がらんどうイミテーションラヴァーズ
──僕らは運命を捻じ曲げる ②
それは廊下の先にある美術室からきこえてきていた。
オレは恐る恐る扉に手をかけ、そっとそれを開けていく。
「────うわっ!?」
同時に飛来したダビデの胸像が扉にぶち当たり、目の前で砕け散った。
「あーんのッ! ピエロ女があおらあっ!!」
美術室の真ん中で、
両手に持った金属バットで手当たり次第に展示物を破壊しながら。
「『ありがとう』と『いただきます』のちがいもわかってないくせしやがってッ!」
ブン、と振り上げられた金属バットが弧を描き、またひとつ飾られていたアートを粉砕する。
石像。彫刻。写真。絵画。美術室のあらゆる展示物が
もはやこの部屋にまともな形を保っている作品はひとつもない。
それでもまだ足りないと、彼女は十六方向に跳ねた髪をわしゃわしゃしながら曲がった背筋で歩を進め、目についた棚やイスにバットを振り下ろしていた。
「
ガシャン。バリン。ズタン。グシャン。ボゴン。
きくに堪えない物騒な音が鳴り続ける。
「…………おい、おまえ」
たまらず声をかけると、彼女はピタリと動きを止めた。
それから、数秒の沈黙を経て。
「どっこらせ」とバットを
「…………なに?」
まず、不健康そうなでっかいクマが目についた。幼稚園児がクレヨンでデタラメに塗りつぶしたみたいな濃いクマだった。
日の光とは縁遠い生活をしているのか、肌はやたらと白い。それが余計にクマの黒さを
小さな
マスコットめいた
オレは彼女のことを知っていた。
「…………
「だから、なに?」
眉間に七重のシワを刻みながら
…………怖い。
彼女がどうしてここにいるのか。
なぜ飾られている作品をことごとく粉砕しているのか。
わからないことばかりだけど、それを一々きいてたしかめる勇気はなかった。
だからオレは端的に、伝えるべきことだけを伝える。
「…………頼むから、ここで暴れるのはやめてくれ」
「美術部なのか?」
「ちがうけど」
「偽善者なのか?」
「ちがうけど」
「……センセーに言うのか?」
「言わないけど、ここはオレにとって……思い出の場所だから」
「思い出?」
「…………
フラれても、オレが
だからはじめて
「
「
「だおらあっ!!」
「うわっ!?」
「知らない、わけがない! あいつが全部悪いんだ!」
「悪いって?」
「みんなあいつに
「ちょっと、落ち着けよ」
オレは一呼吸ぶんの間を置いて言った。
「
「どうしておまえにそんなことがわかるんだ?」
「調べた」
「調べた?」
「彼女の行動や思考パターンについて、一か月にわたってリサーチした。どんなときに笑い、どんなときに悲しみ、どんなときによろこびを感じるのか。その結果、
「どうやって調べた?」
「ネットで過去を
「うわあ、キモ」
オレはその場で崩れ落ちた。
今日はこれ以上自分を否定する言葉に耐えられそうになかった。
「…………オレはダメなやつかもしれない。だけど
「おまえ、あの女のことが好きなのか?」
「…………ああ。そうだよ。悪いかよ?」
「────ガハッ!」
「がは?」
「ガハッ! ガハハハッ!」
急に
小さな
「ドンマイドンマイ! いつか実る恋もあるって!」
バシンバシンと背中を
「…………なんでオレの恋が実らないってわかるんだよ?」
「だってあいつは
背中を
「…………
落ちきった声音の先にあったバットが振り上げられて、オレは慌ててその場から飛びのく。
同時に振り下ろされたソレがオレの足元に転がっていたダビデの頭を
「…………付き合ってる、なんて、こんな不合理なことがあるかあぁああ!?」
「あ、危ないだろ!?」
これ以上こいつと関わっていたら身も心も持たない。
そう思って逃げ出そうとしたオレは、彼女の言葉に妙な引っかかりを覚えて足を止めた。
「…………知らなかったのか? おまえも。二人が付き合ってること」
床にバットを突き立てたまま
「じゃあ……どうして知ったんだ?」
「────れた」
「なに?」
「────フラれたッ!!」
「フラれたって、
「わたしが他の男に
「それは知らないけど……いつ?」
「さっき」
「さっき」
なんて偶然だ、とオレは額を抱える。
オレが
「『
「だからこんなところで暴れてたのか」
「直接あの女の頭をカチ割りにいかないのはわたしがやさしいからだ」
「殴るなら
「なんで
「なんでって……」
「
「だから
「
頑として譲らず、自分勝手な運命論を振り回す彼女に、オレはついさっきまでの自分を見た。



