エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ⑧

 りんと最後に交わした言葉はなんだっただろう。もう、随分長い間会っていない。

 そこでふと、会場で出会ったじようだいすけの言葉を思い出した。

 興味があったら連絡してよ、か。


***


 指定された住所に到着したは、コンクリート造のオフィスを見上げる。

 中目黒の駅から徒歩五分程度の好立地。一階はガラス張りになっていて、いかにも今風のオフィスだ。入り口は二階にあるようで、が階段を上って受付のボタンを押すと「今行きます」と男の声がする。

 少し待っていると、迎えにきたのはじようその人だった。


「すみませんね、わざわざ来てもらって。オフィスを見てほしかったんだ」

「こちらこそ突然ご連絡してすみませんでした。素敵なところですね」

「もともと広告代理店が使っていたんだよ。色々あって放置されているところを貸してもらえてさ。たいして広くないけど、スタッフとヴェインストライクチームだけなら余裕だと思う」


 じようは早口でしやべりながらを一階の会議室のようなところへと連れて行く。


「それで、マネージャー志望ってことでいいんですかね」


 まどぎわのソファに座ったじようは足を組んでに尋ねた。


「まずは話を聞かせてもらえればと思いまして」

「なるほど。今の職場に居づらくなった?」


 は自分の表情がゆがむのを感じる。

 自分の名前を検索すれば出てくるレベルのニュースだ。知っているのも当然だろう。

 一息ついて、気持ちを落ち着かせる。


「はい、それもあります」

「あの件については同情するよ。まあ、運が悪かったね。でもこっちとしては運が良かった。半分勢いで名刺を渡したけど、流石さすがに来てもらえるとは思ってなかった。それで、何をしてほしいかだったね」


 じようは一呼吸おく。


「端的に言うと、うちのチームの経営をしてもらいたいと思っている」

「経営?」

「選手の獲得から、チーム運営、プロモーションまで任せたい」


 じようの提案は、が予想もしていなかったスケールの話だった。


「えっと、どうして私なんでしょうか。畑違いですし、全く経験がない人間に」

「eスポーツチームを運営した経験なんて、持っている人間の方が少ないよ。重要なのは意欲と地力だ」

「意欲と地力、ですか」


 じようは「まあ、どうして自分にと思うのも無理もないか」と言って脚を組み直す。


「こっちだって、来てもらえるなんて思ってなかったからね。君の方はエリートコースから軽々と外れられるタイプじゃなさそうに見えたしさ。でも、こちらでの待遇は悪くないと思うよ。少なくとも初年度は前職と同等の給料を保証しよう」


 意外な提案に思わず「え」と声が漏れる。じようはニヤリと笑う。


「ゲームチームのマネージャーごときに、って? そんな甘い仕事じゃないよ。実際、他のチームも有能な人材には金を払ってる。逆に言うと、うまくいけばそれだけの金を稼げるマーケットってことだ」

「すみません、正直意外でした」

「謝らなくてもいいさ。ただ、もちろんリターンだけじゃない。結果は出してもらう必要がある。最低でも世界大会には出てもらいたい。理想としては、日本最高のチームを作ってほしい」


 日本最高のチーム。流石さすがに求めるハードルは高い。


「まあ、もしチームが潰れても、僕の会社の研究部門を紹介してあげるよ」

「ほんとですか」


 思わず声が漏れる。

 じようが立ち上げた会社は、研究部門が強いことで知られている。今のが普通に応募しても門前払いだろうが、じようの紹介だとしたら別だ。


「こっちは本当にうれしそうだね」

「いえ、そんなことは。でも、本当にどうしてそんな待遇で」

「評価しているって考えてほしいね。どうだろう。冷やかし半分だったけど、意外にい話だと思ってくれてきた感じかな?」


 は図星をつかれた気がして思わず下を向く。

 どう返事を返すか迷うの頭にふと、先ほどのじようの言葉が引っかかった。

 

 じようはそう言った。


「もしかして、妹の、りんのことを知ってるんですか」


 顔を上げたの言葉に、じようの目が一瞬大きく開く。


「ご家族のことはこの前のイベントの時から気づいていたよ。ネット上では全く話題になってなかったみたいだけどね。僕はたまたま、西にしかわに二人の娘がいて、片方がだってことを知っていたからね。まさか、姉があの場で前座をしてるとは思わなかったけど」

「父のことも、ご存じなんですね。妹とは、今はほとんど連絡も取っていないです」

「そうなのか。あの事件がきっかけかい」


 やはり、あの事件のことも知っていたのか。

 父は世界大会でミスをしてから、そのまま負けてしまった。

 チート疑惑の話もどこかから漏れて、根も葉もないうわさが広まっていった。スポンサーは離れ、ファンも急激に減った。そのまま母と父の関係は悪化し、ほどなく離婚した。


「妹さんとは一緒に暮らしてなかったの? もちろん、話したくなかったらいいけど」

「いえ、大丈夫です。両親は離婚しましたが、父が収入を失ったので、私たちの親権は母に移りました。でも、りんは大阪に残ることを選びました。友達もいたし、父のそばにいたいと」

「けど、西にしかわはその後たしか」

「はい、働きながらゲームを続けていましたが、くなりました。の病気があり、運転中の事故で。りんが高校を卒業する頃でした」

「なるほどね。そこから姉妹の運命が分かれたってわけだ」

「……やっぱり、妹のことがあるから私に声をかけてくれたんですか?」

「『魔王の姉』のブランドに興味がないと言ったらうそになるね。もちろん、マネージャーとしての働きに期待しているという言葉にうそはない。ただ、それだけではないってことさ」


 じようはコーヒーを一口飲んで「今度はやる気をなくしたかな」と挑発するように言った。

 そこでの頭にふと、先日のイベントでのりんの姿が浮かんだ。

 誰にも興味を持たれなかった自分と対照的に、何千人もの観客の注目を集めていたりん

 会社でまどぎわにいる自分と、今や日夜メディアに出ているりん

 そして今も、結局はりんの影があるからこそ、じようは自分に声をかけてきた。

 が黙っていると、じようが口を開く。


「この場で決めなくてもいいよ。誰か信頼できる人に相談したらいいんじゃないかな」


 信頼できる人。

 母に相談したら卒倒するのは間違いないだろう。大学時代は研究しかしておらず、会社に入ってからも仕事だけだ。相談できるほど親しい人は、にはいなかった。

 なおも黙っているを見て「そうだ」とじようが言った。


「それこそ、妹さんに相談してみれば?」


***


 土曜日の昼間、新宿にあるホテルのラウンジの一角。

 は、テーブルに面した二つの椅子のうちの一つに座っていた。

 の向かいの席は、まだ空席。

 そこに座るべき人物との会話を頭の中でシミュレートしていると、知っている姿が目に入った。向こうも気づいたようで、ぐにこちらを見て歩いてくる。


りん、久しぶり」