべり出す。


「本日はオールスターイベントにようこそお越しいただきました。ここに来られている皆さんはよくご存じだと思いますが、ヴェインストライクについて改めて紹介させていただきます」


 はスマホから、イベントのライブ中継サイトにアクセスした。

 同時接続者数は、二百万人。

 国内のファンイベントで、これだけの同時接続者を集めるのは驚異的だ。

 スクリーンに映されたゲームの説明を、キャスターが読み上げていく。


「ヴェインストライクは、銃と各キャラクター固有のスキルを組み合わせて五対五で戦うeスポーツタイトルです。プレイヤーは攻撃サイドと防衛サイドに分かれ、攻撃サイドは制限時間内に指定された場所に爆弾を設置し、それを起爆させることを目指します。一方、防衛サイドの目標は、制限時間までたえきるか、その爆弾を無効化することにあります。爆弾が起爆されるか無効化されるか、制限時間を過ぎるか、あるいはいずれかのチームが相手チームを全員倒すことで勝敗が決まります」


 初めて観戦する人用の説明だろう。キャスターが説明を続ける。


「勝利は、いずれかのチームが十三ラウンドを獲得した時点で確定します。最初の十二ラウンドの後、チームは攻撃と防衛の役割を交代します。プレイヤーは各ラウンドで一度のみのライフを持ち、生存が勝敗の鍵を握ります。百名以上存在するキャラクターはさまざまな役割を持っており、攻撃のせんぽうや防衛の核としての役割を果たすなど、異なる役割をにないます」


 色々説明しているが要するに、異なる個性を持ったキャラクターを、マウスとキーボードで操ったプレイヤー同士がチームで戦う、一人称のシューティングゲームだ。

 説明していたルールも、タクティカルシューターと呼ばれるジャンルでは定番だった。

 は説明を聞き流しながら周囲を見渡す。

 観客の半数以上が、女性だ。一昔前だったらあり得ない光景だった。


「本日は、ファン投票で選ばれたプロ選手たちが勝敗を競います。では、早速入場です!」


 会場が改めて暗くなり、ステージの端がスポットライトで照らされる。

 スポットライトの下から、一人、また一人と選手たちが出てくる。

 そのたびに、大きな歓声が会場を包む。

 今のところ出てきた選手は、全て男性だ。顔もスタイルも整っている、若い選手が多い。

 壇上には十個の席が配置されており、これまでに登場した選手数は八人。


「九人目は、ユウキ!」


 キャスターが名前を出した直後、身体からだが文字通り飛び上がった。

 あまりにも大きな歓声が起きたからだ。

 その歓声を一身に受けた男性が、手を振りながらステージへと上がってくる。

 は息を大きく吸って気持ちを落ち着かせつつ、改めて壇上を見る。

 今紹介されたユウキは、国内で最も有名なプレイヤーの一人だ。

 華やかなルックスを持ち、所属チームである『キングダム・eスポーツ』は日本一の実力を誇る。プロゲーマーをしながら東京大学に在籍中で、文字通りのスタープレイヤーだ。`

 最近のプロゲーマーは、必ずしもゲームだけにひいでている人間ばかりではない。むしろトッププレイヤーほど、有名大学や進学校を出ている割合が多いらしい。結局、キャリアを積む道が舗装されると、環境の重要性が増すことになるのだろう。

 とはいえ、もちろんそればかりではない。

 どの世界にも、舗装された道なんて関係ない、特異値的な存在が出現するものだ。

 ふと、会場がざわついていることに気づく。

 残るはあと一人。その登場を、観客が待ちわびている空気が伝わってくる。


「そして最後はもちろんこの人、の登場です!」


 ステージ上でキャスターが言い終わるよりも早く、そこら中から悲鳴のような声が上がる。

 光に照らされて出てきたのは、一人の女性だった。

 ステージの巨大スクリーンにアップの映像が投影される。

 すらっと伸びた手脚。長い黒髪を後ろで束ねており、服装は上下共に黒のパンツルック。シンプルな服装だが、それが逆に素材の良さを引き立てている。口元には控えめな笑みを浮かべ、観客席に大きく手を振っている。

 現在、日本国内でeスポーツが急成長している要因は、いくつかあるとされている。

 ゲーミングPCの普及や、男性選手のアイドル的人気は、確かにその一つだ。

 だが、ここまで急速に認知度が高まった最大の要因は、ステージ上を歩く彼女の存在だろう。

 日本最強チームのリーダーであり、日本史上最高のプレイヤー。

 その強さからついた通称は『魔王』。

 トッププロの中では唯一の女性で、生まれ育った家庭環境にもドラマがあった。

 ネットだけでなく、テレビや新聞、雑誌などの従来メディアも彼女を大きく取り上げ、今やろうにやくなんによを問わず抜群の知名度を誇る。



 は、自分のトークセッション中に父親の話が出た際、それ以上深掘りされずに済んで良かったと心から思った。

 数千人の視線を一身に集めている女性の名前は、西にしかわりん

 今、日本で最も有名なeスポーツプレイヤー。

 そして、の妹だ。


***


 会社にいるは、自席でひとり昼食を取っていた。

 午前中は、この前のゲームショウに関する報告書をまとめていた。午後の予定は空白だ。

 昼食を終えて席を立ち、社内に設置されているカフェへと歩いていく。

 の会社のオフィスは、大部分が壁で区切られていないオープンな設計で、天井も高い。

 入社したての頃、この開放的でモダンな空間にワクワクしたことを覚えている。

 しかし今は、自分の居場所がないことをきわたせているように感じる。

 カフェには先客がいた。と目が合うと、さっと目をらして店員の方へと顔を向ける。

 がかばった、同期だった。

 この同期とは、あれ以来一言も会話をしていない。おそらく向こうからしても、なぜが何も言わないのか不気味に思っているだろう。も気づかないふりをして注文カウンターの列の後ろに並ぶ。

 同期が立ち去っていくのを確認した後、店員の前へと歩いていく。


「いつものやつでいいですか?」


 よく見知った女性店員からの質問に、うなずく。

 そこでいきなり、歓声が耳に入る。

 歓声? 会社で?

 音がした方を見ると、レジの中に設置された大型テレビからのようだった。

 テレビ画面には、見覚えのある光景が映っていた。


西にしかわさんもこの人知ってます?」


 画面に見入っていたに、店員が声をかける。


「あ、いえ私は」

「雑誌で最初に見た時はモデルさんかと思ってたけど、プロゲーマーなんてすごいですよね」


 テレビに映っていたのは、りんだった。この前のオールスター戦の時の映像だ。

 も、この会場の中にいた。

 は店員に「こういったゲームされるんですか?」と尋ねた。


「友達とやってますよー。もちろんこの子みたいにうまくないですけど」


 笑顔の店員に礼を言い、は店の前から離れていく。

 今のりんは、日本のトッププロチームでリーダーをしているという。

 あの子がチームを引っ張っている姿は想像できない。

 でも、何千人もの声援を一身に受けていたのは、紛れもなく自身の妹だった。