がらんどうイミテーションラヴァーズ

──僕らは運命を捻じ曲げる ③

 自分の気持ちや感情ばかりを優先して、ちっとも周りが見えていない。

 わがままな子どもみたいに未熟で。自分の「運命」が他人とつながっているはずだと信じて疑えないほど愚かで。「恋」という名の未知に翻弄されるまま突き動かされて、失敗している。


「……どうしてこうろうなんだ?」

「消しゴム拾ってくれた」

「は?」


 今時、子ども向けのキラキラマンガでも描かれないようなきっかけだった。

 オレがを好きになったきっかけと同じくらいチープだ。


「ペアを組んでくれた」のも「消しゴムを拾ってくれた」のも、好きになった理由としては浅すぎる。

 けれど、好きになったきっかけとしてなら、すくなくともオレは納得できる。


「消しゴムを拾ってもらって、お礼を言えないわたしを許してくれた」

「……」

「言葉は口にするほど力をなくしていくから。本当に感謝を伝えたいときにだけお礼を言いたいわたしのおもいをんでくれた」

「ああ」

「ありのままでいることを、許された気がした」


 オレの中で、なにかがつながった気がした。


「わたしがわたしらしくいることを、認めてもらえた、気が、したのに……!」


 ポタポタと。砕けて剝がれたダビデの顔にはとの涙がこぼれ落ちていく。

 さっきまでいきどおりを爆発させて暴れ回っていたはとが、今は泣いていた。

 情緒が不安定すぎてヤバイやつだと思った。

 ヤバくて、怖くて、関わり合いにならないほうがいいやつに思えた。


「…………」


 そう、もオレに対して思ったにちがいない。

 だって、こうして泣いているはとは、オレに似ている。

 見た目、言動、考え方──すべてにおいて、ヤバイ。

 そのレッドゾーンから抜け出そうともせず、いつか運命のだれかが「ありのままの自分」を受け入れてくれると信じてここまできてしまった。

 きてしまって、打ちのめされた。

 オレも、はとも、とんだお花畑人間だ。〝自分たちが自分たちのまま受け入れられることはない〟という現実に行き当たるまでに十五年もかかってしまった、人生の不適合者だ。


「よし、やっぱ殴ろう」


 ピタリと泣きやんだはとが「どっこらせ」とバットをかつぐ。


「殴るって、をか?」

「もち」

「やめろって」

「だってそれしか方法がない」

「方法って、なんのだよ?」

「わたしとこうろうが付き合う方法」


 はとの言葉に、オレはポカンと口を開けて固まる。


「…………おまえ、フラれたんだろ?」

「一度は」

「もしかして、まだあきらめてないのか?」

「あたりまえだ」

「なんで?」

「十五年も生きてきて、ありのままのわたしを肯定してくれたのはこうろうしかいなかったから」


 なんてわがままなことを言うやつだとオレはあきれた。

 あきれて、ほんのすこし、憧れた。


「暴れて、泣いて、スッキリした。考えてみたら簡単なことだ。こうろうがわたしに運命を感じていないなら、運命を感じるようになるまで他の運命をたたき潰していけばいい」

「思考がシリアルキラーすぎる」

「だから手始めにあの女を……」

「そしたらおまえはこうろうにとって、大事な恋人の頭をカチ割った女になるぞ」

「…………運命のヒーロー?」

「命をしてもたおすべき悪役ヒール


 はとはあんぐりと口を開けて固まった。


「…………なら、どうすればいいんだ? たぶんもう、こうろう以上にわたしがわたしらしくいることを許してくれるやつなんて現れない」

「…………」


 まったく同じことをオレも感じていた。

 この先、おそらくのように「ありのまま」でいることを認めてくれるやつなんて現れない。より好きになれる人間になんて出会えない。

 だって、初めての恋なんだ。

 十五年も生きてきてようやく巡り合えた、たったひとりなんだ。


「運命」だと思ったんだ。

 それを一度拒絶されたくらいであきらめていいのか?

 あきらめて。自分の気持ちにフタをして。そうしたらオレは、結局他のやつらと同じになってしまうんじゃないのか?

 この先もいろんなことをあきらめ続けて。大丈夫なばかりがうまくなっていって。知らず知らずのうちに本当の気持ちを覆い隠す仮面をたくさんかぶってしまうことになるんじゃないのか? 自分の真相がどこにあるのかも、わからなくなってしまうんじゃないのか?


 ────そんなのは、いやだ。


 心の底からそう思ったとき、視線の先には割られたダビデの顔面が転がっていた。

 石像から剝がれ落ちたダビデの顔は、まるで石の仮面みたいになっている。


「…………方法なら、ある」


 自然と口が動いていた。


「オレたちが運命の相手じゃないなら、オレたちが運命の相手になればいいんだ」

「それがダメだって話はさっきした」

「ちがう。他人をどうこうするんじゃなくて、オレたち自身が変わればいいんだよ」


 オレはダビデの仮面を拾い上げてかぶる。

 視界がせつこうで塞がれてなにも見えなくなった。

 他人がどんな顔をしているかも、他人にどんな目を向けられているかも、見えなくなった。

 見えなくなって、なんだかバカバカしいくらいに気持ちが軽くなった。


「オレはにとって──おまえはこうろうにとって──理想の相手になればいい」

「…………それじゃダメだ。わたしはわたしのままがいい」

「わがままだな」

「わがままでいないと自分が自分じゃなくなってしまう」

「だけどおまえはおまえのままだからフラれたんだろ?」

「…………」

「オレもそうだ。オレたちはこのままでいても卑屈さを加速させていくだけで、永遠に幸せになれない。どいつもこいつも本当の気持ちを隠してくしたにせものだとへきえきしながら、孤高を極めた本物のまま寂しくひとりで朽ち果てていくしかない。でも、そんなの、嫌だろ?」

「だからって、自分を偽りたくはない」

「同感だ」


 オレとはとは同じかせとらわれている。


「自分」というものを大切にしているけれど、その「自分」に大切にするだけの価値がない。

 だからだれとも宝物を共有することができず、他のだれかにとっての宝物にもなることができないでいる。

 それでも、この「運命」をあきらめたくないのなら。

 オレたちはここで一度ちゃんと認めるべきだ。

 今の自分に固執するだけの価値がないことを。


「自分を偽りたくはない。だけど今のままじゃ幸せにはなれない」

「…………うん」

「そんなオレたちにもまだ、手を伸ばせる救いの糸は残ってる」

「……どこに?」

「ここにさ」


 オレはかぶっていた石仮面を脱いではとに渡した。


「こんなもの……!」


 と、仮面を投げ捨てようとするはとにオレは言う。


「そうやって意地になって、なんでもはねつけているのが、今のおまえだ」


 はとがピタリと動きをとめる。


「そして、たとえばその仮面が、なるべきおまえだ」

「…………なるべき、わたし……?」

「ああ」


 オレもはとも「今の自分」を大切にしすぎている。

 大切にしすぎて、そこにウソや偽りをかぶせることに耐えられないでいる。

 なら。

 ウソや偽りで本当の自分のおとしめたくないのなら。


 ────かぶった仮面に合わせて、自分の「真相」を作り変えてやればいい。


「────成り代わるんだよ!」